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 その日から、ヴェンは毎日のようにベルのもとを訪れた。

 ヴェンの特殊能力──いや、どちらかというと、特殊な魔法と呼んだ方が近いだろうか。その力はヴェンの身体能力を上げ、尚且つ人の気配を素早く察知することができる、というものだ。

 この力は盗賊にとっては有り難いもので、特に人の気配を素早く察知できるというものはとても重宝できた。この力のお蔭で、狙った獲物を取り逃した事は今まで一度もない。

 その力をいかんなく発揮し、ヴェンは今日もベルの元へ通う。この力をずっと使うのはとても疲れるのであまりしたくはないのだが、それを差し置いてもヴェンはベルに会いに行く。

 どうしてなのかはヴェンにもわからない。ただ、あのお姫様を放って置けない、と心が叫ぶのだ。

 その心の赴くままに、ヴェンはマーレの忠告を無視して、ベルの元へ向かっている。


 コンコン、とベルの部屋の窓を叩くと、彼女が窓を開けてヴェンを部屋の中に招いてくれる。最初の方こそ曇りがちだった彼女の顔も、最近では笑みを浮かべることが多くなった。

 俯いて悩んでいる顔よりも、笑っている顔の方がいい。ベルの笑顔を見るためなら、なんでもしてやろうという気になる。

 彼女はヴェンの冒険談を聞かせてほしいと良く強請る。王宮の外へ滅多に出たことのない彼女にとって、外の世界の話はとても興味深いものなのだろう。ましてや、彼女とは一生縁のないであろう、盗賊の話だ。

 ヴェンは今まで盗んで来たものの話を少しだけ大袈裟にして彼女に伝える。そんなヴェンの話を彼女は楽しそうに、キラキラとした眼差しで聞くものだから、余計にヴェンは熱弁をふるった。


「もし出来るなら、私も外の世界を見てみたいわ」


 ベルは少し寂しそうに、だけど諦めた様子ではなく、夢物語を聞かせるかのような表情でよくそう言った。

 自由になりたいと。自由になって、外の世界を見て回りたい、と。

 ベルがそう言うたびに「俺が連れていってやるよ」とヴェンは言うのだが、彼女は困ったような笑みを浮かべて「気持ちだけ貰っておくわ」と言うのだ。

 ベルに取って自由になりたいという夢は、決して叶うことのない夢なのだろう。

 ベルが望みさえすれば、ベルを連れ攫ってあげるのに。だけど彼女はそれを望まない。まだやれることがあるから、とヴェンの申し出を断るのだ。


「ねぇ、ヴェン。驚かないで聞いて。私はもうすぐ断罪されるわ」

「……は? なんで? なにか悪い事でもして…もしかして俺のせいか?」

「違うわ。ヴェンは関係ないし、私は何も悪い事をしていない。だけど、断罪されるの。きっとしばらくは王宮内のどこかの部屋に軟禁されて、そのあと辺境の地へ送られることになると思うわ」

「意味わかんねぇ…」


 ヴェンが頭を抱えた。ベルの言っていることがいまいちよくわからないのだ。

 なぜ何も悪い事をしていないのにベルは断罪されなければならないのだろう。理不尽ではないか。


「私もよくわからないけれど、これは決定事項なの。私が王宮のどこかに軟禁されても、ヴェンはこれまでと同じように会いに来てくれる…?」

「そんなの、当たり前だろ! つーかなんで諦めてるんだよ!? 俺があんたを自由にしてやる。だから…!」

「ありがとう、ヴェン。私のために怒ってくれて」


 ヴェンが全部言い切る前にベルは微笑んで言った。

 まるですべて諦めているかのような微笑みに、ヴェンは腹が立った。

(なんでそんな顔するんだよ…! 俺が助けてやるって言ってんのに!!)


「でも、いいの。私のためにヴェンが危ない目に遭う必要はないわ。処刑されることはまずないでしょうし…私は平気」

「平気だって?」


 ヴェンは音も立てずにベルのすぐ近くまで移動し、彼女の細い肩を掴んだ。

 金色の大きな瞳が見開かれ、その瞳にヴェンの姿を映し出す。彼女の瞳に写るヴェンは、とても不機嫌そうな顔をしていた。


「平気だっつうなら、そんな顔すんなよ。あんた、自分がどんな顔しているかわかってんのか?」

「え…」

「痛いのを堪えるような顔だ。そんな顔してんのに、平気なわけねぇだろ!」


 思わず怒鳴ったヴェンにベルは体を強張らせた。

 ベルのその様子に、つい力を入れてしまった手の力を抜き、「わりぃ」と謝る。


「…私、そんな顔をしている?」

「してる。俺は嘘はつかねぇ」


 戸惑ったように自分の顔を手で触るベルに、ヴェンはため息を零しそうになった。

 このお姫様は自分の感情に鈍感すぎる。見ているこちらが腹が立つほどに。


「…今日は帰る」

「あの、ヴェン…」


 心寂しそうにヴェンを見つめるベルに、ヴェンはニカッと笑って見せた。


「心配すんなよ。また明日も来るから」


 ポンポンとベルの頭を軽く叩き、ヴェンは窓に足をかけてベルの部屋から飛び降りた。

 ベルの部屋は三階にあった。普通の人が飛び降りたなら大怪我を負うことは必須な高さだが、ヴェンにとっては怪我をするような高さではない。音も立てずに地面に降り立ち、窓から心配そうにヴェンを見つめるベルに軽く手を振ってヴェンは王宮内を駆ける。


