122 ケンカするほどの
「なんだよ、洋次。松脂で歯型、採れるじゃない」
試験的にホーローが王都で修業中の失敗作から鋳型、そして複製品を作成する。
「まさか。こんな身近な素材で」
「お前だって洋次に進言しなかっただろ」
また始まった。
「皿に載せた松脂の一片を」
「そうだ。あまり熱すぎる湯では松脂が溶けてしまうから注意しろ」
「目を凝らせよ、お前の失敗作が増えちまうんだぞ」
歯型は今後の『モンスターの歯医者さん』には大事なステップだ。コダチやホーローにも立ち会ってもらったんだけど、まぁ仲の宜しいこと。
「あんたね、洋次の実験のために泣く泣く提供したんだからね」
「って大丈夫ですよ洋次。失敗作ならまだ幾らでもあるそうですから」
「「いい加減にせんかい」してよ」
洋次とレームが苦言を呈しても止まない口喧嘩。
「で、どうだ。鋳型は成功か?」
「もう固まったはずだから、抜きます」
掌に収まるサイズの松脂の合板を丁寧に剥がす。
「上手く型抜きできてます」
「お、やったね洋次」「お前が騒いでたから感動の一場面を見逃したじゃないか」
まだやってる。
「ここからが重要だ。じゃあ石膏を流すから」
「え、これで終わりじゃないの?」
「そうだねぇ」
石膏を蓄えた専用の容器を傾けながらの解説をする。
「本当本職ならもっと効率的な義歯、入れ歯が作成できるかもね。今回の松脂と同じで」
微妙な動きだけどレームに頭を下げる。
「なんだ、別に稀人に貸しなんて考えておらんからな」
コダチとホーローの視線がこそばゆかったのかレームが頭を掻き毟る。それは、小さな不幸の種でもあった。
「おっさん、二ヶ月に一度は風呂入りなよ」
「そうですね。イジも含めて清潔さは肝心ですよ、レーム師匠」
「な、なんだ。稀人に的確な助言をした年寄りに対してその科白は」
つんつんつん。固まり具合のテストのために極少量松脂からはみ出した石膏を触る。
「できた」
「「「できた?」」」
やっと。やっと歯型を採り、義歯・入れ歯を作成する手掛かりを掴んだ『モンスターの歯医者さん』と仲間たちだった。
「でも石膏じゃ実用じゃないんだろ? 弱いよ」
「その通り。でも歯型が採れれば色々な歯が造れるから。でも」
ざらりとした石膏を大事に持ち上げながら応えている洋次。
「基本はオール黄楊でも日常的には問題ないさ。それにイグの場合は総入れ歯だから」
「総入れ歯だと問題でも?」
「部分入れ歯は残っている歯との噛み合わせの調整が重要だけど、総入れ歯なら調整は制作側が主導できるからとても楽なんだ」
「あーーそう言うことか」
「お前、本当にわかってんのか?」
とまあ、日常的口喧嘩は放置。
「じゃあ、どうして歯型を採ったのさ」
「いくら調整をリードできるからって、土台の歯茎の形や大きさまでは改ざんできないからね。歯型は歯、だけじゃなくて口腔、つまり口の中まで再生するためなんだ」
「へぇ」
こつこつと石膏歯型を叩く。
「それに、そのなんだ。松脂は再利用できるから保存用としても石膏は貴重だし」
「そういう事だ、ホーロー」
「じゃあイグの〝歯型〟を採ったら?」
指でU字を描く。
「曲げておいた黄楊の木を削る。時々歯型と照会してサイズに注意だな。削りすぎても、残っていてもダメだからね」
セクハラにならないかちょっとだけ不安だったけど。
「ホーローの、職人としての繊細な腕前が重要だから頼んだよ」
「うん」
固い握手をする。驚いたり拒否った反発もなく、強力な握力が戻ってきた。
「お上手だねぇ洋次は。仕事とあっちゃ無駄口も御終いだね。誰かさんは寂しがるだろーけど」
「誰がだよ。いいか」
以下略。
「ところでレーム師匠」
洋次たちと離れた空き地でアンの出前を五人分平らげている巨人族のイジを眺めていた木工職人のレーム。
「レームで構わんと申しただろ。こちらは引退同然のジジイ。あんたは稀人様だ」
「そんな。あの、もしかしたもっといいアイデアが沸くかも知れません。松脂みたいに」
「そうか。少しは年寄りが巷に戻る口実が生まれたわけだ。こっちもそれはそれで感謝する」
「いえ、またお知恵をご意見を賜りたく」
「ふん。知恵があっても活かす活かさないは監督の腕だ。今はお前さんは、よくやっている」
「あ、あの」
言いたい事を言い残して巨人族のイジに接近する。
「帰るぞ」、イジは返答はしないで、小柄なレームを肩に載せて、サラージュの西の棲家へと帰る。
「なんだよ、食べたらもう行っちゃうんだね、あのバカデカ巨人」
「でも、正直鼻が曲がりそうですね、あの二人」
「その点だけは激しく同意するよ。じゃあ、ホーロー、コダチ。今日は解散しよう」
三人とも鼻を摘んで散った。




