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12 吸血鬼は十二歳、成長期

 カミーラに突進された案外むぎゅぅぅな弾力と首筋から伝わる痛感。バンパイアの接吻キスの雅称がある、でも結論として吸血行為が始まったのだ。


 洋次は呟いていた。


 ──ヤバいなんてもんじゃない。終わってませんか、俺?

 だって生贄だよ。メアリーが朗らかに二度説明したよね──


令嬢レディカミーラ」

 メアリーの突き通ったソプラノが、まるで弔鐘の乱打なんだ。


 生贄。洋次は吸血鬼に首筋に牙を立てられて血がドバッと流れてしまう。生存率は限りなく下に振り切って、もうどうにもならない。


「ようじ、さあ」


 それってさ。洋次の脳内だけの一人芝居が展開される。


 このままメアリーの指示通りなら死ぬ。死ななくても、確か吸血鬼の下僕で、生涯を終えてしまうんだ、俺。

 だって血ドバッだぜ。事故とかでも、首の頚動脈は切れたらヤバいのに、吸われちゃうんだ。


「あ、宝石」

 ライフカウンターが止まろうとしている生贄キャラの発言じゃない。でも、過酷な儀式次第スケジュールを刹那忘れてしまうほど透き通っていて、しかも煌羅キララと輝いているブルーダイヤにも負けない瞳が、カッと洋次を捕らえている。


「わたしカミーラ」

「そうメアリーから説明されたね」


 しまった。

 令嬢レディカミーラは淀みない宣誓だったからオルキア語のはず。でも、カミーラもメアリーも特別な反応はなかった。


「ち、すう。ごめんなさい」

 どうやらこのカミーラお嬢様、吸血鬼らしいから血を吸うのは当たり前過ぎる説明をワザワザしちゃってます。

「そりゃ、その」

 咳払いが背後からした。


「成人の儀式。しないとダメ。儀式の生贄。イセカイジンときまる」

「このセカイでは、そう言う仕組みなんだ。そっか」


 洋次は、もちろん拒絶や逃走の選択肢がないわけではなさそうだ。でも。


「ようじ、おねがい」

「わたしからもおねがいです」


 そりゃないよ。

 エメラルドグリーンとブルーダイヤの瞳にウルウルされたら、断れないじゃないか。

 いや、でも、致死率が激ヤバな血ドバッはウエルカムじゃないな。


 断ろうか……? 逃げようか……?


 きりり。肩口が微弱に痛んだ。洋次にお願いしたカミーラが肩に爪を立てたからだ。痛み。ギュッとくんっと身体が揺れる。

 これ以上、血ドバッな痛み。確か首筋に牙を当てて吸血するはずだ。やっぱ俺、死んじゃう?


「ちょとちょと、カミーラ、ちゃん。様、令嬢、ご主人様」

 貴族とか令嬢に接していない日本人のヤケクソな呼び掛け。


「にげるきだね」

 ああ、もう片言じゃなくていいんだけど。


「「だめですよ」」


 あれ。不許可だと発言者が重なった。メアリーが逃走を図る洋次に。とすると、もう一人は?


「あああああああああああ」


 もう一人のだめですよは、ヒネリもオチもなく洋次。

 白い肉体を露出、そして不思議に素足のカミーラが、ゆっくりと洋次の胸に手を載せた反応だった。


 そわそわ。さわさわ。


 慣れていない。恋人イナイ歴が年齢と合致している洋次には、素肌を、しかも胸を触られる免疫はない。


「かかかか」

「ようじ、かんだ? かんだか? でもだまる」

 地名なのか古典小説の主人公なんだか不明なメアリーの質問と指令。


「って!」

 真っ暗だし、血ドバッが待ち受けている状況だからボケをする暇がない。でも、マンガ的な擬音を生産するならば、こうなるだろう。


 ああああん敏感に感じる。

 そこはダメなんですよ。


 メアリーの吐息で洋次の耳は熱く焦がされているようだ。産毛かハミ毛の微妙なサワサワ感触もくすぐったいやら冷たいやら。


 一も二も三もなく洋次の未体験領域だった。


「あの、逃げていいっかな」

 バカ正直すぎる。

「よくない」


 そりゃそうだ。

 でも、血ドバッを回避したい洋次。でも別の洋次がすぐそこにいるのも真実なんだな。

 だってカミーラのスキンシップが電流みたいな衝撃を打ち込むし、メアリーは無防備に密着寸前。ああ、これで血ドバッがなければ、もしかしたら天国の階段を登る儀式よりすごいぞ、これは。


「にげげ、ようとするなんて」

「舌、噛んだね」

 八重歯の子はたまに噛む。


「ゆるさないんだから」

「許して」

 むぎゅっう。


 脇を固めていないから羽交い締めではない。拘束、首絞め?

 技の名前は後日決めて欲しいけど、結論としてメアリーは逃走を防ぐために洋次の首に腕を巻きつけた。その行動は、メアリーの連山の標高と柔軟性を再度証明した。

 なにしろ、オルキア滞在ゼロ分で洋次が埋まったのがメアリーの谷間だったんだから間違える訳がない。シネ、この瞬間リア充。


「令嬢カミーラ、今なら生贄は動けません」

「は?」

 メアリーさん、メアリーさん。貴女ナニを根拠に板橋洋次、高校一年生十六歳が動けないとおっしゃいますか。

令嬢レディ

「はい」

 カミーラがまるで天空を仰いだような気がする。

 成人の儀式の要。つまり吸血(血ドバッ)を素早く実行しろとメアリーは言い、カミーラは同意したのだろう。


「あのね、メアリー」

 腰を捻ってメアリーと向き合う。つまり、洋次は動けます。

「あ」

 洋次の駆動にビックリしたのか、カミーラが半歩分ドン引きしていた。胸からカミーラの掌が離れたからビリビリする触感も消える。

「なんですって!」

 エメラルドグリーンのカラット数が急上昇した。吸い込まれたいほど綺麗なんだけど、実際血ドバッな場面ですから今日は遠慮願います。


「さすが稀人ですね。仕方ありませんね。奥の手を使います」

「使って」

「使わないでよ」


 ふわわわわん。

 メアリーのチチ拘束から解放された。あの包み込むような弾力とナ・ン・ト・モ・イ・エ・ナ・イ・匂いは名残惜しいけど、命あってってやつだ。


「お嬢様直伝の秘法です。令嬢も、御覚悟を」

「承知しました」

「秘法? いや、その、話し合いとかでなんとかならない」


 しかし成人の儀式は平和的妥協の余地はないらしい。ってかカミーラとメアリーの覚悟は、もしかしたら洋次の人生全ての幸運を吸い込んでしまったかも、だ。



「覚悟なさい、異世界人」

 メアリーはなんて冷酷なセリフを凛と透き通ったソプラノで発するんだろう。

 なんで、なんで、この空間は暗いんだろう。洋次は人類史上類を見ない幸運と、また重なる不幸を同時に体験している。


 カミーラとメアリーのシルエットと起伏しか見えないのだ!


 でも凝視してしまうのが彼女イナイ歴、イコール、年齢の板橋洋次十六歳。



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