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 ソルレンティーノ王国の宝石と言えば、第一王女であるベルナルデッタ姫である。

 銀糸のような美しい髪も、金色に輝く瞳も、どんなに最高級品でも彼女より美しいものは存在しない、と誰もが口を揃えて言う。

 また、兄で王太子であるラウルとの仲も良く、よく二人揃って笑い合っている姿を王宮では見かけた。

 しかし、ここ最近は兄妹揃っているところを見かけない。妹姫であるベルナルデッタが一人でいる姿ばかりを見かける。一人で歩くベルナルデッタの表情は憂いに満ちていて、仲の良かった兄妹の間に一体なにが、と誰もが心配そうに彼女を見つめた。

 そんな皆の関心の的であるベルナルデッタはとても焦っていた。


(ど、どうしよう…! お兄様がとうとう私に愛想をつかしてしまったわ…)

 ベルは部屋に誰もいないことをいいことに、頭を抱えた。

 どうしよう、どうしよう、と焦りばかりが生まれて、頭が上手く回らない。

 このままではだめだ、と頭を勢いよく横に振って、部屋の窓を開けた。すっと風が窓から突き抜け、長いベルの銀色の髪をなびかせる。

 ベルは大きく息を吸い込み、自身の頬を思いっきり叩いた。

(まだ諦めてはだめよ、ベルナルデッタ! 私は昨日までの私とは違うのだから、まだ挽回するチャンスはあるはず…!)

 ぐっと拳を握りしめて、己を奮い立たせるように拳を突き上げた。


「私は一生幽閉なんてごめんだわ! 何としてでも幽閉だけは回避してみせる…!」


 決意に燃えるベルの異様な姿を見たものは、ちょうど空を飛んでいた小鳥だけだった。






 ベルナルデッタはソルレンティーノ王国の第一王女で齢は十七を向かえたばかりの花も恥じらうお年頃である。

 美しい容姿と愛らしく無邪気な性格で誰からも愛されるお姫様。それがベルである。

 そんなベルの唯一の欠点と言えば、兄であるラウルが好き過ぎる、ということくらいだ。


 兄のラウルはベルより六つ年上の二十二歳で、ベルとは母親が異なる。

 ラウルは亡き正妃の息子で、ベルは第二王妃の娘だ。正妃はラウルを産んですぐに流行り病に罹り亡くなった。その二年後に嫁いで来たのがベルの母親、エンカルナである。

 エンカルナは隣国の傍系王族で、正妃を亡くしたばかりの国王ウバルドが隣国へ訪問した際に出会い、その可憐さに惚れて、猛烈アピールの末に結婚をしたのだ。

 しかし正妃の座は空いたまま。ウバルドもエンカルナも正妃の座は亡きレジーナのみと決めている。


 ウバルドとエンカルナが結婚をして四年後に生まれたのがベルだ。ウバルドもエンカルナも娘の誕生に大層喜び、そして誰よりも喜んだのが兄であるラウルであった。ラウルは来る日も来る日も妹の世話を焼きたがり、妹から離れようとせずに城の者を困らせることもしばしばだった。


 そんな兄に溺愛されて育ったベルが、兄を好きにならないはずがない。まるで相思相愛の恋人のような二人の姿に、微笑ましいを通り越して生暖かい視線を送られるようになるのに、時間はかからなかった。

 ベルの幼い頃の口癖と言えば、「私はお兄様のお嫁さんになる!」だった。その台詞にラウルもとても嬉しそうに「可愛いお嫁さんを貰えて僕は幸せ者だな」と返すのがお決まりだった。


 年頃になっても、二人は仲の良い兄妹のままだった。そんな二人の仲に変化が訪れたのは、ほんの数ヶ月前の事件がきっかけだった。


 突如、王宮の庭に現れた、黒髪に黒目の少女。彼女がベルとラウルの仲を壊した。

 王家には古くからの言い伝えとして、『異世界より舞い降りし聖女が現れし時、王国はより豊かとなる』という伝承が伝えられている。彼女はその伝承にある聖女の特徴をすべて兼ね揃えていた。


 第一に、聖女は黒い髪に黒い瞳。これは東方へ行けばありふれた特徴だが、この辺りでは珍しい色合いだった。

 第二に、聖女は腕に聖痕を宿している。その聖痕は太陽の形をしていると云われている。

 そして最後に、聖女は光魔法を使える。


 彼女はこのすべての条件を満たした、“聖女”だった。

 “ミナガワ・アイリ”と名乗った彼女は、国賓として王国に迎え入れられた。

 なぜ彼女がいきなり王宮の庭に現れたのか、という議論も行われることなく、ただ『聖女様が降臨なされた』と国中が沸き立った。

 そんな中でもウバルドとラウルだけはなぜ彼女がいきなり王宮の庭に現れることが出来たのかを調べていたが、結局原因はまだわかっていない。

 彼女はどこかの国の密偵ではないかと疑ったラウルは自らその調査をするために彼女に近づき、そして――――


「アイリ」

「ラウル様…」


 聖女である“アイリ”に堕ちた。

 互いを見つめ合い、熱い抱擁をしている二人の姿を目にしてしまった時、ベルは思わず叫びそうになった。それをなんとか抑え、その場を静かに立ち去った。


 大好きな兄を見ず知らずの女に取られてしまった―――


 ただ、それだけなら、ベルはアイリに複雑な想いを抱きこそすれ、ラウルを祝福できただろう。

 だけどアイリは、ラウルの他にも、騎士団や魔術師のホープ、はたまた神官にもラウルと同じような態度を取り、ラウルと同じように熱い抱擁をしているのを知ったベルは、怒りを王女としての矜持で押さえ、アイリに忠告をする程度で止めていた。


