134 メアリーが叫んだ
「少しだけですけど心配したのですよ」
「そりゃどうも」
近い。徐々に伝わるメアリーの体温で酔いそうなんですけど。
「丸呑みされるなんてデスナイトではありません。それに、ドラゴンは貴族にしても有力者でも私有物として勝手に移動しません。他人の領内を他領主の保有ドラゴンが通過する際は申請をします」
「あ、最後の一言は昨日聞かなかったな」
「夜中に城の通用口を開けたまま長話致しません。ですから」
「あ、残念」
一度は屈んで急接近したメアリーは、跳ねっ毛を手櫛で整えながら立ち上がる。当然、洋次との距離は起動の分遠くなる。
「でもロボやカランポーも驚いたモンスターが出現したのは不思議です」
「ロボ? ああ、狼男?」
「そうですよ。洋次には紹介しておりませんでしたけど」
「あーーー」
ある意味どさくさに紛れて土下座から胡座にシフト。
「吸血族の特性か。そうか吸血鬼は狼男やコウモリを使役したり、本人が変化する説があったな」
「洋次。チキュウの吸血鬼と我が君の吸血族とは異なる点と類似点が御座います」
「はい、メアリー先生」
メアリー、衣装も黒いから学校の授業状態。美少女過ぎるセンセイの授業ならばと正座。居住まいを正して拝聴します。
「先ほど洋次が指摘したウェアウルフやコウモリを手足のように使役するは、ご幼少の折りから修道院に遊学された令嬢でも容易い技です」
なんだかメアリーも、その気になってないか?
「はい」
「このサラージュ城は、管理や警備のための人材は、専ら彼らに任せております」
「へぇ。でも私が転移した三ヶ月。一度も会っていないけど」
「それは彼等たちが人嫌いだからです。ウルフハンターなんて無法者もいますから」
「でも、さ」
「確かに野生の狼は危険な存在です。でも当家のロボたちは、令嬢を悲しませるような無秩序なケモノでは決して御座いません。洋次」
「はい」
「洋次の住居はサラージュ城の尖塔ですね。東西が対になっている」
「はい、現在無料でお借りしてます」
サラージュ城正門を守護するように二本。正確には二柱の尖塔が建築されている。洋次は東側の尖塔をレンタルしている。
「城の南側に位置する正門西の尖塔には三〝人〟。それだけではなく、城に仕えるコウモリたちの七割は西尖塔に住んでいます。その他城内外に総員七人のウェアウルフが警備していますし、少数ですけどコウモリたちが控えて城を警護しています」
「月一くらいの奉仕の日とメアリーだけで、どうやって広大な城を綺麗にしているのか不思議だったんだけど。たった今納得したよ」
遅過ぎやしないか、その疑問。
「左様ですか。でも領民も決して豊かではないですから、強要が難しいんですよ」
「ホーローは参加してなかったんだって」
あれ。マズった? 失敗、失言?
メアリーにしては珍しく。いや、初めてじゃないのか、親指の爪を噛んでいるなんて。
「あんな人知りません。でも、そろそろ参加させないと時間を割いて奉仕して頂く領民に示しがつきませんね」
「まぁ、そこは私が口出す場面じゃないかも」
「ホーローは現在、コダチたちと同じチーム『モンスターの歯医者さん』だから少しだけ大目に見て」
「ホーローさんだけではないんです」
「へぇ。あ、もしかしてレームさんや巨人のイジ?」
「あの方は対象外です。元々城の住人でしたし」
あ。まるで大口大会のエントリー表明のような開放。ついでに拝見する綺麗なメアリーの歯並び。
「洋次、私は貴方様を叱責している最中でした。お忘れではないですよね」
「可愛いゲンコツ見せられてもねぇ」
「ですから、そんなか弱い女の子をからかうのはお控え下さいませ」
風魔法を連射して、稀人を往復ビンタするか弱いメイドです。
「あ、頬っぺたも膨らんだ」
も。もちろん、別の膨らみは洋次がオルキアに転移したとほぼ同時に埋もれている。たった一度だけど、夢のような刹那だった。うん、でも現実なんだ。
「それがからかいです」
「じゃあごめんなさい」
もう一度土下座します。
「では、どうしましょうね。食事ヌキ以外の」
「えーー、メアリーセンセイ。カンベンしてよぉ」
胸をデ、でーんと載せた格好で腕組みしているメアリーがぷいっと顔を動かす。そっぽ向くってヤツだ。
「知りません。こちらの指示には逆らうし、令嬢を危険な目に遭わせる稀人なんて」
「そんなーーー。メアリー美人なんだからさーー」
「あのですね。私の頭部の構成と稀人の悪行とは無関係です。やはり厳しい罰を与えるべきですね」
「メアリー。メイドの鑑、家令補佐様ぁーー」
ぎりり。
「どちらも失格のようだな。メアリー」
「は?」
「どちら様、き!」
尖塔戸口に、背高いシルエットがある。
「誰です、その」
「無用心、そして王国官吏に対する非礼」
ドンドンと三和土みたいに塗り方られた床を踏み鳴らす音。
「どなたですか。モンスターの診察なら」
「ああ!!」
メアリーが叫んだ。




