106 洋次と一緒に〝お花を摘んで頂戴〟
サラージュの城外。
「やれやれ台風一過だ」
ハリス家の馬車は後部もデコられていて豪華だ。
「洋次、〝た・い・ふ・う・〟とはなんですか?」
「私の国で季節ごとに訪れる気象現象です。大雨と凄まじい強風に見舞われます」
「まぁタイヘン」
作法通り口元に白い扇を運ぶカミーラ。
「でも、秋口の貴重な水源になります。タイヘンですけど来なければ困る」
「令嬢。それではそろそろ」
ペネとコンラッドの見送りのため城外まで御足労願っていたカミーラを心配するメアリー。
「そうですね」
「本日は何から何まで感謝します」
「まぁ。そうですか」
洋次がカミーラに感謝をする。その一言が欲しかったカミーラがうふふと笑う。
「さあ、夜露はお身体の大敵ですから」
「そうですね。でも今日は食卓にお花を飾りたい気分です。メアリー、一輪お願い。そしたら部屋に自分で帰ります」
NOで切り返しにくい交換条件を突きつけるお姫様。上目でメアリーに、そうじゃないと帰りませんよと訴えている。
「そうそう、洋次と一緒に〝お花を摘んで頂戴〟」
「花摘み」
日本の登山では恥ずかしい隠語になるので、ためらった。
「へぇ。城内にお花畑があるなんて知らなかった」
「ご案内した記憶は御座いませんから」
回廊の表現しかありえないサラージュ城内を移動中です。細身の石柱が数えたくないくらい並んでるから、日暮れより先に灯りが必要になりそうだ。
「よい機会ですから説明致します」
「はい」
日本式だと能面状態のメアリー。同じお面でも「オカメ」のお面、頬も口元もデレデレな洋次。
本業じゃない仕事でも、メアリーに従って歩けるなんてお釣り来るよな。
「サラージュ城は並立した左右の出丸と本丸を取り囲む城壁の城です」
「でま、本丸? そうか、メアリーは稀人と何人も会っているんだったね。すらすらと日本の城郭を語るから驚いたよ」
「そうですか。洋次はお城は熟知されていないのですか?」
スタスタスタ。会話のラリーは頻繁だけど、素っ気はない。喋り方もフラットだし。
「私が住んでいた場所にはサラージュ城の規模はなかったなぁ」
「それでは、どうやって外敵や侵入者、不心得者から姫をお守りするのですか、かがくとは、それほど万能なんですか」
スタスタスタ。あ、これ信用していないな。
「日本は平和なんですよ」
「左様ですか」
デレていた自分が恥ずかしくなる。だってさ、メアリーがあちこちと……反省していない稀人だ。
「こちらの箱庭です」
「お! 温室、が、が、あ」
異世界に転移か未来にタイムスリップしたと思っていたら某有名灯台を発見した衝撃。
「ガラスの温室じゃないか」
「そうですね」
「ガラスって高価なんだよね、メアリー」
半歩後退する美少女が、しっかりと特定部位の脂肪分が揺れたのもスルーした。
「ガラス温室だよ」
「落ち着いて下さいまし。先程もその通りご返答しました」
「すごいぞ、スンごい!」
「拳を握るのは攻撃的なのでお控え下さい」
メアリーのドン引きも察知してない。
「ワルキュラは賤しくも伯爵家。窮状に喘いでいても貴族としての嗜みや家格に相応しい調度品を備えており」
ふらふらと回廊から外れて温室に接近している洋次。
「聞いてます、洋次」
「大中、それに特大サイズ。はははは、そうじゃなきゃな、異世界ったらチートだよ」
「洋次、いい加減にして下さいまし」
可愛いゲンコツを振り上げ胸も振動させながらメアリーが迫る。このエルフ、洋次が防音効果が期待できる温室で云々とは考えないらしい。
「それに、これ、この鉢植え?」
「これ、ですか? この鉢の花で令嬢の食卓を彩る。洋次、私は貴方を諌めているのですよ。おわかりですか?」
「この花?」
宝の花を一輪摘む。
「その予定すけど、洋次。手が震えてます」
「そりゃ手ぇくらい震えるさ。メアリー、そしてカミーラ姫にワルキュラのご先祖様ありがとう」
大の字、または全身バンザイをする。
「洋次、どうしました」
「温室があれば、少しは素材が集められる。自作も。そして、今日の今日、この花だよぉぉぉ!」
「淡い紫色なので稀人勇者のガリュ様も令嬢もお気にりでしたけど」
「花は、正直どーーでもいいんだ。少しもったいないけど。この花、この植物、なんだと思う?」
「あ、いけません」
洋次は一輪だけ摘んだ花をメアリーの金髪に指す。お仕事中はメイドカチューシャじゃなくて被り物を着用しているので、メガネの足みたいに耳に載せる感じだ。
「あの、これは?」
「ほんの気持ち、お礼だよ。許可を頂けるならカミーラ」
「なりませぬ。未婚の女子に花を挿すなどは、例え稀人でも軽々しくなさらないで下さい」
緊急速報です。メイドのメアリーさんから震度ニの揺れを感知しました。




