108 午前は、これで潰れました
洋次がカミーラから茄子の利用と栽培増産の許可をもらった翌日。
治療室兼住宅の尖塔の根元に置かれたテーブルで会議中なチーム『モンスターの歯医者さん』。
「それで、歯型はどうするんですか?」
鍛冶屋の師匠ランスの弟子。そして息子でもあるコダチ。二十歳の剣士のような体格の好青年で、ミキサーの開発の専任者だ。
「そうだよ。なんか暇過ぎちゃってさ」
細工師のホーロー。身長や横幅はランスに負けないけど、一部偏った脂肪分をムダにご披露している。年齢は不詳で、一応女性である。
「ホーローには、大事な作業を頼んでいるじゃない」
「それ済んだ」
「「え、それは助かるな。一歩前進すればまた欲張りたくなってね、歯型を採る印象材はゴムをねぇ。ゴムが自作できたら、乗り換えるんだけど、当面はサーペントの鱗由来だなぁ」
純粋な虫歯ならば、ドリルで削る。そしてセメントで補填が現在の最新治療法。セメントだけだと舌触りは旨くないから、歯冠が欲しいのだけど、適切な素材がない。
「鱗を煮て、ぶよぶよした塊を噛ませるのかい、なんだかおっかないねぇ」
「でもね、ホーロー」
お互いにさん付けなのど敬称を省略する約束済みです。女性に呼び捨ては抵抗感もあるけどね。
「私も小さな塊を口の中に、ほら」
これこそ大口を開いて鱗から抽出した樹脂性の塊をみせる。
「へぇ、灰色の小石じゃないんだ」
「もう二時間ばかり入れっ放しさ。歯型を採るのは精々一分だから、毒性はないと宣言できるよ」
プチ自慢を語る洋次にコダチが割り込む。
「宜しいですか、ホーローが怖がっているのはモンスターの口の中に手を突っ込むことです。だろ?」
コダチの指摘が正しい証拠にホーローは噛まれていないのに手首をぶるぶると動かして肩をすくめている。
「そうさ。あたしは昔、飼い犬にガブリ」
「おっと」
ホーローの噛み付きタックを避ける。
「あ、そんな経験があったんだ。モンスターの歯のギロチン対策はまたの課題として」
「ぎろちん?」
ギロチンは地球人の名前ですから、ホーローやコダチの喩えとしてはバツ(×)。
「次のステップとしてイグを皮切りに色々な家畜モンスターの歯型を採りたいんだ。この鱗由来でね」
ぺっと舌先で転がしていた樹脂を自分の掌に吐き出す。
指でゆっくりと潰れて、またゆっくり復元する。
「で、イグみたいなオオトカゲと馬や牛じゃあ歯型のサイズも肉厚も違うけど、歯型の雛形が欲しかったんだ」
ダジャレに非ず、念のため。
さらに蛇足をつけると、顎骨の湾曲部を歯列弓と呼ぶ、そうです。
「そうですか」
「仕上がりは任せてよ」
頷きながら、お互いの拳骨を重ねる。このボディランゲージはチキュウと同じだった。
「お前、大半はレームさんが削ったりしたんだろ?」
「だけど仕上げは私だもーーん。こら、女性になんて口を聞くんだい、この子はは」
「だからさぁ」
「いい加減に、その小芝居やめない?」
まさか本気で殴り合わないだろうけど、胸ぐらを掴み合っていたコダチとホーロー。
咳払いしながら襟を正すコダチ。
「金型は、我が家の仕事ですね、腕が鳴ります」
「そうと決まれば、実験と洒落こもうよ、稀人さん」
「……ま、いいか」
横柄な口の利き方に、洋次の背中をバンと叩く粗野なホーローをコダチは注意する。
「ホーロー。少しは女らしくしろよ」
「いいじゃない。あたしと洋次の仲なんだし」
「お前なぁ」
「んなら、コダチ。あんただって年上になんて言い草だよ」
あれ、ホーローが年上だったっけ。
「おーーい、そろそろ動こうよ」
「だからさ、あんたはいつも偉そうに大人ぶって」
「もう二十歳だから大人です」
「やれやれ、子供の喧嘩だよ」
午前は、これで潰れました。




