第一話、逃亡(いきなり奴隷にされそうになったんで逃げますね)
世界最強……それは誰もが憧れる夢だ。
世界に、自分より強い者がいないなんてどれほどの優越感があるのだろうか?
それはきっと想像も出来ないくらいなのだろう。
自分の前に立ち塞がるものがないなんて開放感は最強になる他、絶対に味わえない感覚なのだろう。
いったい、世界最強の見ている風景は——世界はどのようなものなのだろう。
知りたい……。
かつて最弱と言われた俺は、知りたい。
最強が、果たしてどのようなものなのかを……。
「はぁぁぁぁあっ! 絶無白影!」
俺は目の前にいる男をその技で吹き飛ばした。
先ほどまで活力に溢れていた男の目はもう既に死んでいる……どうやらこの一撃で気絶したようだった。
この男は将来、剣聖間違いなしと言われた村一番の男だったのだが……所詮こんなものか。
俺の名前は不知火白斗……いや、今はカタカナ表記でビャクトと呼ばれているから、ビャクトでいいだろう。
さて、もちろんのことながら今はビャクトで昔は不知火白斗というのには意味があり、理由がある。
俺がまだビャクトで無かった時代……不知火白斗の時、俺は起きて飯を食べ寝てまた起きてを繰り返す怠惰な引きこもりだった。
俺は回想する……十五歳の頃である。
俺はある日、珍しく外に出た。
何を思ったのか分からないが、外に出ないといけないと思ったのだ。
そして俺はトラックに轢かれた。
もちろん死んだのだろう。
しかし、気づくと俺は五歳の少年になっており、今俺が住んでいる村の近くの山にいた。
最初は困惑した……けれど、トラックに轢かれて気づいたらよく分からない場所にいる、なんて状況……異世界転生だろうなぁ、とオタク気質であった俺はすぐに気づいた。
それにしても転生なら普通は赤ちゃんからだろうに、何故に五歳からなのだろうか?
そんな疑問を持ったりもしたが、まあそれよりも異世界転生したという状況に興奮した俺は、さっそく山を下り村に辿り着いた。
村に着くと、すぐに数名の子供達を発見した。
「えーっと……」
どうしよう、会話は通じるのだろうか?
異世界転生って大抵ボーナスでそれくらいは出来るようにしていてくれているのが基本だが……。
「君……誰?」
すると、子供達の中でもリーダー格っぽい男の子はそう言った。
ほっ……どうやら言葉は通じるらしい。
「俺は……不知火白斗。旅の者だ」
「シラヌイ=ビャクト? なんだか変わった名前してるな? その年で旅なんて……もしかしてどこかの騎士の子供なのか?」
「えーっと……いや、違う。俺はただの凡人だ。騎士とか、そんなのとは全く関係ない」
「ふーん……」
男の子は納得したように頷く。
騎士…………か。
どうやらファンタジー系の異世界に転生したって説が一番有効そうだな。
ファンタジー世界って異世界転生ものの基本みたいな世界観だし、なんとかなりそうだ。
いや、まあしかし転生したら既に五歳で、親もいなく、山の中って……ハードすぎるな。
親に幼い頃から鍛えて貰って無双……とか、
親の知り合いに鍛えて貰って無双……とか、
幼い頃から魔法の練習をして無双……とか
無双って、異世界転生だからこそ出来る男の夢なのに……その辺の可能性を消されてしまっている。
はぁ……まあ後、無双の可能性としてあるとしたら山にとんでもない魔獣とかがいて、そいつらから逃げ回ったりのサバイバル生活をしているうちに普通の人間じゃあとても辿り着けないくらいの身体能力になって無双とか、そんな可能性くらいしかないだろう。(引きこもりだった俺にそんな根性がある訳ないけれど……)
こんな山奥じゃあ、都市部で現代知識無双をするのも難しいしな……。
さてと……これからどうしようか?
とりあえずこの子たちに村を案内してもらうか?
上手くいけば、数日分の食事くらいはご馳走してくれるかもしれないしな。
衣食住……全てない俺にとってはその辺のことは重要視して考えていかないと。
「ねえ、君たち? 俺、泊まるところが無くて困ってるんだ……良かったら誰かの家に泊めてくれないかな?」
俺はそう男の子たちに話を切り出した。
すると、男の子たちは小さな円を作るようにして集まり、俺の方を見ながらヒソヒソと話し始めた……なんだろうか?
