敵は双子
レッドシグナル!
「……!?」
突然、機械音が流れた。そして、白い廊下全体に赤い光が灯る。何かがあったことは、一目瞭然だ。ただ、何が起きたのかは分からない。慌しく、制服姿のものたちが自分の目の前を過ぎ去っていく。向かっているところは、それぞれ違うようだ。戸惑う俺の前に、顔色を変えた、セリナがやって来た。
「会えてよかった! シュウキ。試験場に行っても、ユウガの姿も無かったから探していたの!」
「セリナ……これは?」
「大丈夫だから。この部屋の中に一緒に居よ?」
するとセリナは、俺の手を掴んで扉に手をかざした。自動扉がウィン……と、開く。
「どうして急に……ここのところ、落ち着いていたのに!」
「……何があったんだ?」
「でも、大丈夫だから。オウガもみんな、強いから」
「……」
何が起きたのかは分からなかったが、やっぱり、よくないことが起きていることは確かだった。俺は自分の左腕を強く掴んだ。憎らしい、左腕……この力。
「く……っ」
「シュウキ! どうしたの!?」
胸に痛みを感じた。さらには左腕が蠢く。何か不吉なものを覚えた。止まらない滲み汗。左腕を掴む手にも力がより一層、込められていく。
「嫌な予感しかしない」
「具合、悪い?」
「……ちょっとだけ」
動悸がする。何だろう、こんなにも嫌な予感がするのは、久しぶりだ。
『あの時、以来だね』
「……」
心の奥底から、声が響く。俺は知っている、この声の主を……。
『僕が宿ったとき、以来だ』
そう、俺の中に眠る破滅の戦士……名は、「ナツキ」。多重人格とか、そういうものじゃない。破滅の戦士の血を宿されたとき、その血の持ち主だったという「ナツキ」が俺の心の中に宿ったのだ。その証が左腕に浮き上がった刻印。
『僕を出しなよ、シュウキ。やっつけてあげるから』
(冗談じゃない)
『シュウキは本当に、優しいね』
「……」
ナツキは、こうして時折俺に語りかけてくる。ナツキを出したら、どんなことになるのか……それは、分からない。ナツキは無理に俺を押し込めようとはして来なかったからだ。だかこそ、俺は破滅の戦士となった今でも、誰も傷つけずにこれまで来たんだ。でも、不吉なことを招くことはあるのかもしれないと、好んで誰かと接することは無かった。
「シュウキ?」
「あ、あぁ……何でもない」
ナツキは大人しくなった。また、奥深くからこちらを観察しているんだろう。今は自分とナツキのことより、ここ、AZに起きていることを解決しなくてはいけない。
「教えて欲しい。何が起きているんだ」
「……それは」
セリナは顔色を曇らせた。そんなに言いにくいことなのだろうか。だが、もうこうしてここで隠れていても、事は収まらないと分かった俺は、部屋を出て行こうとした。
「待って! 外は危険なの!」
「危険って?」
「そ、それは……だから、あの」
「もういい。行く」
「シュウキ!」
セリナが腕を掴もうとするのが分かったから、俺はそれを振り払って部屋の外に出た。まだ、赤い照明が点滅している。そして、機械音だ。
(どっちに行けばいい……)
こういうときの勘は、冴える方だ。それは、破滅の力とは関係ない。昔からのこと。俺は水の間へと向かって走り出した。その後を送れて、セリナも慌てて走ってくるのが足音で分かった。
「アクア様、駄目です! 第一ゲート突破されました!」
「第二ゲートも突破間近……いや、突破された」
水の間には、オウガとユウガ。そして、水の神「アクア」の姿があった。神だけは、ドレス姿で制服姿などには着替えては居ない。ただ、先ほどの柔らかな表情とは違い、どこか緊迫した顔をしているのは目に見えて分かった。
「何に突破されているんだ?」
「シュウキ!?」
ユウガが驚いた顔をして俺の顔を見た。セリナのことは、戦士といえども所詮は女の脚だ。男の脚で全力疾走してきた為、途中で振り切ってしまった。セリナはまだ、この部屋に姿を現しては居ない。
「お前はセリナの奴と、自室に居ろ。ここは危険だ」
オウガは扉を示して俺に引き返すよう指示する。しかし、俺はそんなことをするつもりはない。
「ここが危険だと思ったから来たんだ。俺にも、出来ることをさせて欲しい」
「一般人のお前に、出来ることは無い」
「……俺は、ただの一般人じゃない」
内心で、破滅の戦士だから……と、付け加えた。
「シュウキ! お願い、部屋に戻って!」
遅れて水の間に入ってきたのは、金髪の少女セリナだった。女の足にしては、速かった。先ほど「所詮」と思ってしまった自分を思わず恥じる。
「もう、直ぐそこまで来ている!」
ユウガがモニター画面を操作していたそのときだった。爆音が響く。
「そこまで、じゃなくて……ここに居るよ?」
「!?」
