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 誰かと鉢合わせをしないように、慎重に行動してベルが辿り着いたのは、薬草などを育てている温室だった。

 今日は満月。満月の夜にしか咲かない花が咲く日。

 ピタヤの花は満月の夜にしか咲かない上に、年に三、四回しか開花しない貴重な花なのだ。朝日が昇る頃にはしぼんでしまうので、今日を逃したらもういつ見れるかわからない。

 毎年、夏の満月の夜にピタヤの花をラウルと一緒に見るのが楽しみだった。だけど、もうそれもできないのだと思うと、涙が出そうになる。


 ベルは涙が零れないように上を向いて、ピタヤの白い大きな花を見つめた。

 とても神秘的で綺麗なこの花は、本来はもっと南方の植物だ。そんなピタヤがなぜこの王宮に植えられたかというと、ピタヤの果実が正妃レジーナの大好物だったためだ。いつでも食べれるようにとウバルドが手配をしたのだという。


 ピタヤの果実はとても奇抜な形をしており、これは食べ物なのだろうかと疑いたくなるのだが、実際食べるととても甘くて美味なのである。しかしベルはあまり好きではない。だけどピタヤの花を見るのは好きだ。


「あれ…姫様?」


 突然掛けられた声に、ベルはびくりと体を震わせた。

 慌てて振り向いた先にいたのは、ベルよりも幾つか年下の少年だった。

 明るい蜂蜜色のような髪のとても可愛らしい少年だ。彼は数ヶ月前にここの温室の世話係としてやって来て、よく温室へ足を運ぶベルと仲良くなったのだ。


「アステル…」

「こんな夜中に一人で出歩かれて…怒られても僕は知りませんよ?」


 そう言ってお茶目ににこっと笑ったアステルに、ベルは肩の力を抜いた。


「私が怒られないように黙っていてね、アステル?」

「しょうがないなぁ…今回だけですからね」


 ありがとう、とお礼を言うとアステルもにこっと笑う。

 アステルはとてもいい子だ。それに庭師としての腕もいい。アステルが育てた植物は、アステルがくる以前よりも活き活きとしている。緑も明るくなったし、花も良く咲くようになった。


「ところで、アステルはどうしてここに?」

「僕はピタヤの花を見に。これを逃したら来年まで見れそうにありませんから」

「まぁ。私と同じね」


 ベルとアステルはしばらくぼんやりと静かにピタヤの花を眺め続けた。

 どれくらいそうしていただろうか。不意に温室の外が騒がしい事に気付いた。


「なにかしら…?」

「僕が見てきます。姫様は僕が戻るまでここにいてくださいね」


 アステルはベルが止める間もなく温室の外へ飛び出して行った。

 外へ出て行って危なくないのだろうか。いやここは王宮内だ。滅多なことは起こらないだろう。では、なぜ外が騒がしいのだろうか。

 

 滅多なこと、があったのではないだろうか。

 そう、例えば賊が侵入したとか、そういう類のことが。

 そういうことはないわけではない。ここは王宮だ。王宮にある宝を狙う輩がたくさんいる。ただ、そういう人たちは宝に辿り着く前に王宮の衛士たちに見つかり牢行きとなるのが常だ。

 もし先ほどの騒ぎが賊の侵入だとしたら、よほどの手練れの者が侵入してきたということである。アステルは大丈夫だろうか。


(―――アステルなら、大丈夫。あの子は賢いし勘も冴えている。だからあの子はきっと大丈夫。それに、騎士たちが捕まえてくれるわ。うちの騎士たちは皆優秀だもの)


 少し待ってもアステルが戻って来る様子はない。

 そろそろ戻らないと、ベルが部屋にいないことに誰かが気づいてしまうかもしれない。それは絶対に避けたい。

 ここにいてくださいね、と言ったアステルに心の中で、ごめんなさい、と謝罪し、ベルは念のために羽織ってきた上着のフードをしっかりと被り、温室をそっと抜け出す。

 フードをしっかり被れば、後ろ姿からだけではベルだと判断できる者はほとんどいないだろう。

 アステルには今度会った時にしっかり謝ろうと決意する。お詫びに甘いお菓子を差し入れするのもいいかもしれない。


 そんなことを考えつつも、ベルは注意深く部屋への道を進んでいく。

 ベルの部屋まであともう半分ほどの距離に来たところで突然「あっちへ逃げたぞ!」「逃がすな、追え!」という騎士たちの声が聞こえ、びくりと震えた。


(ま、まずい…! 部屋を抜け出したことがバレたら怒られてしまうわ…!)

