決意の証
「シュウキ。ごめんなさい……謝ります」
神は唐突に、俺に頭を下げてきた。何に対しての謝罪なのかは、これもまた分からない。俺は眉を寄せ、その様子を見守った。
「私は、私の価値観であなたの運命を計ろうとしてしまいました。私は、お兄さんとあなたに争っては欲しくありません。それは、今でも変わらない考えです」
「だから、俺は出て行くと……」
「あなたに大切なものは、きっと……安らげる場所」
「……」
「此処の居心地は……まだ、知るには時間がかかると思います。でも、此処に、賭けてみては如何でしょうか」
「ママ!」
セリナがとても歓喜にわいた声をあげた。神は、優しく微笑んでいる。
此処、AZは良いひとが集まっていると思う。でも、これ以上此処に居て、迷惑をかけたりでもしたら……そう思うと、怖くてとても、本音を切り出せない。ぐっと拳に力を込めて、目を閉じる。この神の瞳を見ているのが、辛くなったんだ。
「……此処を、あなたの家だと思ってください」
「……俺は」
「破滅の戦士でも、何でも、良いんです。あなたは、あなたでしょう? シュウキ」
「……っ」
思わず目を見開いた。まただ……目頭が熱くなり、涙が滲む。
どうして、どうしてこんなにも優しいのだろう、此処の神は。どうしてこんなにも、ひとを救ってくれるのだろう。
「入隊する、しないはあなたに任せます。ただ、ここの部屋をあなたの部屋として使ってください。客人としてでも、御もてなしさせていただきます」
にこりと微笑む神のその表情は、とてもやわらかく、慈愛に満ち溢れていた。
「腹、括ってみろ」
扉が開くと同時、そう言いながらオウガが入ってきた。今までの話を、聞いていたのだろうか。ここのセキュリティシステムを知らない俺には、室内の会話がどこまで伝わっているのか、知る由もない。
「そうだよ。破滅の戦士でも、何でもいいんじゃない?」
続いて、ユウガも中へと入ってきた。アイルG1メンバーがこの部屋に集結した。それを見て俺は、複雑そうな表情を浮かべながら、目を細めた。
(此処に居たい)
こころは決まった。それなのに、その言葉が出てこない。破滅の力は、俺をここまで臆病者にしてしまっていた。
「ほら」
「……?」
オウガが俺の方に歩み寄り、俺の手を取った。そして、掴んだ俺の手にAZの紋章だと思われるペンダントがついた、ネックレスを置いた。
「これは……?」
「此処、AZの住人である証だ」
「それから、これ」
続いてユウガが手のひらに、水色のイヤリングと身分証を渡してきた。イヤリングは、此処に居るものが皆、しているものと同じであった。身分証には、「アイルG1」という文字が打ち込まれている。
「その力を貸してほしい。お前の兄貴を倒す為じゃなく、此処、AZを守り抜く為に……」
「……オウガ」
「キミの力はホンモノだから。助けて欲しいんだ」
「ユウガ」
「私たち、友達でしょ? これから、一緒に頑張ろう!」
「セリナ……」
「シュウキ……私たちの意向はお伝えしました。あとは、あなた次第です」
「……アクア様」
皆の表情はほころんでいる。誰も警戒などしていない。俺の過去を知っても、俺が呪われていると知っても、恐れることなどなく、むしろ歓迎してくれている。その事実が俺をどれだけ救ってくれているのかなんて、それこそ計り知れない。
俺は、此処に居たい。
グッと、力を込めて彼らから渡されたものを握ると、ネックレスを首からかけ、片耳用のイヤリングを右耳に装着した。身分証はポケットにしまう。
これが、俺の答えだ。
「ここで、働かせてください。もう、逃げたくないんだ……何からも、自分からも」
「よろしくな」
オウガと握手を交わす。そして順に、ユウガ、セリナとも握手を交わした。その様子を神は、ほがらかな笑みで見守っていた。
「セリナ。後は任せます。私は水の間に戻ります」
「はーい!」
「水の間? さっきの場所のことか?」
「そうだよ。あそこがママの部屋だもん!」
あんなところにひとりで居て、危なくはないのだろうかと不安になったが、これまで大丈夫だったんだ。きっと、問題ないと言い聞かせた。
「よっし。ユウガ、買出し行くぞ」
「うん、そうだね」
「買出し?」
俺はふたりの言葉に首を傾げた。データが盗られたというのに、そんな悠長なことをしていてよいのだろうか。もっと早く、復旧作業に勤しむべきではないかと思うんだ。俺は眉を寄せてふたりを見た。それにふたりは気づいたらしい。
「なんて顔してんだよ、シュウキ」
「今日の主役なんだから。楽しみにしていてね?」
「主役?」
「そうだよ!」
セリナが俺の腕を掴んで、にっこりと微笑んできた。嬉しそうにきらきらと青い瞳を光らせて、まるで先ほどの襲撃など、無かったかのようなそぶりだ。
「ふたりとも、準備よろしく! 私はシュウキと此処に居る!」
「あぁ、分かってる。じゃ、また夜に」
「うん!」
「夜に何があるんだ?」
オウガたち三人は同時に、にやっと笑みを見せて、口を揃えて言った。
「「「内緒」」」
俺は、黙り込むしかなかった。