大人しくその話し合いが終わるのを待っていると、
「おい!」
急に勢いよく呼びかけられ、俺は驚く。
「こいつが泊めてやるってよ! 良かったな!」
リーダー格の男の子はそう言って小太りの男の子を指差す。
小太りの男の子……いや、いちいちこう言うのは面倒臭いな。
風船に似ているし、風船くんと呼ぼう。
風船くんは、オドオドしたようにして俺を見ている。
うーむ……見た感じどうやら風船くんはこのグループで一番弱いから、
それで面倒臭い役割を押し付けられたのだろうと推測出来る。
やれやれ、どこにでも格差ってものはあるものなんだな。
まあだがしかし、今はこの状況に甘えるべきだろう。
ここで……いくら弱いからって風船くんに面倒臭い役割を押し付けるなんて可哀想じゃないか、なんて偽善者みたいなこと言うほど俺は馬鹿じゃあない。
今は何があろうとどこかの家に泊めてもらうことが大切なのだ。
「あぁ……ありがとうな」
ということで、俺はリーダー格の男の子と、風船くんに笑顔でそう言った。
「それで……なあ、ビャクト! 俺らに旅の話……聞かせてくれよ! 俺らもう友達だろ?」
「……ん?」
リーダー格の男の子……リーダーくんと呼ぼう。
リーダーくんは、どうやら旅の話を聞きたくて俺に優しくしてくれたようだ。
まあこの世界観に生きていて、旅に憧れない訳もあるまい。
誰もが旅し……英雄や勇者になりたいものだろう。
さて、でも困った。
していない旅の話など出来る訳がない。
話など適当に創り上げても構わないが……旅の話となると地名やらも知っていなければ不自然だからな。
この世界に来てもうすぐ一時間……山を下って子供たちと話しただけだ。
そんなやつが地名など分かるものか。
どうすればいい……どうすればいい……あ!
そうだ、旅と言っても長旅をしてきたなどとは一言も言ってはいない。
それに所詮は五歳の少年の旅だ……少し山を越えたくらいでも、十分旅だと言えるのではないだろうか?
よし! 決まりだ……設定は、隣村から俺がさっき寝ていた山を越えて、この村にやってきた。
これで良いだろう。
「えーっと……恥ずかしいことなんだけれども、旅と言っても俺、隣村から来ただけなんだよ」
「隣村? カンヌキ村のことか?」
「うん、そう……そのカンヌキ村から、昨日の夜出発したんだ」
「…………? でもカンヌキ村は、二年前に消えたはずだけど?」
「……へ?」
消えたって……そんな。
選択肢を間違えたか……!
「さっきから思ってたけど、なんか怪しいなぁ……少し様子を見ようかと思ったけど、やっぱりやめだ。おい!」
「はい!」
リーダーくんの呼びかけに風船くんが返事したところで……俺は考える。
この状況をどうにかする方法を、考え尽くす。
くっ、ダメだ。思いつかない。
「ビャクト」
俺が頭を抱えていると、風船くんは冷たい声でそう言った。
「ごめん……もう少し様子を見てから君の処置は決めようと思っていたんだけど、リーダーの命令だ……君はお父さんに頼んで、都市部で奴隷として売ることにしたよ」
「へ……?」
「僕のお父さんは奴隷商人なんだ。いつもは君みたいな小さい子が一人で旅なんてしていたら、速攻で連れ去り奴隷市場に送るんだけど……今回はリーダーが君に興味がありそうだったからね。見逃そうと思ったわけ。ま、何があってもいいように? 村で最も強い僕のお父さんがいる僕の家に来てもらう予定だったんだけどね」
「……え、と……へ?」
「でも、残念……リーダーは君を完全に敵だと判断した。さっきも言ったけど、君は奴隷として売ることにしたよ」
「……な、な、な?」
嘘だろ……奴隷?
俺がなにをしたんだよ……嫌だ。
嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!
奴隷になんてなりたくない。
「だからビャクト」
ニッコリと風船くんは笑う。
「せいぜい大人しくして怪我を減らすように努力してね?」
「…………くっ!」
俺は逃げた。
狂気に満ちた笑顔から逃げた。
これが本当に子供の顔か?
恐ろしい……恐ろしすぎる。
「はぁはぁ……はぁはぁ……」
下ってきた山を登り大木にもたれかかりながら、俺は息を整える。
駄目だ……このままじゃあ殺される。
たたかわ……ないと。
戦わないと……いけない、けど……俺には無理だ。
今まで何もやってこなかった引きこもりが何を出来るんだ。
異世界転生したからって無双出来るなんて考えはあまかった。あますぎた。
どうやら、これは駄目なタイプの異世界転生なんだな……俺はそう悟る。
俺が見てきた異世界転生無双ものの裏では、こんな風に不幸に見舞われ散っていった残念な転生者もいたんだろう。
「でも……死にたくない」
俺は呟き、立ち上がる。
そして再び逃亡を開始した……。
無双まで……残り、十話。