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戦士と女神

 冷たい。ひんやりとしたものが、頭の上に置かれている。身体が熱を持っているのか、それがとても気持ちよく感じた。目は閉じている。今、自分がどういう状況にあるのかは、分からない。

「気がつきましたか?」

「……っ!」

俺は、優しく囁かれたその声を聞いて、目をハッと開けると飛び起きた。すると、急に起き上がった反動で、眩暈がした。いや、ずっとろくな食べ物を口にしていないことも要因にあるのかもしれない。

「今は、横になっていてください」

「……」

「あなたに必要なものは、たくさんあります。ただ、今最優先にすべきことは、心身を休ませてあげることだと、私は思います」

淡い、水色の瞳が微笑んでいる。人間離れしているこの美しい容姿に、安心感を与えてくれる包容力。神に相応しい女性だと、心から思った。


 だからこそ、俺はここに居てはいけない。


「シュウキ……答えを急いではいけません」

「アクア様……」

俺の実の兄貴が、迷惑を掛けているというのに……どんな面下げて、ここに居られるんだ。無理だ。俺は、頭痛を覚えて頭を抑えた。慣れている、精神的なものだ。

「俺は、どれだけ眠っていたんだ……敵は? その、盗まれたデータは……」

「大丈夫です。心配要りません」

「でも」

嘘のない瞳だった。何も、不安になることなどないと、これからも、ここに居てもいいのだと、錯覚してしまうほどの笑みを浮かべている。どうしてこの女神は、こんなにも穏やかで居られるのだろう。守護の神とは、一体いつから存在していたのだろう。

 俺はずっと、北半球を旅していたようだけど、AZのこともZRのことも、知らなかった。何も知らず、自分だけが戦っているのだと……「破滅の戦士」としての宿命を背負い、独りで生きているのだと思っていたけれども、この神は?


 この神も、ある意味「孤独」を背負って生きてきたのではないだろうか。


 俺は何故か、この神の瞳を見ていてふと……そう思った。


「アクア様……」

「なんでしょう?」

オブラートに包んだ、優しい声色。高すぎず、低すぎない、心地よい声色がこころを刺激する。

「俺は、どうしたらいいのか……分からないんだ」

正直な想いだ。俺はAZの者たちと共に、兄貴を倒しにZRに行くことは出来ないし……だからと言って、ここに残って兄貴と戦う道を選ぶことも出来ない。どっちにも付けないのだ。役立たずとは、こういうことを言う。今更、兄貴の肩を持つつもりも、擁護するつもりもないのだが、俺はまだ動けない。


 AZに恩は多少あり、ZRには全く恩は無い。


 だが、ZRを倒すべく責任ならば……俺にも、ある。


 そう思うと、少しずつだが道は見えはじめてきた。


「赦してあげなさい」

「え……っ?」

神は、微笑みながら俺の顔を見て、もう一度同じ言葉を紡いだ。

「赦してあげなさい。お兄さんのことを」

色素の薄い水色の髪に、同じくその瞳を優しく輝かせながら、女神は言った。俺の考えなんて、全てお見通しなんだ。神は、俺のことを責めようともしないし、敵であるはずの兄貴……ZRのことすら、責めようとはしなかった。

「兄貴や、その仲間のせいで……大事なデータを取られたんだ」

「そうですね」

「……だったら、俺が取り返す。責任は取る」

神は、黙ったまま首を横に振った。そして、俺の手をそっと取り、握った。その手はひんやりと冷たく、華奢で、色白だった。透き通るような白さだ。

「あなたは、何も悪くありません。そして……彼らも」

「彼ら……兄貴たちのことか?」

「はい」

「どうしてだ。ZRは北半球だけで満足せず、こちらにも攻め入ってくるんだろう? 侵略を赦すというのか?」

「それを赦すことは出来ません。私には此処、AZ領域に生きる者たちを守る責務がありますから」

「それなら!」

神は尚も、首を横に振る。どこまでも、戦いを好まないひとなんだと、たったこの数時間だけでも伝わってくる。


 このひとを、巻き込んではいけない。


 この神は、「ホンモノ」だ。


「俺は、ここを出る」

「そして、ZRに奇襲をかけるのですか?」

やはり、すべてはお見通しのようだ。神の前で嘘は吐けない。

「おやめなさい」

「兄貴は俺が止める。止めてみせる」

「兄弟で争うなどという悲しいことを、してはいけません」

「それでは、此処が滅びる!」

思わず俺は声を荒げた。正直、北側の人間である俺が、南の人間を案じるなんてお門違いなことなのかもしれない。それでも俺には、責任がある。北側の人間として。悪さを働いている、行方不明だった双子の片割れとして……止めなければならない。

