111 ジュースを飲んだことがない?
「じゃーーねーー」
「アン、またね」
「お前、時々オンナするから都合がいいなぁ、うへっ」
洋次、そしてコダチの肩に腕を回すホーロー。
「ほれほれ、ちゃーーんとお・ん・な・だろーー」
「やめろ、お前の身体なんかオンナじゃない、決して女じゃない」
「そう?」
白状しよう。メアリーとは標高も弾力も違うけど、しっかり女性の胸だ。
「でも、控えてくださいよホーロー。私はまだ十六歳なんで」
「あれ? もしかして色香に迷っちゃう?」
「だからいい加減にしろ」
「まいったな、秋口だけどあせだらだらだよ」
顎や頬に沸き上がる汗を拭う。
「そいや喉渇いたな。水を」
「ダメダメダメ。サラージュの水は美味しくないよ。王都の下町で流れる水と一緒」
「お前、また都会帰り自慢して」
「ああ、水事情も中世ヨーロッパと近いんだ。でも夏や秋に汗かきすぎると」
「んじゃあウチで水浴びでもする? オネーサン洗ったげるよ」
もちろんこの後でコダチとホーローの口喧嘩がありました。
「そうか。サラージュの暑さを痛感しなかったのは尖塔に閉じ篭りが多くて、しかも北風の精霊が身の回りにいたからなんだ」
ふと周囲に誰もいないと気づいた。
「だからなぁ」「んだよ」
「まだやってんのか?」
でも、セリフだけだと罵り合いな会話もコダチとホーローだと時候の挨拶くらいに感じる。
「幼馴染かぁ。いいなぁ」
他人の歯は白く、芝生は青いようだ。
「お帰りなさいませ。宜しければこちらをお召し上り下さい」
サラージュの町からお城、そして仮宿の尖塔に帰ると、メアリーがいた。
「わぁ。掃除をしてもらった上に、それなに?」
たった一脚しかない机には、石ころみたいなナゾの物体。白濁したレモンが外見の印象だろうか。
「ホジの実です。見た目は悪いですけど、瑞々しくて喉を潤すのに丁度良いかと」
「へぇ木の実かぁ。日本だと柿の季節かな」
ホジの実を手に取る。確かに重量感はあるし、ざらつく触感だ。
「実の端は意外と柔らかいんですよ。普通はそこから齧ります」
説明をしながら小刀を、その、取り出したメアリー。
「ああ、初体験ホジだから、宜しく」
メアリーの胸ポケットから、胸から、今まで秘蔵されてた小刀がキラキラ光っているじゃあーーりませんか。
「どうしました洋次」
「いや。続けて」
続けるも続けないもない。ちょこんと切れ目を入れたら作業は終了する。
「どうぞ」
「ああ」
小刀貸してとは立場上言えない。
「あ、予想と違って水って感じ。甘ったるくも苦味や酸っぱさもないんだね」
「ええ、森の中で喉が渇いたらいつも飲んでいました」
「へぇ。まるで」
洋次はそこでセメント化、固まった。
「これ、まるで天然の水筒だね。だけど」
「どうしました。お口に合わなかったですか?」
メアリーには子供の頃から教わった当たり前の行動だったんだろう。でも、洋次は閃いた、思い出した。
「ねぇメアリー。ジュースって知ってる?」
「〝じゅーす〟ですか、果汁ですよね。それが如何しました」
「そりゃ熟れた果実から滴るのを飲んだんじゃなくて」
「それ以外にあるんですか。お皿とかに受け止めたり」
「じゃあ、ジュースって知らないんだね?」
「ええ。申し訳御座いません。おっしゃる意味がわからないんです」
それはそれは洋次が逆に恥じてしまうくらいのお詫びをするメアリー。
「いいですか、私にとかではなくて、これ、サラージュのためなんです。ジュース、果実とかの汁を飲んだ経験はないんだね?」
「あ、あの」
またしてもドサクサに紛れてメアリーの両肩をホールドする。おかげで果実作物の成熟過程がメアリーの顔で再現されるくらいだ。
「そうだ、建前をキープしなきゃだから仕方なかったけど、ミキサーはミキサーだけじゃないんだ」
「洋次、そのお言葉が理解できません。申し訳ないんですけど」
「そうかーー。じゃあアリバイを崩さないとな」
それ根本的に間違ってるし。




