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 ヴェンはマーレと向かい合っていた。

 天翔団の居城である飛空艇セレーネ号の船長室に置かれた机の上には、先日潜入したばかりの王宮の見取り図が広げられている。


「『月の雫』は、王宮の宝物庫にはなかったと…間違いないんだな、ヴェン?」

「ああ、間違いない。きちんと確認したし、俺の目は誤魔化せないからな。偽物はあったけど」

「そうか…ならば『月の雫』は王宮に住まう誰かの持ち物なのかもしれないな」

「そーいや、おっさんは? そろそろ帰って来るんじゃねぇの?」

「そのはずだが…まあ、あいつの事だ。大方、どこかで油でも売っているんだろう。なに、心配は要らないさ」

「いや心配はしてねぇけど…そのおっさんの情報は確かなのか?」

「それは間違いない。『月の雫』は確実に王宮内にある」


 きっぱりと言い切るマーレに、ヴェンは疑わしい視線を向けてはいるが、その情報が嘘だとは思っていなかった。マーレが間違いないと言えば間違いないのだ。マーレが確信した情報にハズレがあったことは、今まで一度もない。

 それでも疑わしい視線を向けるのは、日頃ヴェンのことを『猿』呼びするマーレへの腹いせである。それ以外の他意はない。


「ふーん…ということは、問題は誰が持っているか、っていうことだな」

「その通り。あまり長い間、同じ場所に止まるわけにはいかないし、出来るだけ早くかたを付けたいが…」


 長い期間に渡って同じ場所に止まり続ければ、その分だけ見つかるリスクが高まる。そしてなによりこのセレーネ号は特殊な造りをしており、ずっと一か所に止まることには向かないのだ。

 眉間に皺を寄せて見取り図を睨むマーレは「『月の雫』は確実に手に入れたかったが…」と悩ましげに呟いた。


「お姫様が持ち主だったら、譲ってくれたかもな?」

「…そうだったらこちらとしては助かるな」

「じゃあ、ちょっとお姫様のとこ行ってくる」

「は?」


 マーレが目を見開き呆気に取られたような表情でヴェンを見た。滅多に見れないマーレのその表情にヴェンは優越感を感じ、にやっと笑みを浮かべた。

 そしてそのまま船長室を出ようとするヴェンをマーレは慌てて引き止めた。


「待て! まだ王宮の警備は厳重だ。いくらおまえといえど、あの警備を掻い潜るのは…」


 言葉の途中でハッと何かに気付いた顔をしてマーレは素早くヴェンに近づきその耳を掴んだ。


「痛い! 痛いって!」

「おまえ…ベルナルデッタ姫にピアスを渡したのか」


 信じられないという表情を浮かべ、マーレはヴェンを見つめた。

 呆然としているマーレの不意をついてヴェンはマーレから離れ、ニヤッと笑ってみせた。



「その通りだけど?」

「…だがそれはおまえの…」

「あのお姫様が気に入ったんだ。理由なんてそんなもんで十分だろ? あぁ、お姫様が呼んでる。じゃ、俺は行くから」


 ついでにチビの様子も見てくるな、と言い残して窓に向かって歩き出す。

 「ヴェン!」と叫ぶマーレの声を背後に聞きながら、ヴェンは近くにあった窓を開け、そこからその身を投げ出した。

 ここは地上から離れた上空だ。そんなところから飛び降りたら、普通に考えて死ぬ。

 しかしヴェンは恐怖など微塵も感じず、それどころか笑みすら浮かべて空中を落下していった。







************






 ベルは先ほどのアイリたちとのやり取りを思い返してため息をついた。

(ここまでゲーム通りね…そして私は近いうちに断罪されて、そして…)

 ベルはぎゅっと拳を握り締めた。

 このままではベルは幽閉コースまっしぐらだ。

 恐らく、一週間後に開かれる夜会でベルは断罪されて、幽閉されるのだろう。

 幽閉されると言っても、すぐに辺境の地へ送られるわけではない。何日間かは王宮の一室に軟禁され、そしてベルの罰がきっちりと決まってから送られるのだ。

 まだしばらくは王宮にいることが出来る。だけど、断罪されたらベルはそのまま幽閉されるのは間違いない。


(結局、私は幽閉される運命なの? 自由を与えられず、このままずっと塔の中で過ごすの…?)

 そんなのはいやだ、と強く思う。だけど、現状ではそうなるのは確実で。

 ベルがどんなにやっていないと無実を主張しても、王女の言葉よりも聖女の言葉の方が重要視されてしまう。ベルの事を信じてくれる人の方が少ないのが現状なのだ。

(こんなことなら、前世の記憶なんか思い出さなければ良かった…前世の記憶を思い出さ

なければ、こんな八方ふさがりな思いをせずに済んだのに)