 夜中に部屋を抜け出すなど、淑女のやることではない。たまに抜け出したところを見つかって怒られたことが何度かあった。

 お説教と謹慎はとても堪えたが、部屋を抜け出して温室へ行くのはやめられなかった温室はベルにとって癒しの空間なのだ。

 ベルはどこかに身を隠そうと辺りを見渡し、ちょうどよい物陰を発見してそこへ隠れた。

 ほう、と息を吐くと、ベルは背後から誰かに口元と手首を押さえられた。


「―――叫ぶな、そして動くな」


 知らない人の声に、びくりとベルは震えた。

 聞き覚えのない声。声から男の人だということはわかるが、きっと城の者ではない。


「ちっ。めんどくせぇことになったな…」


 忌々しそうに舌打ちをする彼に、ベルはパニックになった。

(なにが、どうして、こうなったの…!?)

 叫んで喚きたい衝動を堪えて、ベルは必死に頭を動かす。

(さっき、騎士たちが「あっちへ逃げたぞ!」と叫んでいた…どっちかはわからないけれど、こうして身を隠しているっていうことは、騎士たちが追っていたのは彼…?)


「あーあ…どうすっかなぁ…なあ、あんた」


 突然彼が話しかけてきて、ベルの思考は真っ白になった。

 そもそもベルはこんな近くに身内以外の男性を寄せ付けたことは一度もない。前世ではあったかもしれないけれど、現世ではない。

 男性に対する免疫というものを、持ち合わせていないのだ。


「俺を見逃して……え」


 彼はベルを見てぎょっとしたように声を上げた。

 ベルはポロポロと涙を流していた。

 突然見知らぬ男性に抱き寄せられて、取り押さえられているこの状況。怖いに決まっている。しかも今は夜で、視界が悪いのだ。満月だからそれなりに明るいけれど、それでも昼ほど視界は良くない。


「お、おい…なんで泣いてるんだよ…俺なんか悪い事したっけ…ああ、今してるか…」


 「やべえ、どうしよう」と彼が焦った声を上げたその時、「あそこに居たぞー!」と騎士たちの声が響く。

 ベルと彼は同時に固まり、ベルよりも彼の方が回復するのが早かった。彼は舌打ちをして、「ちょっと失礼。大人しくしてろよ」とベルに声を掛けて、軽々と片手でベルを持ちあげて肩に担いで走り出した。


「な、なにす…!」

「喋ると舌噛むぞ」


 彼がそう言うと同時にベルは舌を噛んだ。

 先ほどとは違う意味で涙を浮かべ、痛みに悶絶していると「だから言ったのに」と彼は呆れたように呟いた。

 一言物申していいのなら、言うのが遅すぎる、とベルは文句を言いたかった。

 だけど、先ほどの二の舞になることを恐れて喋ることが出来ない。


(ところで…この人どこに向かっているの…?)

 彼の足取りに迷いはなく、目的を持って走っているようだった。

 騎士に見つかるたびにひょいひょいと物陰に隠れたり、突然曲がったりとしているが、きちんとどこを通っているのか把握しているようだった。

 王宮の見取り図は門外不出で、厳重に管理されているはず。彼はこの王宮に来たことがあるのだろうか。騎士に追いかけられているような人物なのに?


 彼に担がれ続けるうちに涙も引っ込んで、騎士が追いかけてくる気配が無くなった頃、「もういいか」と彼は呟き、ベルを担いだまま軽々と王宮を囲む塀の上へ飛び乗った。

 塀の高さは人の数倍はあり、飛び跳ねたくらいでは上ることは出来ない。だというのに、彼は軽々とそれをやってのけた。

(いったい、この人は何者なの…?)

 ベルはほんの少し前まで感じていた恐怖をすっかりと忘れ、自身を担ぐ少年を見つめた。

 が、ベルには少年の後ろの頭しか見えない。



「本当はあんまりやりたくねぇんだけどさ、決まりだから。あんたを俺たちの城へ案内してやるよ」

「しろ…?」


 ベルがそう呟いた時、ブオオンと微かに音が聞こえた。

 どこから聞こえるのだろう、とベルが辺りを見渡すと、彼はそっと塀の上にベルを下ろし、「上だよ、上」と空を指さした。

 彼の指さした方を見上げると、そこには―――


「飛空艇…?」

「そ。あれが俺たちの居城(アジト)だ。ようこそ、天翔(てんかけ)る盗賊団へ」

「天翔る…盗賊団…」


(聞いたことがある…天翔る盗賊団…通称、天翔団(てんしょうだん。いわく付きの宝石やジュエリーばかりを収集している盗賊団…お父様たちが頭を悩ませている種でもある…。でも、その天翔団がどうして王宮へ…?)


「さ、行くぞ」

「え?」


 彼はベルを今度は脇に抱え、飛空艇から降りてきた梯子に掴まると、梯子がゆっくりと上昇していく。ベルは自分の足元が完全に宙に浮いているのを見て、気絶しそうになった。

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