112 飲むだけ
「これは?」
「これが天然ジュースさ」
「ああ、果実の汁ですね」
「そう。チキュウではミキサーはジューサーミキサーって二役兼用タイプが主流なくらいです。正直私はミキサー使った記憶がないんですけど」
「でもミキサーは対象物を細かくする機械と解説をされましたけど」
「けど?」
ちょっとだけドヤ顔の稀人。
「まるで甘い水です。カエデの樹液を水で割った感じ」
「カエデ、ですか?」
カエデとは英語でメープル。天然メープルシロップです。
「甘い樹液なんですよ。春先から夏になる前までしか採れないんです」
あ、にっこり笑った。
「それじゃあ貴重な甘味なんだね」
「そうですね。ハチミツは添い遂げたばかりの新婚の贈り物でしたから」
蜜の月。元気な子宝に恵まれるために新婚さんに栄養価の高い蜜を与える風習から名前がついている。
「このカエデのような汁がサラージュを助けるとおっしゃるんですか?」
「その通り。でもこのミキサーを使用すると、何種類ものジュースを一杯のコップで飲める。カエデはカエデの良さがあるだろうけど、ミキサーのジュースは果実を変えれば一年中町中でも飲めるのが利点」
「でも、それはこれまでのミキサーとの違いは?」
「飲むことに比重を置くか、全部一緒に食べるか、別々にするかの違い。でも、ミキサーは健康な人にも使って欲しい機械だと知れ渡れば」
「れば?」
「販売数は維持上昇できます」
「そ、それは願ってもない効果です、洋次」
またメアリーのエメラルドグリーンが輝いた。
「そうとなれば、アンとコダチと作戦会議だ。あの後始末をお願いしても?」
「片付けなどメイドに任せて速く急いで下さいませ、稀人」
「それでは」
「いってらっしゃい」
あ、これもイイ。上機嫌なメアリーに見送られながら馬を走らせる。
「お速く」
「じゃあねーー」
「洋次、その急いで頂けると幸いですけど」
正直、駆け足のが高速性が保証されている洋次の騎乗レベルだった。
「へぇ。飲むだけ、ねぇ」
数個の果実だけをミキサーに掛けた。それを料理人のニコに試飲してもらう。
「飲めるは飲める」
「まれびとーー、のこりはどうするのーー」
「ああ、それはムダにしたりなんてありえないから。鍋とかに放り込んだり」
「ねぇねぇ、その果物の残りは食べないのーー?」
「食べ?」
ピン。またも思い出すチキュウでの食生活。
「ニコさん、サラージュで氷魔法使いって?」
「あーー? こんな田舎だからなぁ。炎ならロウソクの代用レベルなら何人かいるけど」
「あのメアリーは?」
「なんだ、お前本人から聞いてないんか?」
「それほど語り合ってないですよ」
「へぇ。ま、あの娘さんは風魔法がメインだな。その他はロウソクとか竈の着火くらいで得意じゃないはずだ」
「アンはつかえないよーー」
「そうなの、それは残念だね」
瞬間的閑話休題。
「魔法使いに及ばなくてもいいんです。氷魔法を唱えられる人は?」
「俺の知る範囲じゃサラージュにゃ、いねぇ」
「アンもだよーー」
「そうですか。フルーツシャーベットはダメかぁ」
「ねーーねーーしゃーべっとってなあにーー?」
「ええっとね。果実を食べるんだ。果実の……そうか、凍らせるだけじゃなくて。ニコさん」
「んだよ。男が男に迫るなよ。第一俺にはアンって宝物がいるんだ」
「なんですか、それ?」
おーーい、戻ってこーーーい。
「メアリーがカエデの樹液って言っていましたけど?」
「んだ、モンスターの歯医者さんはゼンゼン物知りじゃねえんだな。カエデのな、全部じゃないが幹に傷つけると甘い樹液が採れんのさ。料理にも使うぜ」
サトウカエデから採取されるメープルシロップはサトウキビの普及以前は甘味料のロングランだった。でも、スーパーでワンコイン(最近はそうでもないけど)で白砂糖を入手できる社会では縁遠い昔話に成り果てている。
「モンスターの、ナントカ食って触れ込みで販売できるかも。それじゃ取り敢えず失礼します」
「お、おい稀人待て」
「はい?」
なにかニコも閃いたのか。
「なんか食うか飲んでけ」
商売でした。




