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ご都合主義という明記をあらすじに加え、タグも追加しました。

 ジャンはちゃっかりと、ベルの部屋抜け出しの件を報告していた。

 そのお蔭でベルは謹慎一週間という処分を言い渡された。謹慎以外にも、父と母と侍女頭のお説教も頂いた。自業自得とはいえ、精神的にぐったりとした。

 ベルはあの日の翌日から、言いつけ通りに部屋で暇をもて余しつつ、大人しく過ごした。


 考えようによっては部屋に籠っていることによって、アイリたちに関わらずに済むのだから良かったのかもしれない、とも思った。彼女たちに関わらなければ、これ以上関係が悪くなることもない。

 ただ、いつも謹慎を言い渡されると様子を見に来てくれるラウルが、一回も顔を見せなかったことはショックだったが。


(お兄様は…もういい加減に諦めなくては。前のようにはいられない…)

 アンリに堕ちた時点でわかっていたことだが、自分への戒めとしてもう一度、確認するように心の中で呟く。そして胸がちくりと痛むのを感じた。



 謹慎が解けて数日は平和な日々が続いた。

 その間にマーレに言われた『私たちの仲間にならないか』という誘いについての答えを探す。しかし、一向に答えは見えてこない。

 マーレの誘いは、とても魅力的に感じた。だけど、ベルは“王女”だ。王女であるベルがその身分を捨て、彼らと共に…というのは王家の名に泥を塗るような行為だ。

 ベルは父も母も、そして兄も大好きだ。そんな家族を裏切るような行為に踏み切ることは、できない。だけど今のこの生活に息苦しさを感じているのも事実で。

(私、どうしたらいいのだろう…この答えは、どこにあるの…?)


「王女様」


 物思いに沈みながら王宮の中を歩いていると、聞きたくない声に呼び止められた。

 しかし彼女を無視することもできない。なぜなら、彼女はこの国に豊かさを与える“聖女”なのだ。聖女たる彼女を、王族であるベルが無視することはできない。


「アイリ様。私になにかご用ですか?」


 出来るだけ平淡な声を意識して、彼女に応える。

 アイリは愛らしい顔に笑みを浮かべて、ベルを見つめた。

 傍から見ればとても魅力的な笑顔。だけどベルはその笑顔に侮蔑が含まれていることを知っている。

 彼女は侮っているのだ。ベルを取るに足らない人間だと認識している。だからこそ、平気でベルを貶めるような行為を繰り返し、自分の立場をより優位にしようと目論む。


「あたし、王女様と仲良くなりたいんです…今まで王女様があたしにしたこと、全部許してあげますから」


 なんていう、上から目線な物言いなのだろう。

 ベルはアンリに何もしていない。せいぜい陳言をしたくらいで、アイリが騒いだような行為は一切行っていないのに、何を許されれば良いのか。

 それにベルはアイリに許されたいとも思わなかった。


「私はあなたに許しを請うようなことはしてませんわ。ですからあなたの許しは必要ありません。これから大事な用があるので、私は失礼致します」


 あなたと仲良くする気はないと言外ににおわせて、ベルは一礼をして立ち去ろうとした。

 そしてアンリの横を通過するときに、アイリが不意によろけた。

 いや、わざとよろけたのだ。

 アイリはそのまま近くにあった置物を巻き込んで倒れ込んだ。あまりにも大袈裟な演技にベルが呆気に取られていると、ベルにとっては不運なことに、偶然近くを通った彼女の取り巻きたちがそれを発見してしまった。

(いえ…偶然、ではないわね…だって、これは…)

 ベルがしまった、と内心で舌打ちをしている間に、彼女の取り巻きたちが血相を変えて彼女に駆け寄り、彼女を抱え起こす。そしてベルをキッと睨んだ。


「王女殿下、アイリになんてことを…!」

「いくら王女殿下とはいえ、していいことと悪い事があります」

「可愛らしいアイリを僻まないで頂きたい」


 口々に勝手なことを言う彼らにベルは反論する気力もなくなった。

 王女たるベルに事情の説明を乞わず、ただ状況を見て一方的にベルを悪者扱いする彼らはどうかしている。そんな状況判断能力しかないなどと、優秀だ、才能があるともてはやされていたのは過去のことになってしまったようだ。

 口を閉ざすベルに彼らが尚も言いつのろうとするのを、アイリが「王女様は悪くないの」と止めに入る。


「王女様は悪くないわ。あたしが悪いの。王女様は私を突き飛ばすつもりなんてなかったの」


(……まるで私が悪意を持って突き飛ばしたような言い方…本当に口の上手い人ね)

 アンリの口車に乗せれらた彼らは「なんてアイリは優しいんだ」と今度はアイリを褒めだす。

 なんて馬鹿馬鹿しい。とんだ茶番だ。

 その茶番を終わらそうと、口を開きかけた時、ずっと黙っていた人物が口を開いた。


「ベルナルデッタ」


 その人がただ一言、言葉を発するだけで辺りがシンと静まり返る。

 その人の声で名前を呼ばれるのが好きだった。優しい声音で、柔らかい笑みを浮かべてベルを呼ぶ、大好きな兄。

 だけど、今はその声音はなんの感情も宿らず、ただ無機質だった。


「お兄様…」

「本当に、おまえがアイリを?」


 ただ確認をするように口を開くラウルは、表情らしきものを浮かべていなかった。

 そのことがとても悲しくて、だけど悲しいと顔を俯くわけにはいかない。

 ベルは真っ直ぐにラウルを見つめ、背筋を伸ばして答えた。


「いいえ、お兄様。私はアイリ様を突き飛ばしていません」


 嘘を言うな、とラウル以外の取り巻きが口々に言う。

 ラウルはそれを視線だけで止め、その視線をベルに戻した。


「そうか。……残念だ」


 なにが、残念なのか。

(いえ、わかっている…お兄様も私が彼女を突き飛ばしたと思っている…だから突き飛ばしたと言わない私が“残念”なのだわ)

