10 ヨ・ク・ニ・ホ・ン・ゴ・ワ・カ・ラ・ナ・イ・
「では続けます。これは貴方には間接的に関係があります。稀人はその場所、土地の領主、責任者が認めると中央から公務員が派遣され、本当の稀人かを確認します」
「そりゃ厳しい」
でも、当然だろう。大量のインチキ稀人に免税特典を乱発されたら地域経済が崩壊する。いや、稀人そのものが脅威になるはずだ。
「稀人と認定されますと、そのまま公務員はその場所、土地に赴任します。言葉や風習を教えるため、です」
監視と上手にオルキア王国に取り込むための作業でもありそうだと脳内ツッコミ。
「公務員が常駐するのは、我がサラージュのような田舎町にはとても有難いのです」
相槌感覚でへぇと答えた洋次に、そりゃもうメアリーはゼロ距離ってくらい肉薄した。
「ち、ち、ち」
さあなんて発言する。近い、か。それとも揺れているメアリーの……。
「お願いです、板橋洋次。ここ、サラージュの稀人になってください。お嬢様も、きっとお喜びです、歓迎します」
洋次の性少年らしい答が発せられる前に衝撃の新設定登場。しかも、だ。お・じ・ょ・う・さ・ま・が・か・ん・げ・い・だ・と……。
はい、お嬢様頂きました。
抜群のボディラインを誇る美少女メアリーだけじゃない。お嬢様だと。
正直洋次には未知の領域が開かれてしまった。身体を何重にも拘束している綱の存在も忘れて舞い上がりそうな気分だけど。
「稀人が居住していると領主には給付金があるんです」
現実の稀人の歓迎は、当たり前に現実的な理由があるようだ。
結局ぐるぐる巻きのまま帰還した。お嬢様がいるらしい場所に。大理石だかなんとか石かは存じ上げません。でも、堅牢な石造り。印象だと打ちっぱなしコンクリートみたいで、外壁の上が凸凹している。
そうだ、あれは胸壁とか矢狭間ってヤツ。とすると、一度洋次が逃げ出して再び連行されたゴールは、紛れもないお城だったのだ。
お城ってのは、観光用とか城跡で現代のイメージでは修まらない。居住区とそれを補助する施設。また防衛用もあるし、行政庁舎の機能もある。
「おーーーい。メアリーーー。どこまで行くんだい?」
「すぐすむ」
城内のかなり奥深く。お城から近くの真っ黒な建物に連行された。その場所は室内も真っ暗。最初に閉じ込められていた丸太小屋に比べれば機密性は飛躍的に精巧になり、要は全て黒。前後左右東西南北も見失っていた。
「ふくぬぐ」
大胆な発言だ。これで真っ暗拘束されていなければ御馳走食べ放題の号令……いや、稀人の特典にはハーレムはなかったから、自重・禁欲・痩せ我慢、と。
「いや、その」
はらり。刃物で綱を切断した感触はなかった。どんなトリックなんだ、洋次のイケナイ動きを封じていた厄介な存在は床に落ちた。
「ふくぬぐ。じぶんで」
服を脱ぐように命じられた。自力で、洋次のセルフで。
「えーっと脱ぎました」
早っ。だってポンチョにした布端を解けばソッコーで全裸になれるってものだ。
「ぬいだ? つぎ」
その言葉を待っていました。そんなタイミングで全身が冷える。
「うわっ。なんだこれ」
「みず。へいきしなない」
そこじゃない。どうして全裸になったら、冷水を浴びせられなければならないのか。そして、その目的は?
「じゃあ洗う」
二の腕に乾いた感覚がある。前後のセリフからメアリーが洋次にタオルを手渡したんだろう。
「メアリー暗いから洗ってくれない?」
「ヨ・ク・ニ・ホ・ン・ゴ・ワ・カ・ラ・ナ・イ・」
この可愛い策士め。と〝オルキア語〟で言い返したい衝動を飲み込んでタオル地で身体を摩擦する。時折、冷たい水が浴びせられる。
「じゃあ、まつ。いい!」
と暗闇の中メアリーの声。
「んがっ」
暗闇で見えないはずの鼻先を軽くプッシュする細い棒。普通に考えればメアリーの指先で鼻をつつかれたらしい。
「これから、しゃべらない。してね、約束」
…………。
あ、これ以上補足説明なしですか。
「すぐすむ」
それ、さっきも聞いてます。
口答えするタイミングもなく、ぴたぴた音。素足で石の床を歩いている音が、こんな大人しい音質だった。
「ねぇメアリー」
軽いエコーがした。この建物の内部、かなり密閉された硬い石室に案内されたようだ。本日二度目の全裸だからかな。身震いが止まらないほどの冷気でつい身体を丸くしていた。




