第二話、地獄(逃亡失敗して気付いたら気持ち悪いおっさんに酷い目にあわされました)
数時間逃げ続け、俺は気づけば闇に包まれた森の中……敵に囲まれていた。
「流石に……五歳の身体じゃあ無理あるか」
……足は痛いし、喉は渇くし、もう走れる気がしねえや。
ガサガサと音を立てながら俺の周りを敵が囲んでいく。
音を立てないことは出来るだろう……しかし、奴らはあえて音を出しているのだ。
自分たちが近づく音を俺に聞かせることにより、恐怖感を与えているのだ。
体力だけでなく忍耐力と精神力も擦り減らしてくる。
俺を消耗させ、消耗させ、消耗させ続けて、完全に疲れ切ったところで楽に捕まえようとしているのだろう。
奴隷を捕まえるプロかよ…………。
おっと、そんなことを考えている場合じゃねえか……。
この状況をなんとかしなければならない。
「……」
まずは状況を整理だ。
時間……夜。
環境……森。
視界はよくない。
足場も余りよくない。
周りには敵……恐らく、十人はいるだろう。(五歳を捕まえるってだけなのにご苦労なことだぜ)
所持品……なし。
仲間……零。
身体はボロボロで、もう一歩も歩ける気がしない……。
「……詰みだな」
俺は諦めの良い男だった。
……せいぜい大人しくして怪我を減らすように努力してね? 風船くんの言葉を思い出す。
はぁ……だな、怪我はしたくない。
「俺の負けです。煮るなり焼くなり奴隷にするなり、なんでもして下さい」
俺は両手を上げ、大声でそう言った。
その直後……視界が真っ暗になり、俺は意識を失った。
「起きろ」
……は!
氷水をかけられ、苦しさ余りに僕は目覚めた。
目の前には、醜悪で豚のような見た目をした小太りのおっさんがいる……ニヤけ顔で俺の顔を見ているようだ。
「どうやら目覚めたようだな、ナンバー46」
おっさんは俺をナンバー46と呼んだ……あぁ、そっか。
俺は奴隷になったのか。
奴隷に名前は必要ないということだろうか?
ナンバー46、これが今日からの……俺の名前。
「ん? んんゆんゆんんん? 返事はどうしたのですかぁっ?」
へ……?
「アガッ……っ!」
腹に急な痛みが……気づくと俺は殴られ、吹き飛ばされていた。
なにせ小さな身体だ、大人が本気で殴れば吹きとびもする。
それにしても……痛い。
腹の中のもの、全部ぶちまけてしまいそうだ。
「アガッ、じゃないでしょう……? 返事ですよ、返事っ!」
「な……グフッ!」
倒れているところを、脇腹を狙ってまるでサッカーボールでも蹴るかのように思い切り蹴られる。
「ああぁぁぁぁぁぁあっ!」
痛みでつい叫ぶ……これは、何本か折れたな。
クッソ! 抵抗してもしなくても、捕まれば結局こうなるんじゃねえかよ!
「うるさいですねぇ……静かにしなさい」
そういうと、おっさんはもともとのニヤけ顔から、さらにニヤニヤと、これから人生で最も楽しいことを経験するかのように楽しそうな表情で、ニヤニヤと、ニヤニヤと、ニヤニヤと、ニヤニヤと、ニヤニヤと……俺の恐怖心を煽るように笑い続ける。
その笑みは、純粋な赤子のようにも見えた。
ただし、純粋さなんて……怖いだけだ。
おっさんは指でピースを作った。
そして、二本の指の隙間を段々と閉じていく。
「なにをすると思いますかぁ? グフフ、へへへ……へ、へへ、へへへ」
指が差していたのは俺の目だった。つまり…………俺の目を……な!?!?
俺の目を……潰す気か?
あ、あ、あ、あ?あ、あ、あ、あ、っ!あ、あっ!あ?あ、嫌だ……!
あぁぁぁぁあっ!
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
ゆっくりと……ゆっくりと、指は僕の左目目掛けて近づいてくる。
ゆっくりと……ゆっくりと……ゆっくりと……やめてくれ!
やめてくれ! なんで、なんで、なんで俺がこんな目に!
あ、あ、ああああっ! あっ?あっ!
いやダァァァッ!
様々な感情が入り乱れ、交わり、狂い……俺の思考はおかしくなっていく。
まだ……指は近く。
この地獄のような時間は終わってくれないのか……こんなに苦しむならさっさとやってくれ!
「へ、へへへへ、へへへっ!」
おっさんは楽しそうに……俺の目の、目の前……ほんの少しでも動けば爪が目に刺さるくらいの距離にまで指を近づけ笑った。
……嫌だ、けどここまでくれば覚悟は決まった。
目をつくなら早くつけ!
地獄のような時間が続くよりはましだ!
「おや? なんというか……ぬふ、覚悟は決まった。という表情をしてますねぇ……では、最初からやりましょうかね」
え……?
最初から……?
俺が疑問に思っていると、おっさんは指をぐっと遠くに遠ざけた。
なんだ? 最初からってことはつまり……最初から?
「ぬふ」
おっさんは再び指をゆっくりと俺に近づけ始めた。
……あ、あ、あぁぁぁっぁぁっ、?ぁあぁっ!あぁぁぁああっ!
この地獄の時間を……また最初からだと?
悪魔だ……。
「悪魔……? 僕はそんなに甘くはありませんよ。この世で最も恐ろしい人間なのです」
俺の意識は……そして記憶はそこで途切れた。