114 本丸は歯ブラシと歯磨き粉
「カミーラ息災であるか」
中世風お嬢様のイメージだと、ふわふわひらりとしたドレスに肘まで伸びる白手袋、ティアラ装着もアリ、だろう。
「お陰様で。ところでミーナーは普段から薄着ですね」
洋次とコンラッドの連合軍が施設したお茶会会場に先着していたミーナーは、日本の女学生のような衣装。ブラウスに、セミロングのスカートに騎乗でもしていたのか長靴。
でもでもでも。
隊長、薄手のブラウスから、メアリーのチョモランマ級ではないけど高々度な起伏が確認されます。
「雷神たる者、鍛錬は不可欠也」
「でも少々扇情的かも」
ミーナーはどうもリアクションが欠かせないタイプらしい。一言喋る毎に、豊かな起伏が揺れていて、チキュウから訪れた稀人を悩ませています。
「ははは。〝せんじょう〟なら、イツでも覚悟の上也」
「まあ。勇敢ね」
とまあ何だかんだで仲良しになっているカミーラとライジン族のミーナー。
「はて、ハリスの令嬢。如何したか」
「少し馬に酔いました」
馬酔い、乗り物酔いだと主張するペネ。確かに顔色が冴えないのは、距離を置いている洋次でも把握できる。
「不覚悟也。貴族の子女ならば常時戦場の心構えぞ。まして馬に敗けるとは」
「ミーナー様。戦場は殿方にお任せして女子は一歩去がるのが良いのでは?」
「あの、お疲れ様でした」
武骨なミーナーに作戦を崩されては洋次が困ってしまうのだ。
「では、お席に着いてください」
ガヤガヤ。既に豪華な馬車に引っ張られる形で見物人、野次馬が集まりだしている。
「つかみはオッケイ」
そして、これが作戦開始の合図。メアリーが眩しい銀灰色の金属製プレートに載せた飲料を運ぶ。
「まずは喉の渇きを潤してください」
「はい」
「まぁ淡いピンク色ですね」
「桃色の飲料とは奇っ怪也」
ちらちら。建前は近隣のお嬢様の親睦会だから周囲を衝立みたいなカーテンで覆っている。でも。
「あ、ピンクの飲みモンだ」「苺、かぁ?」「や、違わね?」
オルキアは中世風のセカイだ。まだガラス製品は貴重だけど、今回は透明な食器で統一している。
「もし、壊したら」とメアリーが冷ややかな視線を送りながら馬車に食器ケースを積んでいました。
「やや。これは甘露、美味也」
「あら、甘いですね」
「はい」
ある意味想定通り。
「ねーーねーーまれびとーー。あのおねえちゃん、〝じゅーす〟すきじゃないのーー?」
「いや、多分別のことを考えているんだよ」
「なーーにーー、それ?」
アンも大きくなったらと発言するところじゃないよな。
「稀人、この飲料の正体は何物であるか。迂闊であった。苦しゅうない、今後直答を許す」
直答。偉い人と喋るのは、それなりの身分の人物じゃないと不許可。
だから、直答の許可がないと仲介者なしに会話が不許可って面倒な時代は日本でも結構近世まであったのさ。これマジだからね。
「これは最近サラージュの稀人。とその協力者たちが製作したミキサーの発展版。ジューサーミキサーで細かく砕いた果実を更に裏ごししたジュースです。単品の果汁と違い複数の果実が混ざることで味わいが濃く深くなるそうです」
アンをチラ見。
「料理には疎いのですけど、こちらの天才料理人は美味しくなったと」
「なったよーー」
「おお」
コクコクじゃなくてがくんがくん。薪割りも兼用できそうな大降りでミーナーは頭を上下させた。
「そちらの典膳にも直答、苦しゅうないぞ」
事後承諾。
さて。肝心のハリス・ペンティンスカ、ペネ嬢はまだまだテンションが低い。
これは難題で長期戦覚悟だと洋次は決意をする。
「閑話休題」
「ところで」
まさにところで。このお茶会は正式にはお嬢様たちの懇談会だ。
それぞれ長短深浅の違いはあっても、お互いの領地が隣接する同士。政治的なお話もあるし、女子会的な話題もある。
「それじゃ、アン。おいで」
「はーーい」
衝立の内部にはお嬢様三人とそれぞれの侍女メイド。
「だけど、あのメイドって誰だっけ?」
ワルキュラ家のメアリーは言わずもがな。ハリスのベテランメイドさんとも今日が二回目だ。でも、ミーナーのメイドはまるで花嫁衣裳の一部、角隠しみたいに深い被り物をして表情がわからない。年齢も不明だ。
「ま、本丸は」
一見お嬢様たち三人が集うお茶会の丸テーブルが本丸だと錯覚するだろう。でも洋次には、そこじゃない。
「へぇ。美少女だな」「吸血族って、なんだ。怖くないじゃんか」「いい女だなぁ」
衝立が内堀、内壁なら、セッティングしてある警戒線が外堀、外壁。そして警戒線に群がる見物人や野次馬たちに歯磨きの啓蒙と歯ブラシなどを購入させるのが本丸なんだ。