「あなたは北の人間。それなのに、私たちを守ろうとしてくださる。その優しさにはこころより、感謝いたします」

「そんな、礼を言われることは……」

「あなたは、戦士になるには優しすぎますね」

俺は、それが何を意味しているのか理解できなかった。「破滅の戦士」のことを言っているのかと、時間が経ってからは思ったが、そうではなかった。

「AZの、G1に入隊していただこうと思っていました」

「えっ……?」

試験結果を出したということだ。神は、俺をトップクラスが相応しいと思ってくれたらしい。だが俺は、もう此処には……いや、どこにも身を寄せたくないと思っていた。


 これ以上、誰かを巻き込むのはゴメンだ。


 ただ、神は「思っていた」と過去形で話している。今はその意向ではないということが窺える。神は今、何を思っているのだろうか。

 ここは、セリナに用意されたAZでの俺の部屋だ。寮のある棟ではなく、クリスタルの中にあるということは、今回のように誰かが攻め入ってきたときに、直ぐに対応できるよう、上位クラスの人間の部屋を用意しているのだろう。

「過去形なんだな」

俺は思ったことを率直に伝えることにした。この神は、信じていい。

「あなたを巻き込みたくはないのです」

(それは俺も同じだ……)

内心で呟く。だがそれは、神にはお見通しであることも承知している。それでも、俺は「神」ではないから、自分の思いを自制することは出来ない。気持ちのコントロールは昔から苦手だ。

「ママ!」

そのときだ。セリナが勢いよくこの部屋に飛び込んできた。何事かと思い、俺は思わず身構えた。まさか、もう次なる災いが起きたとでもいうのだろうか。もしもそうだとしたら、耐えられない。

「あ、シュウキ起きたの? もう大丈夫?」

「……」

俺はなんとなくだが、俯いた。顔を合わせづらい。兄貴のせいで、此処を危険な目に遭わせているんだ。俺に責任がない訳でもない。グレーの瞳がより陰る。

「セリナ。シュウキを家に送ってあげなさい」

「えっ?」

「……」

俺は黙り込んだ。俺には帰る家などもう、無い。北にも、南にも……地球にも。何処にもないんだ。

『シュウキ。ZRを破壊してしまおうか』

ナツキだ。俺は、左手が熱を帯びているのを感じた。ナツキの力が蠢いている。確かに、此処から見たらZRは「悪」であり「敵」だ。でも、だからといって「破壊」してもいいとは限らない。北の人間にとっては、ZRこそが全てなのかもしれないし、そこは俺が判断していいものではない。

「シュウキをAZから追い出すの!? ママ!」

「此処に居ては、シュウキはお兄さんと争うことになってしまう」

「セイキね!? セイキを何とかすればいいだけじゃない!」

「セリナ……」

神は重い溜息を吐いた。それにセリナも勘付いたようだ。

「ご、ごめん! シュウキ……シュウキの、お兄さんだもんね。そんな、簡単な問題じゃないもんね……」

「……別に」

兄貴はもう、俺を「弟」とは思っていない。それが分かったから……俺も、別に今更、兄貴のことをどうこう思う筋合いはないと思っていた。正直な気持ちだ。

「俺は此処を、出て行きたいだけだ。アクア様は関係ない」

「なんで!? みんなのこと、嫌い!?」

「……違う」

俺は今も尚、蠢き熱を帯びている左手の黒々とした刻印をセリナに見えるように、袖をまくって掲げた。それを見たとき、セリナは一瞬驚いた顔をして見せたが、すぐにキリっとした顔つきになった。神はこれを見ても、まったく表情は変えない。

「それが何。破滅の戦士の刻印……知ってるよ。シュウキのことなら、何でも!」

「何でも? それなら尚のこと。この刻印は災いをもたらす」

「デマカセだよ!」

「現に、此処はZRに攻め込まれた」

「そんなのは偶々なの!」

どこまでも前向きな少女なんだろうかと、俺は溜息を漏らした。セリナは、俺の左腕を掴もうと手を伸ばしてきたので、咄嗟に左足を後退させ、左手を庇った。

「触るな」

「怖がらないでよ。大丈夫、大丈夫だから!」

「何が……何が大丈夫なんだ!」

とうとう俺は声を荒げた。


 ずっと探していた兄貴は、もう居ない。


 今いる兄貴は、「敵」だ。



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