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11 吸血鬼の〝成人の儀式〟

 ひたひた。

 ぴたぴた。


 足音が二つ。二人が接近しているのか?

 一人はメアリーだとして、もう一人が血ドバッの主役なんだろう。

 で、具体的にナニをされるんだ、洋次おれ


 暗黒空間に滞在すること数分。視界が封じられている分、聴覚くんに頑張ってもらうしかない。って聴覚くんって三国志の雑魚キャラじゃないからね。


 ……。ふぅ無言ノリツッコミは虚しいな。


 異世界にトンで、暗室に幽閉されている割に平静を保っている十六歳高校生に眩しい光が点った。襲われたのかと勘違いする照明は、ななんとロウソクがたったの一本。

 暗闇に目が慣れると、ロウソクの灯ですら痛いと錯覚してしまったのだ。でも、こちらも直ぐ慣れる。強力ライトで網膜がダメージを被ってレベルじゃないから、あっという間だ。


「こっち、みて」

 女の子の、声だ。確かにメアリーとは別人、幼さを感じるトーン。身長は、メアリーが目算で百六十センチ前後、それよりも頭一つ以上低い。


「あ、あの?」

 シーーーーーーーーイ!

 身体を綺麗に半分こしそうなメアリーのシーィ。喋らないでと身振りをするメアリーが、ハッキリと見える。ロウソクってすごいな、ちゃんと見えるんだと感動もする。


 メアリーの隣に、小さな女の子。身長から推測すると十歳前後じゃないかな。そしてさっき広場にいた食べ物屋のお嬢ちゃん、アンではないのは断定できる。


 まず……。身体が華奢だ。アンは家業を手伝っているお利口さんなのか、腕は細くない。腕だけじゃなく身体つきも、目の前の子より背丈は低かったけどしっかりしていた。


 でも、メアリーの隣の子はどうだろう。マントかコートを羽織っている分、着痩せ着太りを考慮しても細い。タックルしたら手折れてしまいそうなんだ。


 髪の毛だって……。銀髪かな。件のアンを筆頭に、目撃した町人は茶髪系が多数派だった。だから、メアリーの金髪が余計際立って綺麗に映えていたんだ。


 すごいな、俺。

 町の広場でフルボッコ寸前でも、今現在の血ドバッも生命の危機に瀕していながら、女の子の美の採点をしているんだからな。


 ってか、もしかしたらこれが人生最後のお楽しみかもね。

 一度冷静に我が身の置き場を鑑みると、そりゃもう絶望の品評会、フリーマーケット状態だ。でも、慌てるにしても遅すぎるし、稀人の特典云々が生存の希望になっている。


 さあ、なるようになれ──。


 洋次の覚悟した瞬間、カチンって音がして、ロウソクの灯りの僅かなブレが止まる。燭台を設置した音かな。


「これより!」


 メアリーのソプラノヴォイスが反響した。それくらい洋次も最大限指示に従って雑音は控えていたし、室内は静寂の間でもあった。


「成人の儀式を執り行います!」

 あ、流暢な文言だから、これはオルキア語だ。儀式だそうだから異世界ニホン語は出番じゃないんだな。


「サラージュの領主、先代伯爵、ブラム閣下の御令嬢。ワルキュラ・カミーラ。宣誓を!」


 へぇ。領主はいないって町人のあれ、ウソじゃないか。

 いや違うな。『領主・先代伯爵の』……令嬢は娘さん、つまり、メアリーの隣に立っている女の子が伯爵様の子供なんだ。そうか、カミーラちゃんて名前か、どうやら彼女がお嬢様らしい。洋次を稀人として歓迎する予定の。


 でも改めて見つめるとこのお嬢様も美少女だな、メアリーとは別タイプだけど。

 儀式が始まったばかりで沸騰する邪気オーラを伝播してしまったのか。


「厳粛に宣誓を! 儀式の生贄は静粛に!」


 ぉぃ。俺、間違いなく生贄か。じゃあ、血ドバッで死ぬんじゃないだろうな。


 ウロウロキョロキョロ。目線を泳がせても脱出口は発見に至らない。じゃあどうすればいいいんだと狼狽する性少年の鼓膜に魅惑的過ぎる囁きが通過する。



 はらり。

 ひらり。


 こ、こ、これはマンガやアニメ、そしてラノベでも当然、純文学だって脱衣の効果音、擬音だ。

 この効果音を使用して、実は腹リー(なんだ、そりゃ)とかヒラリーお婆ちゃんご登場とかダマシてはいけないって南極条約でも厳命されていたくらいの世界普遍的なお約束事なんだ。


 と、すると。


 洋次は、一度外していた視線をゆっくりと元に戻す。つまり、音源が条約を堅持していたならば、カミーラも、そ、そしてメアリーも。


「あの、はずかし」


 俯いているカミーラちゃんの白い身体を隠す物体は、確かに床に落ちている。

 だから、どうしてこの部屋にはロウソクしか輝きがないんだろう。更に、洋次はスマホが奪われている。この、神々しい美少女の勇姿を、ロウソクだけの薄暗い室内で、テストで適当な点数しか取れていない脳みそにインプットする記憶法しかないなんて。


 過酷だ。


 人生二度ないような幸運が、プチ幸運で終わってしまう悔しさ、それが偽らざる洋次の感情だった。って、この性少年エロエロガキ


「お嬢様。宜しいですか。これより儀式を開始します!」


 コクン。数センチ動いたカミーラの頭。で、腰骨に届く超々ロングヘアーは波打ったけど、肝心の美しいラインや起伏は、そのロン毛で手堅く護衛ガードしている。なんと技巧派なんだ。


「ようじ」

 ん? これはニホン語かな。

 顎くいっならぬ身体がツイストか捻れるくらい強引にメアリーが洋次の肩を回した。だとすると……。


「あたまかたむけろ」

 あ、ズルい。メアリーはヒソヒソ話スタイルで頭と頭をソフト衝突。この大胆行動は、メアリーの顔アップ以外の拝観が不可能になっていた。


「頭? 傾ける?」

「そ。くびすじだせ」


 お手本なのか、チラ見の回避。ともかく身体を隠そうとしているのか、頭同士を密着したまま自分の首筋をとんとんと叩いて示した。


 血ドバッ。首筋を出す。それが儀式。伯爵。そして白いモノ。


 段々、儀式のなんたるかがおぼろげに掴みかけたタイミングで、洋次はカミーラが迫ってくる気配を察知した。と同時に、視界には白い二本の牙が迫る。


 そうだ。吸血鬼だ。



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