少年シュウキ
いつの日か、戻れるのだろうか。
あの頃に……。
笑いあった、あの頃に……。
人間とは残酷だ。自分の中で「敵」という存在を作らなければ、「正義」というものを見出せない。それは、「世界」でも同じことが言える。誰かが「敵」であり、自分は「正義」を掲げ、貫こうとする。しかしそこには、矛盾が生じる。「敵」とされる側にも、「正義」はあるのだ。
「正義」とは、一体何なのだろうか。
「敵」とは、誰のことなのだろうか。
この世界には、誰もが恐れる存在がある。闇に包まれた、不幸を招くとされる混沌とした存在。その戦士とは、生まれつき「闇」の力が備わっている場合がある……又は、呪いにより力を授かるというなど、諸説ある存在。
ただ、確かなことは……俺はその、疫病神である「破滅の戦士」であるということ。
「居たぞ!」
「……」
川を見ながら土手に寝転がっているところを、街のひとに見つかったようだ。俺は、一箇所には留まらない。家は七つのときに、とっくに飛び出している、現在の年は十七。まだまだ少年とも呼べるほどだ。背丈もそこまで高くはない、中肉中背。
家を出たのは、俺が破滅の戦士だと分かったからだ。俺の実の親である父アンと母ライミは、理解ある有能な医者だったが、迷惑を掛けたくはなかった。息子がそんな厄介者になってしまったとなれば、今後の医者生活に支障が出てしまうと、幼心から思い、身ひとつで家を出たのだ。
そして、その選択は正しかったと俺は、心底思っている。
「この街から出て行け!」
「この、悪魔!」
こんな罵声、聞き慣れていた。七つのときに、災いが訪れたときから……これが俺の運命なのだと、受け入れていた。もうこの生活も十年になるのだから、当然といえば当然というものだ。
俺はこれまで誰かに、危害を与えたことなど一度もない。それなのに、俺はどこにも居場所が無いほどに、この星のいたる場所に名前がとどろかせられてしまっていた。
破滅の戦士が、何人居るのかなんて分からない。
いや、そもそも複数人いるのかさえ、定かではない。
ただ、俺は生まれもってのそれではないということは確かだった。
「災いをもたらす者など、消えてしまえばいい!」
石を住民から投げつけられる。それを甘んじて受けると、頭に傷を負った。
「……俺が、何をした」
「黙れ、この……悪魔めっ!」
「そうだ、悪魔の分際で!」
何を言っても無駄かと思えば立ち上がり、俺は再び歩き出した。どこにもあては無い。行くべき場所も、受け入れられる場所もない。ただひたすらに、こうして転々と場所を移動していた。
これは、死ぬための旅路なのかもしれない。
俺に「生きる道」など、もう存在しないのかもしれない。
父さんは、色々な星を渡り歩きながら医者をしていた。中でも気に入っている星の名は「地球」といって、ここからはとても離れた場所にあるらしい。実に美しいところだった。ここ、「レイガン星」からは、「月」という衛星が見えない。しかし、地球から見た夜空のそれは、とても綺麗なものだった。例えるなら、闇に咲く白い花だ。俺は、その白く輝く花がとても好きだった。この星で似ているものといえば、シルクカスガという、白い花だろうか。小さくて白く綺麗な花を咲かせるそれを、昔から俺は愛でていた。
出来ることなら、地球へ戻りたい。だけどもし、そこに行って何かが起きてしまったら……それは、俺が災いをもたらしたのだと、自分が「破滅を導く戦士」なのだと、認めてしまうことになるから、怖くて出来なかった。
俺のようなはぐれ者以外でも、高等な人間は宇宙空間をも「ワープ」してしまう科学技術を持っていた。この星の科学技術は、地球のものより遥かに進んでいた。いや、俺の知る限り、ここはどの星よりも科学技術が進んでいると認知している。俺が地球に渡ったと知れたら、喜んでそのまま放置されるか、或いは……俺を追って、抹殺しに来る「部隊」もあるかもしれない。
そんなことを思いながら、俺はふらふらと川沿いの道を歩いていた。とにかく、ここの街を出なければと、足を動かしていたのだ。だが、もう何日も食料も水も口にしていない。眩暈がしていた。
「どこか、行く場所あるの?」
「……」
背後から気配がしていたことには気づいていたが、後をつけられている感覚は無かった。そんな簡単に後ろを取られるなんて、感覚が相当鈍っていると自覚した。そもそも、好き好んで後をつけてくるような者が居るとも思えなかった為、油断していたのかもしれない。冷やかしさえ、今ではされないほど嫌われに嫌われ抜かれているんだ。
俺は相手にしないよう、足を止めることなく歩き続けた。すると、後ろから声をかけてきた「女」は、不意に俺の右腕を後ろから掴んだ。振り向いても居ないのに、女だと判断したのは、甲高い、女性特有の声をしていたからだ。声からして、まだ大人でもなさそうだ。