 今のところ、人の気配は感じない。ちょうど今の時間帯はこの辺りは見回りをしていないようだ。

 それでも用心に用心を重ね、ヴェンは慎重に移動をする。

 そして不意に足を止め、少しだけ方向転換して歩き出す。ヴェンが向かった先にあるのは、ベルのお気に入りの温室だった。

 ヴェンは温室内にある人の気配を確認し、そっと温室内に侵入した。

 温室内にはヴェンよりも幾らか年下だと思われる少年が、植物の手入れを行っていた。


「よっ。すっかり馴染んでんなぁ、チビ助」

「…なんだ。ヴェンか。驚かさないでよ」


 明るい蜂蜜色の髪に、若葉のように瑞々しい緑色の少年──アステルは、驚かすなと言った割には驚いた様子など見せずに、いつもはにこにことしているのに、今はその大きな目を細め、ぶすっとした表情を浮かべてヴェンを見つめた。


「全然驚いてねぇじゃんか」

「当たり前でしょ。ヴェンが現れるたびに驚いていたら僕の心臓が持たないよ」

「なら言うなよまったく…。…ところでさ、お前いつまでここに居んだよ? もうお前の仕事(・・)は終わってんだろ。いい加減戻って来いって船長も言ってたぜ?」

「……船長には、そのうち帰るから心配しないでって言っといてよ。僕ここの仕事、結構気に入っているんだよね。だからもう少しいたいんだ」

「…ふーん?」


 アステルはヴェンから視線を逸らし、植物の手入れを再開する。

 そんなアステルの様子を少しの間、ヴェンはじっと見つめ、不意に口を開く。


「嘘だろ?」

「なにが」


 突然のヴェンの質問にもアステルは少しも戸惑った様子を見せずに、作業をしながら答えた。

 あらかじめヴェンの質問を予想していたかのように冷静なアステルに、ヴェンは自分の抱いていた疑惑が当たったのだと確信した。


「お前、ここの仕事が気に入っているから残りたいわけじゃねぇんだろ? なんでそんな嘘つくんだよ。本当のことを言えよ。船長には黙っていてやるから」

「……」


 アステルは作業を続けたまま黙り込んだ。

 そんなアステルにヴェンは揶揄うように「好きな子でも出来たのか?」と冗談交じりに言うと、アステルは手元を見ていた視線をヴェンに戻し、心底呆れた顔を向けた。


「なに言ってるの? ヴェンじゃないんだし、そんなことあるわけないでしょ」

「俺じゃないんだしってどういうことだよ!?」

「はあ? あのさ。僕も天翔団の一員なんだって、わかっているよね?」

「そんなの当たり前だろ? 馬鹿にすんなよ」

「毎日顔合わせている人の魔力の気配くらい、わかるよ。だから知ってる。ヴェンが毎日ここに通って来ていることも、姫様目当てで来ているってこともね」

「な…」


 そこまで筒抜けだったのか、とヴェンは目を見開いた。少し、耳が熱い。きっと耳が真っ赤になっているだろうと、頭の冷静な部分が分析した。


「別に俺はお姫様目当てで通っているわけじゃ…」

「それにしては、いつも楽しそうだけど?」

「み、見てたのか!?」

「遠目からね。ヴェンがヘマをしたらフォローしなきゃならないでしょ」


 フフン、とアステルが小馬鹿にしたように笑う。

 そんなアステルの様子にイラッとしながらも、ベルと会うのを楽しみに思っていた部分もあったので、否定する声は自然と小さくなる。


「…楽しみっていうわけじゃねぇけど…」

「はいはい。そういうことにしておいてあげるね」

「てめぇ…」


 ギロリと睨むヴェンの視線に堪えた様子もなく、アステルは無邪気に「ヴェンを揶揄うの楽しいなぁ」と笑う。

 アステルはヴェンよりも5つほど年が下だったはずだ。そんな年下に揶揄われて遊ばれるのは年長者として如何なものか、とヴェンが眉間に皺を寄せた時、アステルが急に真面目な顔をした。


「……僕、姫様に結構お世話になっているんだよね。姫様ってさ、近寄りがたいほど綺麗なのに優しくて、話してみるとすごく気さくで。入ったばかりの僕のことを気遣ってくれてさ。…その姫様に不穏な噂があるって聞いて、もう少し様子を探りたいんだ」

「不穏な噂…?」


 ヴェンは先ほどとは違う意味で眉間の皺を深くした。

 不穏な噂、という言葉に先ほどの諦めたようなベルの表情が浮かぶ。

 

 ―――私はもうすぐ断罪されるわ。


 不穏な噂とベルが言っていた断罪は、何か関係があるのだろうか。

 あるのだとしたら。

(放って置けねぇ…。あんな顔のお姫様を、放って置けるわけがない)

 ヴェンはキリッと表情を引き締め、真面目な顔つきでアステルを見つめた。そんなヴェンの表情の変化にアステルが戸惑っているようだが、気にはならなかった。

 アステルよりもベルの事だ。

 ベルのために出来ることがあるのなら、それでベルが笑ってくれるのなら、なんだってやってやる。ヴェンはそう決意を固めて、アステルに言った。


「その話、俺にも詳しく聞かせてくれ」



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