126 デスナイト・死霊騎士
フラカラは、口を開けた。歯がないと前置きされていて、距離十メートルからでも腐臭が到着しているから、歯槽膿漏とか、あちこち傷んでいると推測していた。
「これは、動いている」
甘かった。さっきのコンラッドの鳩といい、どうも足りなかったのは洋次の稀人としての自覚だったらしい。もったいぶって開放されたフラカラの口内は、異世界の情景が現在進行形で展開しているじゃないか。
////死霊騎士と名乗ったか、ゾンビ騎士だったか。それはどうでもいい。だが、過日ハリスを侵犯した、此奴の手首を噛み千切った始末が、これぞ////
「そりゃ功績じゃないですか。って、まだ歯に挟まって動いている?」
事前説明をされていなければ、フラカラの歯茎に、肉の隆起か舌が派生したと勘違いしそうだ。不死系モンスターの肉体は他人の口の中で活動しているのだ。元々不死モンスターだから、生きていると表現してよいものやらって悩みどころだけど。
「死霊騎士とかゾンビナイトって、それなりに高位の不死ですよね?」
////少しは知っておったか。ほぼ正解だ。不死の名の通り、こうして余の歯に刺さったままだ。本体も死んではおらぬだろうて////
「そうでしたか」
////何がそうでしたかだ、チキュウの稀人よ////
「私は、正直ペネが結婚、つまり乙女ではなくなったらユニコーンの存在価値がなくなるからゴネているのだとばかり。とんだご無礼を」
ポキ。腰から二折になる洋次。
////このデスナイトの手首の件は我が主すら知らぬことよ。だが、其方は懐かしいチキュウの稀人故、口が滑った////
「どうするんです、じゃない。なんとかしましょう」
////できるなら、とうに対処しておる。不死族を倒せる勇者など、滅多にはおらぬ。それに////
「それに。あの、もしかしたらペネ嬢を気遣っているのですか」
////当たり前を申すな。一角獣が我が主我が乙女を守護せず、何の面目があるのだ。余がデスナイトの指を咥えている間は、彼奴の獲物は余のみ。それが、この腐敗臭の不始末の源である////
「へぇ。お涙を流せばいいんですか、フラカラ。いや、角生えたお馬さん」
自分でもゲスな印象で歯並びをご覧頂いた。
////なんと、余を愚弄するか////
「ほら、ぐるるって頭を振る動作なんて、ウマそのものだ。ニホンじゃ競馬ってのは遊人の代名詞でね。さしづめ」
////去ね////
フラカラは角付きをしたつもりだろうけど、突進力はほぼゼロ。半身捻れば掠りもしない。
「そんな身体じゃ、直死ぬんだね」
////我が乙女のために死するは////
「おい」
ウマに顎くいっしました。
////な、なにを////
「なぁに悲劇の主役ぶってるんだよ。いいか、ウマってのはファンタジーでも主役を狙った流れ弾被弾して死ぬ道具なんだよ」
更におまけで一角獣の顎をもう一段リフトアップする。フラカラが空腹が過ぎていて反撃しないとわかっていての暴挙だった。
「道具が悲劇のキャラぶってんじゃないよ」
////お前ぇ////
「なあ一度しか言わないぜ。フラカラさん」
一角獣の耳から手を離して啖呵を切る。これをメンチ切るって言うんだとは、洋次の存在を無視しまくった担任教諭の毎度毎度の昔はああだ、こうだった談話の一部だっな。
「あんたが死んだら、汚ねぇ口でモゾモゾしてる指が動いたら、ペネってお嬢さんが事前の覚悟な襲われるんだぜ」
////し、しかし////
効果は保証しない。洋次はフラカラの耳を思いっきり引っ張っている。だだでさえウマってのは大きい。テレビ画面のイメージと違ってデカい。フラカラは一角獣で、割り増しているのか、首が痛くなるくらいの標高差があるんだから。
「どうせダメでも、コンラッドやペネに相談してみればいいじゃないか。コンラッドは、王都、中央にもコネがあるそうだから、デスナイトを殺せる戦士勇者と知り合いか、レンタルできるかもじゃないか」
////だが////
「あのね。小耳に挟んだけど、王都にはドラゴンだっているそうじゃないか。デスナイトを倒せる戦士やアイテムや聖剣、人間の味方のモンスターだっているかもじゃないか」
////余の知る限りでは、生存しているドラゴンではデスナイトは倒せん。それに、一地方の一匹の一角獣のために聖剣を貸すもの好きもおらぬ////
「へぇ厳しね。でも、コンラッド」
なるほど。ペネこと令嬢ペンティンスカの婚約者の名前が出た途端、ウマのシカト。顔を背けたフラカラだった。
「なぁ。貴方はユニコーン。乙女と主従する聖獣だ。だろ?」
////貴様、先程は散々愚弄しておきながら////
「そちらさんだってお前や貴様ってコロコロ変わってますよ。物言いとか呼び名よりも、ずっと大事な問題がお互いにある。それを解決する糸口を持っているなら、不愉快でも帝国官吏に頼りましょう」
コンラッドの明言を避けてみました。
「それから、ペネが結婚した後の乙女なんだけど」
フラカラが低速で首を動かした。洋次の提案に食いついたのだ。
「洋次卿、首尾は如何かですか? 相当話し込んでいた模様」
まるで往診帰りの歯医者さんだ。いや、自称だと『モンスターの歯医者さん』だけど。
「治療そのものは、私でもなんとかなりますよ。実際」
ほほう。コンラッドは露骨に胸撫で下ろした態度だ。コダチは目を見開いて、ホーローはへぇってセリフがモロ聞こえるくらいの大口が見えている。
「ですけど、歯よりも深刻な問題を発見。いえ、持ち出されました」
ぼりっと頭を掻いた。
「他に宿痾でもあったのですか?」
宿痾。これは慢性の持病とか、なかなか完治しない面倒な病気や症状のことだ。
「その。コンラッド卿」
「あれれ、卿を載せるっなんて下心バレバレなんだよな」「だから横から口はさむなよ、ホーロー」
またボリボリ。そのうちハゲるぞ。
「お願いがあるんですけど、お、おちゃ、お茶会を開いて欲しいのですけど」
「お茶会? 飲茶療法で御座いますか?」
「あ? まあモンスターの歯医者さんって名乗ってますからねぇ」
頭から腰に回す拳。
「乙女がどうしても必要なんですよ」
「は、い?」
異世界の歯医者は、アフターケアも必需品になっていた。




