120 風が吹かなきゃ、北風(バンシー)たちがいるじゃないか
サラージュの帰路。
御者台での反省会。
「じゃあ完売だから売上は上々だな」
「はい。これで歯ブラシ制作に人を雇うが確定しました。で、はみ、がき、こ、ですけど」
「ああ。肝心の茄子の生産次第。でも、幸いに供給のアテはついたから」
「あれは」、整備されていない田舎道だから、車輪が跳ねた。馬を制御するためにコダチは弱めに鞭を打つ。
「まさかのアイデアです。お客から原材料を集めるなんて」
「ふふーん。茄子は捨てるところがないって日本では言われているんだ。どうやら、サラージュの稀人の先輩が持ち込んだ茄子が鳥媒介でそこそこ拡散していたらしい。花が綺麗だって栽培している人も確認したからね」
「私は食べた覚えがないんですけど」
「多分、食べてはいるさ。でも単品の茄子は日本人だって滅多に食べないよ」
「そうなんですか」
「茄子好きな日本人だって実食は輪切りで漬物とか油炒めなどにしているから、ゴロリと茄子の実を目撃していないだけじゃないかな」
「自分で料理しませんから」
「それは激しく同意。で、茄子のヘタを持ち込んだ人は優先的に販売するし、割り引くって知らせたから」
「まさかサラージュだけじゃなくて、他領から仕入れるとは、さすが稀人。考えつきませんでした」
「いや、私も途上、野生化した茄子っぽい花を見るまでは浮かばなかったよ」
荷台に身体を預ける。販売好調の安堵とペネからの難問。結構疲れていたんだ。
「まぁハリスやカーバラで〝ヘタ泥棒〟が続発しないことを祈るよ」
「〝なす〟を詳しく知らないから大丈夫では?」
「いや、だから怖いんだよ。その片の花とか野菜のヘタが盗まれないといいんだけど」
「そこから先は、ちょっと我々では」
がたこと。改造荷馬車は揺れる。帰路は販売品がなくなったから跳ねやすいんだ。
「あ、メアリー。静かだけど、アンは大丈夫?」
洋次とコダチの馬車は警護役も兼用しているから先行していた。振り返ればアンが後続の──豪奢なカミーラ用の馬車の──御者台に座っている予定だった。
「メアリー?」、でもメアリーの隣に座っているはずのアンの姿がない。
「メアリー、アンは?」
ゆっくりと客室の窓が開いて、カミーラが小さな顔を覗かせる。
(静かに)
そんな無言のメッセージのように白い指がカミーラの真紅の唇をシンメトリー、左右に分ける。
「姫様の膝で寝ているようです」
カミーラの馬車の御者はメアリー。コダチを御者に無理くり起用しているけど、どうやらもう一人の御者も必要らしい。
「と言ってホーローじゃなぁ」
メアリーとホーロー。不思議なことにお互い相性が悪い。現在、そこそこの成人女性で、チーム『モンスターの歯医者さん』はホーローだけ。人材不足もサラージュの課題になっている。
「でも先ずは歯ブラシ歯磨き粉と、なにより歯磨きの指導が成功したのは順調だな」
「そうですね。あ、そうそう洋次、大型ミキサーを五台も注文するお客様が現れましたよ」
「ほ、本当か?」
「これでミキサー販売も軌道に乗ったと判断してよいのでは?」
「そうか。コダチ、まず君と師匠、ランスに感謝だ」
御者台で肩を並べる男二人。絵的には美味しくないけど、そこはご容赦を。
「とすると、第二段階。義歯製作だ」
追い風は吹いている。そのおかげで、疲労感は若干は薄れてくれる。
「風が吹かなきゃ、北風たちがいるじゃないか」
稀人、板橋洋次は頑張っています。