「……何の用だ」
振り返りはしない。ただ、低めのトーンでそう言った。威圧をかけているのだ。
「ねぇ、行く場所なんてあるの?」
「……」
俺は振り向いた。するとそこには、色白で華奢。金髪に青い瞳の少女が立っていた。年齢的には、俺と同じか少し下か……その程度の頃合だ。少女は、大きな円らな瞳を輝かせながら、俺の腕を握ったまま、微笑んでいた。
「離してくれ」
「ん~……イヤって言ったら?」
「……」
こんなケースは初めてのことだったので、俺は正直戸惑った。もともと、女というものが苦手な部類であったし、十年もまともに人と会話をして来なかった為、どう接していいのかさえ、分からなくなっていた。
「黒髪に、グレーの瞳。綺麗だね……シュウキ!」
「……知っているんだな、俺のことを」
シュウキ。紛れも無い、俺の名前だ。黒髪にグレーの瞳というだけでもこの星では目立つ存在なのだが、左手に刻まれた呪いの刻印で、人々は俺のことを「破滅の戦士」と選別してしまうのだ。基本的にその左腕は、見えないように常に長袖を着て、隠してはいる。
「うん、知ってるよ。シュウキ。シュウキは……忘れちゃったの?」
「……何をだ」
少女は、大きく落胆してみせた。溜息をつくと、俺の腕を解放し、今度はじっと俺の顔を見てきた。
「私は、セリナ!」
「……さぁ?」
「えっ……セリナだよ!?」
何度そう名乗られても、聞き覚えもなければ、その少女に見覚えもなかった。異性との接点は、これまで無かったはずだ。まるで分かっていない様子の俺を見て、少女、セリナは更に落ち込んでいる様子だ。黄色のワンピース姿で、どこにでもいるような、華奢な女の子。彼女は、ムッとした表情を見せてから、ムキになって俺の腕を再び掴んだ。
「何をするんだ。離してくれ。俺は……」
「俺は、何? 破滅の戦士だから……とでも、言いたいの?」
「……」
自慢出来ることではない。むしろ、恥じるべきことだ。俺は、どうしていいのか分からず、ただただ、顔を逸らして少女から逃げようとした。
「逃げるの!?」
「……」
凛とした、少女の声が響く。
「逃げてばかりじゃ、何も変わらないよ!」
(何が分かる)
俺は、悪態をつきたくなった。こんな、綺麗な服を着たどこにでも居そうな少女に、俺の苦労が分かるのだろうか。いや、分かるはずが無い。
「離せ」
「変えてあげる」
「……?」
少女は、俺の腕を掴んだまま、真っ直ぐな瞳をぶつけてきた。迷いのないその瞳に、どこか吸い込まれていきそうだ。
この少女は、俺が「悪魔」だと知っている。それなのに関わらず、臆することなく俺に近づいてきた。名前まで知っている。これまで出会って来た者たちとは違うことは、分かっていた。だが、そう簡単に「はい、分かりました」だなんて、言えるはずがない。
(変える?)
何を変えるというんだ。俺のこの悪夢を断ち切ってくれるとでもいうのか? この力を、抑えてでもくれるというのか。
そんな馬鹿げた夢物語、叶うものか。
「怖がらなくていいから。その左腕のことも、ちゃんと知っているから」
「……お前、何者なんだ」
「セリナ」
「それはさっき聞いた」
「ね、行くあて。ないんでしょ? 額は怪我してるし……私のところに、おいでよ」
俺は半眼で答えた。
「答えになっていない」
「細かいことは気にしないの! さ、行くよ!」
「えっ?」
少女は左耳にしていた水色のイヤリングに触れた。するとイヤリングは淡い光を発し、少女の身体と俺の身体にまとわりついた。
「チェック!」
「!?」
少女がそう告げると、次の瞬間。俺たちは知らない街から一転。どこかの庭へと転移していた。広大な芝生が広がっている。今は昼下がり。光が差し込み、芝はきらきらと黄緑色に輝いていた。
「……ここは?」
「私の居場所だよ」
「居場所?」
俺には、居場所なんて無かったから……率直に、羨ましいと思った。
この世界に存在するものはもう、俺にとっては「敵」だけだった。生きているものは、全て俺を恨む。俺は何もしていないのに、何ひとつとして悪いことはして来ていないのに、俺を見つけた途端に人々は血相を変えて、あるときには俺のことを平気で殺そうとさえする。
こんな世界に、生きている意味なんて……価値なんて、俺にはもはや無いと思っていた。それでも自ら命を絶つことなく生きてきたのは、臆しているからだ。
「死」は、怖い。
真っ暗な闇にも慣れている。
独りにも慣れている。
それでも俺は、死ぬことを恐れた。
だから俺は、人から逃げるように生きてきた。「俺は何もしていない」と、訴えながら、街を転々とし、この十年、独りで生きてきたんだ。