クリスタルで出来ている塔の上に、ひとつの影があった。漆黒の髪は腰あたりまで伸び、前髪はさらさらと整えられ、目にややかかるかどうかぐらいの長さ。瞳の色も黒く、服装は黒いマントを身にまとっている。年は、やはり二十歳までいっていない、少年という感じだ。ここからの目測だと、俺より背丈は低そうだ。
「久しぶりだね、アクアさま」
「……カヅキ」
「ライアV1が直接来るなんてな!」
オウガがクリスタルに向かって飛び掛った。すると、「カヅキ」と呼ばれたその少年……或いは少女にも見えるその者は、にっこりと笑みを浮かべてローブを、オウガに被さるように脱ぎ捨て、身軽に飛び退いた。そして床に着地すると、辺りを見渡し、そして俺の顔も見た。
「あれ? もう来ていたの?」
「……?」
何のことだか、勿論俺には分からないし、最初は俺に向かって言っているとも、認識していなかった。
「どういうことだ」
「まさか、キミ……ZRの兵士だったの?」
「ZR……?」
そうか。北半球と南半球は敵対していると聞いたが、彼らがZRの兵士なんだ。こうして攻められることは、よくあることなのだろうか。だが、確かこの者は「久しぶり」と言った……ということは、ここまで攻め入ることは、少なくとも最近は無かったということだ。やはり、俺が招いたことなのだろうかと、胸を痛めた。
「違う! シュウキは組織の人間なんかじゃないよ!」
セリナだ。必死に仲間たちに訴えかける。
(駄目だ。俺だけが話についていけていない)
とりあえず、このカヅキは何かを誤解しているようだ。そして、その誤解で俺はZRの差し金だとオウガとユウガには思われはじめていると見えた。
「じゃあ、どういうことだ。セリナ。お前、誰を連れてきたんだ!」
「だから、シュウキだって言ってるじゃない!」
「あのさぁ。内輪もめ、してる場合じゃないと思うよ?」
マントを脱いだカヅキの服装は、タートルネックのノースリーブ。黒い上下だった。胸元には、紋章が刺繍されている。当然のことながら、AZのものとは違っている。
「アクアさま。そろそろ決着つけようよ」
「この世界を……私たちの世界を、渡す訳にはいきません」
水の神は恐れることなく、そう告げた。凛としたその姿は、「女神」そのものだった。
「そう? じゃあ……仕方ないね。その命、もらうよ?」
可愛らしい顔をしたその者は、優しい口調で恐ろしいことを発する。殺すというのか……そんなこと、させられない。
「もうじき、ミズキもサトキも来るから。もう、セイキは居るしね」
そう言って、俺の方を見るカヅキ。
なんだって……?
セイキは……居る?
「おい、セイキって……」
俺は、カヅキの方に歩み寄ろうとした。しかし、それは再び爆音で阻まれた。激しい爆音と共に、黒々とした煙で辺り一面が一瞬にして見えなくなった。
「く……っ、アクア様を護るんだ!」
オウガの声が響く。そうだ。今はこんなところで、動揺している場合じゃない。このカヅキというものを、何とかするのが先だ。聞きたいことなら、落ち着いてから聞けば良い。俺は煙を吸わないように体勢を低くすると、僅かに見える影を捉えながら、そちらに向かって駆け出した。その影、数は三つ。
「……!」
相手との距離を一気に縮めると、右手を握り、その拳を振り上げ、力一杯に殴りかかった。しかし煙に巻かれるかのように、あっさりと交わされてしまう……が、それもまた読んでいたこと。俺は相手が左に交わすと同時にそちらに向かって蹴りを入れた。それが相手を捉える。手応えがあった。
「くっ……!」
「サトキ!」
俺は体勢を崩しているその「サトキ」という少年の右手を握り締めると、後ろ手にねじ伏せ、足蹴りすれば床に押し倒した。そして、右手で取り押さえたまま、左手に意識を集中させると、気孔術で出来た光の弾が生まれる。
「この者の命が惜しいなら、ここを立ち去れ」
ここまでして、ようやく視界が晴れてきた。煙が引いたのだ。その状況を見て驚いているのは、ZRの者たちだけではなく、AZの者たちもであった。驚いている理由は、どうやら各々違うらしい。
「セイキ……何やってるんだよ!」
「シュウキ、すごい!」
短髪のZRの少年と、セリナがほぼ同時に声を上げた。さっきから、セイキだのシュウキだの……。
「俺は……」
「シュウキ、だよね」
コツ、コツ……と、足音が響いた。背後からだ。まだ仲間が居たのかと、俺は一瞬視線を声の主に向けてサトキから外した……そのときだった。
「……!?」
背後から声がしたはずなのに、気づけば目の前までその少年は移動していた。そして、光の弾を作り出している俺の左腕を強く掴んだ。
「な……っ!?」
フードを被っているが、声からして少年。その少年は、フードを深く被ったまま、後を続けた。
「知らない内に、こんな刻印なんて付けちゃって。でも、強くなったね……」
俺は、この声を知っていた。
「シュウキ」
俺と、同じ声……そして、同じ顔。
「セイキ……」
俺の「双子」の兄貴。
名は、セイキ……。