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118 練乳が食べたいなら


「さて、ここがとても大切なことです」

「まだあるのか?」

「まあ歯ブラシを口に挿れるのは慣れないと吐き気を催しますから、無理しないでください」

 何だかんだでミーナーも大人しく歯ブラシを動かしている。それだけ練乳がお気にになったようだし、歯の治療はマジカンベンなんだろう。


「この歯磨き、歯磨き粉もですけど、やり過ぎは逆効果だとよく覚えておいて頂きたい。ですから、食事や甘い食べ物を召し上がった後で充分です」

「甘い物」

「一日数回で充分です」

「ならぬ。妾は一日何回甘い物を欲すると覚えておるか」

「そーよねーー。ミーナーちゃんったらーー」

 ミーナーの頬っぺたをツンツンするキャラ登場。いや再登場か。


「「「おやまあ」」」

「母上」

「まあカーバラ夫人だから、そんな長時間拘束できないと思ってたんだよなぁ」

 こうなると鎖が切れた野獣か放埒な妖精。スキップでもしてるんですかって軽い足取りで洋次に近づく。


「ねぇようじ」

「構いませんけど、呼び捨てですか?」

「ようじ、この歯ブラシをすれば私も練乳を頂けるのですか?」

「まあ素敵な瞳ですね」

 まるで赤ちゃんみたいにキラキラして洋次を直視するカーバラ夫人。


「いえ、召し上がるだけなら」と口を開きかけたら、草を踏む微かな音がした。

「父ちゃんのお店で食べられるよーー」

 二の句が継げなくなった洋次。製造法なら教えますと伝える寸前、アンがセールストークをしてしまった。


「まぁサラージュのお店ですね。店名は?」

「『ニコの店』だよ、おねーーちゃん」

「……レシピの公開は後日だな」

 その刹那、心地よい温もりの微風があった。

「これも」「うわっメアリー」

 しっ。メアリーは静かにと唇に指を当てている。そして美少女すぎるエルフメイドのはねっ毛がここは真剣な場所で真面目に稀人している十六歳の青年の肌を刺激しているとも知らないでコンマミリ単位で肉薄しているじゃありませんか。


「サラージュの資源になります。まさか練乳の作り方を教えるなどはお控えください」

 メアリーがヒソヒソだから洋次も小声。

「でもねぇ。あれって乳を煮詰めて甘い樹液混ぜてまた煮た物でしょ?」

「でもサラージュだけではなく、オルキアでは練乳は商品化しておりません」

「そうだねぇ。あれ、もしかして今アンの背中押した?」

 頷くメアリー。そしてもう一度、シーと洋次の発言を封じました。


「ならせめて、私の口をメアリーの指で押さえてよ」

 なんて言ったらサラージュまで飛んで帰れそうだから禁句です。



「今回、お茶会の記念に、御説明した品々をプレゼントしたいと思います」

 彫金細工が施されたプレートに載せた歯ブラシ、歯磨き粉を詰めた瓶が載っている。

 驚いたことに、このプレートも一緒にプレゼントするそうです。


「要らぬ」

 プイと横を向くミーナー。


「あら、さっきまでのご機嫌は何処いずこ?」

「だって」

 笑うところじゃない。でも、ミーナーと幼いお母さんが揃って洋次をジト目凝視。


「練乳がなくては不完全である」

「あ、そっち。アン、瓶はまだ残っている?」

「あるよーー」

 踵を返して在庫を収納している馬車に戻るアン。

「うむ。一時はどうなるかと恐慌する処であった」

「全て喜んで頂けて何よりです」

「あ、あの」

 そう。表向きのメインテーマはペネのお悩み相談だった。


「その儀、必ず。宜しければコンラッド卿と同席で」

 それはダメ。ペネの首振りが無言のメッセージだ。


「では、まずミーナー様が御帰還の後」

「いやだ、稀人ちゃーーん」

「今度はちゃんづけですか? カンコー夫人」

「私たちは、これから『アンの店』にレッツ・ゴー・よ」

「はーーい」

「『ニコ』ですけど。それからレッツ・ゴーってよくご存知で」

「「「レッツ・ゴー」」」

 ミーナー母娘、アンが唱和するので、もうこれ以上ツッこむのは辞めました。


「って喜んでばかりでもいられないね、メアリー。ニコさんに連絡を在庫がもう心もとないから追加生産をお願いしてください」

「令嬢」

 例え緊急でもメアリーの雇い主、ご主人様はカミーラだ。

「任せます。洋次の指示に従って」

 次期伯爵の令嬢の同意を得てからメアリーがは一旦お茶会会場から離脱する。


「また、鳩かな? 馬車に鳥籠なんてあったかな?」

 確か細工師のホーローは木工職人のレームとは伝書鳩で通信をしていた。


「まれびとーー。サラージュはハーピィがいるから鳩なんかつかわないよーー」

「え? じゃあホーローが言ってた鳩って?」

「しらなーーい」

 と、宿題課題が新たに発生した洋次だった。



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