 そんな弱気なことを考えてしまい、ベルは苦笑した。

 思い出さなければ良かったなんてことがあるはずがない。


 少し気を紛らわせようと思い、部屋の中をぐるりと見渡した時、机の上に置いてある小さな箱が目に入った。

 その小さな箱を手に取り、中を開けると入っているのは片方だけのピアスだった。

 シンプルなデザインで、小ぶりなオレンジ色の石が一つ付いてるだけのもの。


『何か困ったことがあればこれに向かって俺の名前を呼べよ』


 そう言って不敵な笑みを浮かべた彼の姿が思い浮かぶ。

 助けてやる、などと彼は言っていたが、彼は今、上空にいるはずなのだ。こんなところから名前を呼んだくらいで、助けを求める声が届くはずがない。

 それでも、とベルは思う。

 大胆不敵な彼に会いたい、と思った。彼と話をすれば、この八方ふさがりのようなこの状況から抜け出せるヒントが貰えるかもしれない。

 彼とベルでは考え方が違う、価値観が違う。そんな人物と話をするのは、悪い事ではないような気がした。例え彼が卑しい盗賊という身であっても。


「ヴェン…?」


 小さな声で、彼の名を呼ぶ。

 少し待っても何も起こらない。当たり前だ。彼は今、空の上にいるのだから。名前を呼んだくらいで都合よくベルの前に現れるわけがない。

 ほんの少しだけ彼に会えるかもと期待をしていただけに、ベルは少しだけ落胆する。だけど、彼の名を呼んだだけで元気付けられたような気がした。

 もう少し抗ってみよう。そう思った時、締め切られたはずの室内にふわりと風が舞った。


「呼んだか? お姫様」


 ハッとして窓の方を見ると、白いカーテンが風になびき、そして窓の枠に足を掛けて不敵に笑う少年がいた。

 濃い紫色の髪が月の光を浴びて輝いて見える。そして、濃い緑色であるはずの瞳は、な

ぜか赤みの強い紫色へと変わっていた。


「……ヴェン?」

「それ以外の誰に見えるんだ?」


 彼──ヴェンは不敵に笑い、音も立てずにベルのすぐ近くまで来た。

 ベルよりも十センチくらい背の高い彼は、ベルを見下ろして呆れた目をしたあと、また

元の不敵な笑みを浮かべて言った。


「約束しただろ、何か困った事があったら助けてやるって」

「……本当に来てくれるとは思わなかったわ」

「心外だな。これでも俺は約束は守る男だぜ?」


 大袈裟に肩を竦ませて見せる彼に、ベルはふふ、と笑みを溢した。

 彼に会えて嬉しい、と素直に思ったところで、はた、とベルは気付く。

 慌ててベルはヴェンに小声で問いかける。


「ねぇ、あなた。ここにいたら、まずいのではない?」

「まぁな。お城の騎士様に見つかったら即座にコレかもな」


 そう言って彼は親指を自分に向けて、首を切るジェスチャーをした。

 その仕草にベルは顔を青ざめた。


「なら早くどこかへ隠れないと!」

「まぁまぁ。落ち着けよ、お姫様」


 落ち着いていられるか、とベルは彼を睨む。

 彼は肩を竦め、「大丈夫だって」となぜか自信満々に言い切った。


「なんで大丈夫なのよ」

「俺は天下の天翔団の一員だぜ? 騎士様に見つかるようなヘマはしないさ。それに、俺には特殊な力があるんだ。その力がある限り、滅多なことがない限り、見つかりはしない」

「滅多なことって?」

「んーそうだな。例えば、特殊な力と魔法は同時に扱えない。魔法を使っている時は特殊な力は使えないし、反対もまた然り。あとは、ただ単に俺が油断している時とか、な?」

「意外と不便なのね」

「そうでもないぜ?」


 フフンとヴェンは得意げに笑う。

 頼もしいのかそうでないのかよくわからないヴェンに、ベルは呆れた眼差しを送る。


「…ところであなた、どうやってここへ?」

「ピアスをあんたに預けただろ。このピアスは俺の家に代々伝わるモンでな、通信機みたいな使い方ができんだよ。だからあんたが俺の名を呼べば、それが俺に伝わって、あんたがどこにいるか、ピアスの相方を持っている俺にすぐわかるようになってんだ」

「すごく便利ね」

「…まあ、色々と限定されちまうからあまり便利じゃねぇな」


 ポリポリと頭を掻くヴェンにベルは首を傾げた。

 色々と限定される、とはどういうことなのだろう。そう問う前にヴェンは話を変えるように、「それで?」とベルを促した。


「それで、って?」

「何か困ったことがあるんだろ。話してみろよ、俺で出来ることなら力になってやるぜ?」

「ヴェン…」


 頼もしいヴェンの言葉に、ベルは心が揺れた。

 彼に話してもいいだろうか。ベルが悩んでいることを。

 悩みに悩んで、ベルは結論を出した。


「困ったことは、あるわ。だけどもう少し自分でなんとかしてみたいの。だから、本当に私がどうしようもなくなるまで、私とこうして話をしてくれないかしら…?」

「…それでいいのか?」


 心配そうにベルを見つめるヴェンに、ベルは胸がほかほかと温かくなるのを感じた。

 今、この王宮内でベルの事を気遣ってくれる人なんて、ジャンくらいなものだ。だけど、ジャン以外にもこうしてベルを気遣ってくれる人がいる。それだけでベルは勇気づけられた。


「それでいいわ。私のお願い、聞いてくれる…?」

「それがあんたの望みなら。叶えてやるよ、その願い」

「ありがとう、ヴェン」

「これくらい俺にとっては朝飯前だぜ。また明日の夜、俺の名を呼んでくれ。そしたらすぐにあんたの元へ駆けつける。ただし、本当に困ったらその時はきちんと言ってくれよ? あんたを攫うくらいならやってやるから」

「…ありがとう、すごく嬉しい」


 微笑んでお礼を言ったベルに、ヴェンは一瞬だけポカンとした表情を浮かべたあと、慌てたようにベルから視線を逸らした。

 そんなヴェンの様子に首を傾げながら、ベルはひとつ楽しみが出来た、と思った。

 ヴェンがいつまでこの国にいるのかは知らない。けれど彼がこの国にいるまでは、ベルの話し相手になってくれるだろう。

 ベルが幽閉されるの先か、彼がこの国を出るのが先か。どちらが先になるのかはわからないけれど、恐らくはベルが幽閉される方が先だろう。

 幽閉された先でも彼はこうしてベルの話相手になってくれるだろうか。なってくれたら嬉しい、と思った。



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