132 おまえの とちに され
脱出口になる通用口に移動を開始した途端だった。
「空気が斬れた?」
根拠も何らかの兆候もない。でも、身体が泡立つような、ミクロで無数のナイフが襲いかかるような感覚。
////ひ/////
「なんだ?」
洋次は異世界に、なぜか転移した稀人だ。偶然なのか超常現象か、どっちにしても自力じゃない。そしてネイティブなバナト大陸の住民でもない。
「誰か、いる?」
「洋次!」
戦士でも魔術師でもない洋次だったけど、皮膚が泡立つような異質さに振り返った。
「で、デスナイトが」
薄暮に浮かぶ黒い影だったデスナイトが、小さかった。
「く? 食われてる?」
ウマと一緒のサイズのデスナイトを、〝ナニ〟かが、丸齧りしている。
ごりごり、バキバキ。
蛇がネズミを鎌首を躍動しながら飲み込む動作の拡大版っぽかった。
「飲めるのか、い?」
さっきまで失禁寸前、滝のような落涙を伴っていた恐怖感は行方不明になっていた。それくらい、呆気なくデスナイトの黒い塊を取り込もうとしている巨体。
「モンスター?」
////たす//けて////
「助けられなんか、するかよ」
////ひ////
「っとヤベ。次の餌食は」
洋次か、洋次のウマだ。
「はは。腰が砕けたな。動かない」
通用口はもう直ぐだ。でも、地べたに腰を落として硬直する洋次。
ばきばき、ご・くん。
「あれ、死んだ?」
デスナイトの含み声的な断末魔が、途切れた。
「なんだよ、あれ。魔剣聖剣じゃなきゃ倒せない設定ウソか?」
設定ちゃう。
じろり。デスナイトプラス騎馬を丸呑みする弩級サイズの『それ』は、洋次を睥睨。つまり、取るに足らない小動物を見下すような視線だ。
「////まれびと//か////」
「はい」
「////みの//ほど//しらず//め////」
「はい」
まだだろうか。それとももう、失禁しているだろうか。筋肉が弛緩、脱力してしまったのか。デスナイトの指を封印していた壺が手元から落ちる。
「しまった」と、ちゃんと口にしていたのか不明だ。
「////ひと//の//ぶんざい//で//おろ//かな////」
それは偶然だった。デスナイトを飲み込み、噛み砕いてしまった『それ』の足元に壺は転がる。
「あ、それは」
「////だま//れ////」
「りゅ」
全てを語れなかった。
それだけ、自分の目前に聳えている存在は大きくて神々しかった。
天空を突き上げるような長蛇のような肉体とそれを支える力強い脚。
聖剣を無用として不死族を屠る強靭な爪。
ファンタジーやご都合伝説の必需品である『ロンギヌスの槍』が人化したら、きっとこんなだと確信するような尖った頭。無駄な部分を徹底的に削られた肉体。
レントゲンすら無価値なほど射抜く大きな瞳の輝き。
最後に一角獣の一本槍スタイルじゃなく、七支刀のような対の角。
「ドラゴン」
それらは、ドラゴンや神々の眷属だけに許される表現だろう。
「////され//おまえの//とちに//され////」
「はい」
唯相槌を打つだけの洋次との会話を無意味と判断したのだろうか。
「あの有難う御座います」
でも、デスナイトを飲み込んだ存在はサラージュの闇に吸い込まれて消えた。
「なんだ? どうしてドラゴンが?」
失った身体の奪回に登場したデスナイト。聖剣以外では傷も与えられないはずの不死族をあっさりと飲み込んだ、突如現れたドラゴン。
「異世界、なんだな。サラージュってさ」
その通り。