 ラウルのその目は、「失望した」という風にベルに語り掛けているようで、ベルは居たたまれなくなった。だけど、その目から逸らすことはアイリの嘘を認めたということになるような気がして、視線を逸らせなかった。

 ベルはそっと拳を握り締めた。突き飛ばしたことを認めないベルに取り巻きたちは苛立ったように「アイリに謝れ」と口々に言う。

 王女たるベルに対してするべき態度ではないという判断すら、彼らにはもうつかないらしい。そして、兄であるラウルすらも。


 視線を先に逸らしたのは、ラウルだった。

「アイリの、手当てを」

 そう言ってベルに背を向け、アイリに寄り添い立ち去っていく彼らの後ろ姿が見えなくなると、ベルはその場に崩れそうになった。それを傍に控えていたジャンが支える。


「姫様、大丈夫ですか」


 気遣うように尋ねるジャンに、ベルはぎこちない笑みを浮かべて「大丈夫よ」と答え、自らの足で歩き出した。

 もう限界が近づいている。確実に、物語の終わりへ向けて動いている。

(今のは…どのルートに入っても起こるイベント…この件をきっかけにして、ベルナルデッタは攻略対象者たちに断罪される…幽閉フラグまっしぐらね…)

 どうしたらいいのだろう。このまま、物語通りにベルは幽閉されるしかないのだろうか。


 どんなに考えても、その答えは導き出せなかった。




************




「ジャンカルロ」


 所用でベルの傍を離れていたジャンは、不意に呼び止められた声に足を止めた。

 そして振り返るとそこにはベルの兄でこの国の王太子であるラウルがいつになく真剣な表情を浮かべてジャンを見つめていた。


「…殿下。私になにかご用でしょうか」


 口調だけは丁寧にジャンは応える。そんなジャンにラウルは苦笑を浮かべて、少し話があるからついて来てほしいと言う。

 正直、ジャンはラウルに失望していた。あれだけベルと仲が良かったのに、今ではすっかりその兄妹仲も冷めて、ベルに冷たい態度を取るラウルの変わりぶりに。

 だけどそんなことをただの護衛であるジャンが言えるはずもなく、仕方なく、渋々だという態度でジャンはラウルのあとに続いた。

 ラウルがジャンを連れ出したのは、ベルが大好きな温室だった。ここには滅多に人が寄り着かず、人目を避けて話すのには最適な場所だった。


「わざわざ時間を取らせてすまない」

「そう思うのなら、早く用件を言って頂けませんか」


 慇懃無礼なジャンの態度にもラウルは顔を顰めることなく、むしろ申し訳なさそうな表情を浮かべた。そう言うところは前と変わらない。ラウルのこの態度を知れば、ベルも少しは安心するだろうか、とジャンは頭の片隅で考える。

 考えるだけで言う気はこれっぽっちもないが。下手にベルに希望を与えたくはない。期待して、裏切られたら傷つくのはベルだ。ならば最初から希望なんて与えない方が良い。


「ベルに変わりはないか?」

「姫様には変わりはありません。今も昔も変わらない姫様のままです」


 あなたと違って、という嫌味を匂わせてジャンは答えた。嫌味に気づいているだろうに、ラウルはそうか、とほっとした表情を浮かべた。


「…ジャンカルロ。私は君に嫌味を言われることも仕方のないことだと思っている。それだけの事を私はあの子にしてきた。だが、私は今までと同じ態度を貫く。そして私のその行為があの子を傷つけるだろう。許してほしいとも言わないし、それによってベルの地位が危うくなることもあるかもしれない。だが、私は決してあの子に、ベルに不幸になってほしいわけではないし、あの子を不幸にするつもりもない。その事を、私はあの子に伝えられない。だから、君だけは知っていてほしい。私は今も昔も変わりなく、ベルを妹として愛していると」


 真剣な顔で言うラウルの言葉に嘘はないように感じた。

 ラウルは心変わりをしていないと言う。ならばなぜ、心変わりをした風を装っているのか。そしてなぜ、それをジャンにだけ言うのか。


「…なぜ私にその事を?」

「ベルが君のことをとても信頼しているし、君はベルを裏切らないと私は知っている。君以外の誰かに言って、この事が噂になると困る。だからベルが信頼している君を私は信頼している」


 それはつまり、ベルを信頼しているのであって、ジャンを信頼しているわけではないということではないか。胡散臭そうな目をラウルに向けると、ラウルは微笑んで「勿論、私も君を信頼しているよ」と言うが、どうにも胡散臭い。

 

「なぜ殿下はそのような演技を?」

「国のため、とだけ言っておこう」


 ラウルはそれ以上は教える気はないようだった。

 ラウルは王太子だ。きっとジャンにはわからない様々な思惑があって、そしてそれが国のためとあらば実の妹すらも欺かなくてはならないのだろう。

 ジャンはそんなものくそくらえ、と思うがラウルにとってはそうはいかない。王太子も大変だな、と他人事のように思い、ジャンは「わかりました」とだけ頷く。

 そしてラウルに断り温室を出て、この事を姫様に伝えたい、と思いつつもラウルの気持ちを思うとそれもできない。ジャンは歯がゆい思いをしつつ、ベルの元へと戻っていった。


 ───そんなジャンの後ろ姿をじっと見つめる影の存在をジャンが気付くことはなかった。


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