 だというのに、あろうことかアイリはラウルにベルがアイリに意地悪をしていると告げ口をしたのだ。意地悪など、まったくしていないのにも関わらずに。

 ラウルは最初こそ半信半疑だったが、アイリの巧妙な手口により、まるでベルがアイリに嫌がらせをしているかのようなシチュエーションを作り、今ではすっかりベルが嫌がらせをしていると信じ込んでしまった。

 優しかった眼差しが、今ではすっかり冷たい眼差しに変わってしまった。その冷たい眼差しを浴びた時、ベルは既視感を覚えた。

 前にも体験したことがあるような、そんな気がしたとき、ズキンと頭が突如痛み出した。

 大好きな兄に冷たい目で見られたことの衝撃と、頭の痛みに動揺したベルは逃げるようにその場を去り、部屋に駆け込んだあと、そのままブラックアウトした。


 そして三日三晩高熱を出して寝込んで目が覚めた時、ベルは思い出したのだ。

(あ、ここ…乙女ゲームの世界だ…)

 ベルは前世の記憶を思い出した。前世でベルは日本で働くアラサーの社畜OLで、仕事で疲れ果てた心を乙女ゲームで癒していた。その前世でハマった乙女ゲーム『鳥籠の聖なる乙女』に、この世界がそっくりだということも、思い出した。

 前世の自分ことはさっぱり思い出せないけれど、なぜか乙女ゲームのことだけは思い出せる。どれだけ乙女ゲームに情熱を注いでいたのだろう…と思いつつも、その乙女ゲームの物語を思い出して、青ざめた。


 『鳥籠の聖なる乙女』という乙女ゲームは、日本で暮らす平凡な女子高校生である主人公が、ある日突然魔法が当たり前に存在する異世界にトリップしてしまい、そこで出会ったイケメンたちと恋に落ちる、という物語だ。

 ベルの兄であるラウルや、アイリが虜にしている男性陣は皆、攻略対象者。そして恐らく今アイリが進んでいるルートは……。


(逆ハールート…寄りによって、逆ハールート…!)

 逆ハールートは、攻略対象者たちと末永く仲良く暮らすというルートだ。『鳥籠の聖なる乙女』では主人公は元の世界に帰ることはできない。そして、こちらの世界で生きる覚悟を決めるのが物語のラストになるわけだが、この逆ハールートは攻略対象者たち全員と結婚し、皆で仲良く主人公と暮らす、という夢のようなエンドになる。

 実質、聖女である前に光魔法を使うことが出来る主人公は、より多くの子供を産むことが義務付けられる。なので、彼女が多数の夫を持つことは、可能では、あった。


 この世界では魔法は四大元素の他に光と闇を加えた六属性があり、この世界の人間ならば誰もがそのうちのどれかの属性をその身に宿して使うことができる。

 しかし、光と闇属性をその身に宿す者は少なく、また双方とも強力な魔法を使うことができるため、どちらかの魔法を宿した者はより多くの子を産まねばならない。魔法は血筋に左右されると云われているためだ。

 だからと言って、複数の妻や夫を持って良いか、と言われればイエスとは言い難い。他の国では違うところも多々あるようだが、ソルレンティーノ王国では基本的に一夫一妻制だ。王家ですらも、それを順守している。


 そう言った倫理観の中で、主人公は多夫一妻として一生をこの国で過ごす。ましてやその一人が王族で、この国の王太子となれば、当然反発が起こるだろう。下手をしたら、反乱が起きるかもしれない。

 ゲームではそんなことは描かれなかったが、王女として生きてきた十七年間の経験上、反発が起きることは容易に想像できた。

 きっとラウルだってわかっているはずだ。それでもアイリの傍にいる。恋とは人をこうも馬鹿に出来るものなのだろうかと恐ろしくなる。


 そして何より恐ろしいのが、この逆ハールートの最後で、ベルナルデッタはとある罪を犯し辺境の地にある塔へ幽閉されるのだ。

 罪状は主人公への殺人未遂。ベルナルデッタは大好きな兄を取られたことに嫉妬し、主人公を亡き者にしようと企む悪役なのだ。


(幽閉だけは、絶対にいや…!)

 前世を思い出したからこそ、強く思う。女としての幸せを掴みたい、と。

 幽閉なんてされたら女としての幸せを掴むどころの話ではなく、生涯を塔の中で終えることになるのだ。そんな寂しい人生は嫌だ。

 死ぬならたくさんの孫に囲まれて死にたい。孤独死なんてもっての外である。

 だから、ベルはそんな自分の幽閉フラグを回避するべく、努力を開始した。


 幸いなことに、まだベルは主人公であるアイリに嫌がらせはしていない。していないものは罪になりようがない。しかし、アイリの行動を考えると、嫌がらせをしないだけでは駄目だ。アイリに一切関わらないようにしなければ。

 あとはラウルにも関わらない。他の攻略対象者にも関わらない。


 そう決意を胸にしたのに、なぜか向こうからベルの方へ言いがかりをつけてくる。それもベルには全く身に覚えのないことで、だ。

 日々ベルに対して冷たくなっていく攻略対象者たちの態度に、ベルは絶望しそうになった。


(私…幽閉フラグの回避なんてできないのかしら…)

 はぁ、とため息をつき、何気なく空を見上げると満月だった。

 ベルは満月を見て、パアと笑みを溢した。

(今日は満月だったのね…! すっかり忘れていたわ。行かなくちゃ!)

 ベルは慎重にドアを開け、見張りの騎士たちがいないことを確認して、部屋を抜け出した。




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