13 エルフのメイドは成長著しくて
「魅了」
確か吸血鬼がどうして無抵抗で犠牲者に牙を立てられるかの解釈に、魅了の魔法があった。痺・麻痺の変化球と併せて、標的の動きを封じてから血ィ吸うんだな、吸血鬼さんたちは。
「令嬢」
「はい」
その、なんだな。
洋次は火傷してないし、寒さに震えてもいない。でも。前後から桃色の吐息に挟まれている。三者とも全裸でも、お互いの距離が肉薄しているから体温が伝わっている気もする。
「令嬢!」
ひゃぁぁぁぁぁぁぁ。
胸や腹にピッタリとカミーラとメアリーのダブル美少女が密着した。胸に顔を埋める、背中から抱擁って構図だ。
柔らかい。
少しプリンプリンしてる。
髪の毛と香水に混じった微かな匂い。そして、洋次じゃなくてカミーラがはぁはぁと身体を上下させながらの呼吸。
「メアリー」
助けを求める口調だ。実際には魅了されていない洋次だけど、表向きは固まっている絶対的優位な立場での弱気。もしかしたら。カミーラは男性との接触がほとんどないんじゃないのか?
男に免疫ないから儀式が遂行できないんじゃないのか。洋次はそんな仮説を立てた。その仮説が超幸運と生命の危機のどちらにも関与しないのがバカバカしいけど。
「令嬢も魅了を! さあ御覚悟を!」
繰り返しメアリーがカミーラを励ましている。その何度目の叫びでようやくカミーラのスイッチがオンに替わる。キッと強い擬音を背負ったような反動をつけて洋次を上目遣いに睨む。体格差が三十センチ近いから、カミーラは意識しないと洋次と視線を交わらないのだ。
そして、再度吸血鬼が牙を剥く。
……。なんだかな。それが洋次の素直な第一印象だった。カミーラは本人なりに決意を胸に大口を開いて牙を開示したはずだ。でも、カミーラの牙ってメアリーの八重歯より短い。これで、首筋に噛み付くんだ。
だってさ。でも痛そうだな。
八重歯レベルだろうがセイウチみたいな槍の先のレンジだろうが牙は牙。二本の牙が刺さる。
「魅了が解ける」
いや最初から魅了なんてされていません。ツッコミあるいは反論をメアリーのプライドのために我慢する。
「なんて屈強な」
それ血ドバッな場面で言われたくなかったよ。
こんな数々の雑音ツッコミを控えていた性少年に慮外、期待していたよりも膨大なご褒美が舞い込んだ。
ぴとっ。むぎゅぎゅぅぅぅぅ。
溶けてしまう。溶けていいですか? メアリーさん、素肌で真っ裸でも充分存在感把握できます。貴女の胸の弾力で、性少年を遭難させる予定ですか?
あらゆる想定をスペースシャトル速度で超過された洋次は、言葉を失っていた。数分前まで身体を丸めて震えるほどの冷気なんて、もう知りません。感じていません。
「最大魅了」
確かに魅了は魅了だった。ウソじゃなかったね。
でも洋次の動きが止まったのは魔法の効果ではなくて、人生最大級の祝福を浴びているからだったのだ。
「令嬢、もう魅了の限界です」
理性も動けないフリも限界です。洋次は身体の特に一部が自制できなくなっていたし、脱力感パンパない。石の床に膝を落としていた。
「あ、あの」
声かけしながら顎くいッをされた。カミーラが両手でボールを掴むように洋次の頬を抑えている。
「〝ごめん〟」
そうだったね。洋次は心の中で呟いて謝っていた。カミーラの身長では洋次の首筋には普通には届かないのだ。可能性としては、カミーラがグズグズしていたのは、異性への躊躇いよりも高さ的な障害だったかも。
「『我、サラージュの次期領主先代ブラムの娘、ワルキュラ・カミーラ。成人の儀式の作法に則り、〝いたばしようじに〟牙を立てん。我が最初の生贄にならんことを』」
固くて冷たい石の床が意外に今は心地よく感じていた。ドタバタしてしまったけど、メアリーが儀式の開始を宣言する時に耳にした文言とほぼ同文を添えて、カミーラは洋次に抱擁する。噛み付きは、この数秒後だ。
「ごめん」
もういいよ。洋次は目を閉じた。
うぐぐ。
カミーラが洋次の首筋を攻略中だ。見かけよりも牙は即血、じゃなくて噛んだら血ドバッに至らないみたいだ。
困った。
打ち合わせや予定とのズレが生じているのか。それとも、こんなもんなんだろうか。首筋にストローや管ではなく吸血のために歯を当てるってのは、つまりお互いがくっついている必要がある。
洋次とカミーラ、ついでにメアリーも儀式の必然性なのか衣服を纏っていない。これになかなか吸血を実行しない牙のおかげで長丁場になった裸の若者三人を加える。
なんて素敵な場面じゃないか。




