116 甘露(あまい)
そして。
「それでは、損得勘定よりも練乳の魅力をご堪能ください。サラージュ自慢の料理人が腕によりをかけた『デザート』を召し上がってください」
「はいはーーい、どーーぞーー」
カミーラの次はミーナー。最後にペネの器が白濁する。
「甘露、大甘露!」
「ミーナー様」
メアリーとハリスの老侍女がハモって教育的指導も効果なし。
ガラスの器を鷲掴みしたミーナーが立ち上がって興奮しまくる。
「稀人、妾はこの〝れんにゅう〟気に入ったぞ」
「ミーナー様。御着座を」
メアリーが着席を促しても、ぴょんと跳ねているミーナー。カーバラのメイドさんは、どうしたんだい、マッタク。
「さて、お気に召しましたか?」
「是非もなし。アンと申したな。妾の典膳に命じたいほどである」
「ミーナー様。アンは当地の領民、しかもまだ童女ですから」
「致し方なし」
ドスンと鳴り響く椅子。とてもお嬢様の着席ではないね。
「あれ?」
カーバラのメイドさんがミーナに接近。これは、厳しく叱るつもりだろうな。
「はて」
ミーナーから練乳たっぷりのデザートを取り上げたメイドさん。器のデザートを躊躇いもみせずにパクリ。
「あ?」「あのおねーーさん、だあれーー?」
そんなことお構いなくもう一口パクリ。
「母上」
眉を折り曲げたミーナーが唇を尖らせた。
「ミーナーの母、御母堂!」
カーバラの領主、騎士階級のカンコー夫人だ。
「てへ。ばれちゃった」
まさか異世界でてへぺろを再見するハメになるとは想定外だった。
「母上。ですから、正体が発覚する事態は」
「だってーーミーナーたんだけ美味しい異世界料理食べるなんてズルいーー」
このご婦人、後妻さんではない。ミーナーの間違いない生みの親、正妻さんなんだそうだ。こんな精神的に幼くても。
「あ、あの」
「勘弁して下さいよ」
閑話休題では収まらない中断がありました。
「さて、ま、色々とありましたが」
「ふふ~ん」
「母上、鼻歌を披露しても隠蔽は叶わず」
「ふ~ふ、ふ~ん」
だけだこりゃ。
「練乳を美味しく召し上がって頂けたと思います」
「はいはーい、お・か・わ・り・」
とてもとてもお行儀が悪く、カンコー夫人は、ガラス容器をスプーンでコツコツ叩く。おかわりの催促らしい。
「母上! 誰かおる!」
ここでカンコー夫人強制退場。
「さて、ミーナー様。甘い物を食べ過ぎますと、虫歯に成りやすくなります。ご存知ですか?」
少し気まずい空気を咳払いでなかったことにする。
「やや、それは不覚。為れど、〝れんにゅう〟を妾に差し出したのは稀人也」
「はい、それは間違いありません。ですから、責任を感じています」
「では、もう痛い治療はせぬか?」
「残念ですけど、虫歯が発見されたら治療します。でも、練乳をこれっきりに、されますか?」
究極の選択。この誘導にミーナーはまんまとハマる。
「どちらも、イヤ。じゃ」
言葉使いが低年齢化してないか?
「ミーナー」
「まあご器用な」
練乳デザートの容器を掴んだまま、ズルズルと着席のまま洋次から離脱を試みる。
「やっぱ親子だな」
それはまた後々のネタとして。
「では、練乳を召し上がりたい。でも虫歯と治療は避けたい」
「そう」
耳に手を当てて聞こえないアピールをするほど意地悪じゃない。
「では、稀人。異世界の技術をお試しください」
「あるのか、その様な魔法魔術が?」
「はい、元気一杯なお声で安心しました。アン、白い張り紙の壺を持ってきて。それから、歯の模型も」
「はいはーーい、これだよ」
がらがら。ワゴンを手押しするアン。
このワゴンには完成したばかりの歯磨き粉が詰まった瓶と歯磨きのためのモデル歯型模型が載っている。




