入隊試験
「セリナ。試験とか、そういうものもあるんだろう? ここに入るには」
「うん、まぁね? でも、そんなもの受けなくても……」
セリナはそう言うが、それでは他のメンバーに示しがつかないだろう。俺は正式にここで働こうと思ったから。変えられるものなら、変えたい。自分の在り方を……自分の、運命を。
「ここに敵は居ない。そう、神は言った。だったら、その神を信じてみたいんだ」
「その言葉、ママに聞かせてあげたいなぁ」
「コーヒー、美味しかった。ありがとな」
「ゴミ箱はそこね。一週間でまとめて回収されるから、中に捨てといて? 自動分別されるから、ポイっとしちゃえば大丈夫」
「分かった」
本当に、科学の進んでいる世界だとしみじみ思った。
ロングTシャツにジャケットを羽織っていた俺は、ジャケットを脱ぐと靴紐を結びなおした。
「それで、どんなテストを受けたらいい?」
「筆記と実技だよ。一週間後とかでも、一ヵ月後とかでも、全然問題ないよ?」
地球と違い、この世界では十五で大学まで卒業出来るし、酒も飲める。俺は一般常識なども、他の人よりは劣っているかもしれないが、医学知識など、父と母から学んだ独自の教養なら自信はあった。
実技というのは、おそらくは格闘だろう。俺たち種族は、武器を使わない。その代わりなのか、生まれ以ってして、皆、気孔術が扱えた。不思議な才能だ。その気孔術の強さは、個々の才による。俺がどこまで持っているのかは、分からない。気で争ったことがないからだ。
「今から出来るか?」
「えっ? 勉強とか準備とか、しなくていいの?」
「構わない」
自信家な訳ではないが、一週間や一ヶ月期間をもらったところで、何も変わらないと思う。だったら、俺は早く次に進みたいと思ったんだ。
「シュウキが言うなら……じゃあ、ママとオウガたちに相談してくるね!」
そして、セリナは自動扉を開け、この部屋を去っていった。俺は缶コーヒーのゴミを捨てると、静かに目を閉じてから、ふと瞳を開け、首から掛けていて服の中に隠してあるロケットペンダントを取り出した。中には、写真が入れてある。
「……行方不明、か」
俺にも、思い当たる人が居た。
※
「……キ」
「……」
「セイキってば」
「あぁ、サトキ。何か言った?」
「セイキの後ろをこうも簡単に取れるなんて、思わなかった」
「あはは、たまにはね」
「何、ぼーっとしてたの?」
「ん? ちょっとね」
「ちょっと?」
「そう。ちょっと……」
※
案内された部屋は、白壁の広い講義室のような場所だった。
「準備が要らないなんて、舐めてないか?」
オウガはまた、不機嫌そうにそう言った。別に、舐めているつもりもないのだが、そう捉えられても仕方がないと思い、俺は俯いた。組織に入るには、どれくらいの修行や勉強が必要なのかなんて、分からない。ただ、そう簡単に試験を受けたり出来るものではないとは思っている。セリナが言うには、オウガが一番上のクラス、アイルG1のリーダーとのことだ。俺みたいな得体の知れない人間が突然現れ、しかも入隊試験を受けるなんてことになったものだから、心穏やかではないのだろう。
「オウガ。そう決め付けてちゃ、彼に悪いよ」
ユウガだ。穏やかな表情で、俺を見ている。彼がG1の副リーダーだそうだ。そして、セリナ。今は、この三人でG1を護っているらしい。俺が仮にこの試験に受かったら、その点によって相応しいチームに組まれるらしい。勿論、落第もあり得る。
「それじゃあ、筆記からな。セリナはこの男に甘いらしいから、見張りはユウガが行う」
「問題ない」
俺は短く答えると、用意されていた椅子に腰を下ろした。すると、机の上に分厚いページ数のある問題用紙が置かれた。勿論、裏返しになっているため、見た目は真っ白だ。裏返せば、問題が書かれているのだろう。
「基本は記述。中には選択問題もあるけれども、なかなか難しいよ。制限時間は一時間ね。準備はいい?」
「シュウキ、頑張ってね!」
セリナはオウガと共に先にこの部屋を後にした。ユウガが試験監督として、ここに残るのだろう。事前に持ち込み類などのカンニングが無いかどうかは、確認されている。
「それじゃあ、はじめ」
俺は静かに問題用紙をめくった。この破滅の人生を送るようになってから以降、こんなテストを受ける機会がくるなんて思いもしていなかったから、俺は心のどこかで、笑みを浮かべていた。
問題を解く、考える。その行為が楽しい。鉛筆を持つ感覚が懐かしい。時計がチクタク、チクタクと時を刻んでいく。俺は、鉛筆を止めることなく、記述問題を解き続けていた。
問題の中身としては、基本的には政治経済やこの星の歴史。気孔術の公式などについてだ。この公式に基づいて、後から実技が行われるのだろう。
「……」
ユウガの視線を感じながらも、俺は自分のペースで進めた。その結果、三十分足らずでテスト用紙を全て黒く埋め尽くし、鉛筆を机に置き、手を膝の上に置いた。
「まだ、半分も時間あるけど、見直しとかいいの?」
「構わない」
「それじゃあ、回収するよ」
ユウガはぎっしりと文字で埋め尽くされたそれを手に取ると、俺の方に視線を送った。
「どこで勉強してきたの? 大学はどこ?」
「勉強は家で。それから、俺は中卒だ」
「え?」
ユウガは驚いた顔をして見せた。そして、俺の解答を幾つか見ながら蓋を閉じた。
「それじゃあ、これはアクア様にお渡しするよ。この部屋はちょっと寒いし、自室で待っていてくれる?」
「結果は今日出るのか?」
「うん。アクア様がこれを見て、どの組が相応しそうかを選んで、実技での対戦相手を選別するんだ」
「……分かった」
どこまでのランクがあるのかは分からないが、別にどこだってよかった為、俺はまた短く答えると、席を立った。そして、この場を去り先ほどまで居た、現在の俺の部屋のというところへ向かおうとした。
「やるね、キミ」
「?」
「……さて、僕は行くよ」
ユウガはふわっとした笑みを浮かべてから、俺とは逆の方向……水の間へ向かって行った。俺も何か違和感を覚えながらも、自室に向かった。
その途中、セリナやオウガ、ユウガたちと同じ黒を基調とした服装の少年少女とすれ違う。みんな、俺を見ても笑顔で「新人さん?」と、声を掛けていくだけで、怯えたりなどしない。心地よいような、どこかで不安を感じるような……とにかく、落ち着かない自分が居た。テストの出来栄えはもはやどうでもよかった。俺のこの不安感は、自分がこの平和を壊しやしないだろうかというものから来ていることは、言うまでも無い。
「居場所……か」
自室だと用意された扉の前で、足を止めると俺は俯いた。
「ここに……居てもいいんだろうか」
自分に害はない。
悪いのは、俺を呪った者たち。
俺は誰も傷つけない。
そう思って、街を放浪しながら訴え続けてきたけれども、いざこうして、再び安定した居場所を与えられようとすると、それを壊してしまうのではないかという恐怖が襲い掛かり、自信喪失させていった。
勿論、自ら誰かを傷つけるつもりなんてまるでない。だけど……だけど、万が一何かが起きてしまったら。こんなにも平和な場所を壊してしまったら、それは俺のせいだと思わざるを得ないじゃないかと、怖くなるんだ。俺は、やはり断ろうと水の間へと踵を返した……ところだった。
レッドシグナル!