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今、巷で話題なのはとある盗賊のこと。
狙った獲物は必ず盗る、と有名な盗賊団。
どんな断崖絶壁の場所にあろうと、どんな難攻不落な要塞にあっても、鮮やかな手つきで狙った獲物を奪っていく。
しかし彼らが狙うのは、いわく付きの宝石やジュエリーばかり。しかし、その宝石やジュエリーはどれも一級品で、そんな宝石やジュエリーを持っている者と言えば悪名高い資産家ばかりなので、そんな人たちからすんなりと宝石やジュエリーを奪っていく彼らの人気は庶民からは高い。
彼らがその家に盗みに入ることで、その家の悪事が暴かれることもしばしばあることで、いつしか庶民たちは娯楽のように彼らが現れるのを待つようになった。
そして彼らが鮮やかに獲物を奪ったと聞いて、「ざまぁみろ」と皆で笑い合うのだ。それが庶民たちの小さな楽しみで、酒の肴となる。
盗賊団は獲物を奪う際には決まって予告をする。
『今夜、貴方の宝を奪いに参上』と書かれた小さなカードを寄越す。
しかしそのカードはどこから送られてくるのか、いつ誰が送ってきたのか見た者はいない。そして彼らがどこから現れ、どこへ去っていくのかも。
そんな彼らの今回の獲物は。
「今回の獲物は王宮にある」
「へぇ…王宮ねぇ」
鮮やかな青い髪を無造作に一つに束ねた男装の女と、短く切り揃えた濃い紫色の髪の少年が見取り図を見ていた。女は余裕の笑みを浮かべて、少年は楽しそうな笑みを浮かべて見取り図を見ていた。
女と少年が見ているのは、とある王宮の見取り図。門外不出のはずの見取り図を見て、少年はニヤッと笑った。
「―――面白そうじゃん」
「おまえなら、そう言うと思っていた」
「久しぶりに腕がなるぜ。最近は警備が甘くてつまらないって思ってたんだよなぁ」
「…警備が甘いと喜ぶべきところだが、まあいい。今回はおまえの腕にかかっている。おまえのその猿のような身体能力があれば王宮の警備も出し抜けるだろう」
「当たり前だろ! ……ん? 今、猿っつった?」
女は余裕な笑みをより一層深め、「さてな」と目を細めて少年を見つめた。
「ところで、この見取り図どうやって手に入れたんだ? これ、門外不出のやつだから手に入らないって船長言ってなかったっけ?」
「確かにそう言ったが…少しは頭を働かせなさい。おまえのその頭は飾りなのか?」
「へいへい、すみませんねぇ。俺の頭は猿よりも軽いですよー。つかさ、俺、頭使うの苦手なの、船長知ってんだろ?」
「…そうだったな。おまえに頭を使うことを期待した私が間違っていた。すまない」
「……なんか、素直に謝られるとむかつく…」
少年は不貞腐れたようにそっぽを向いた。
そんな少年に女を喉をくっくっと鳴らして笑う。それを見た少年は余計にむくれた。
「ちぇー。勿体ぶってないで教えてくれよ」
「ふふ…おまえで遊ぶのは楽しいな」
「俺で遊ぶなよ」
「そうだな…ヒントをやろう」
「おい、俺で遊ぶなって言ったのは無視すんのか!?」
女は少年の抗議などまるで聞いていないかのごとく、「ヒントは」と話し出す。
それに少年が「無視すんなよ!」と抗議をしても女はそのまま話し続けた。
「ヒントは、今、ここに居ない人物だ」
「ここに居ない人物ぅ…? ここに居ないのは…おっさんと、あと…チビ?」
「こら。仲間をそんな風にいうものじゃない。だが、正解だ。その二人は何が得意なのか、考えれば先ほどの答えが出るんじゃないか」
「あの二人の得意なこと…ねぇ…」
少年は腕を組み、考え込む。
しばらくそうしたのち、パッと顔を上げた。
「わかったぜ、船長!」
「ほう。言ってみろ」
「チビは変装の達人だ。潜入捜査に向いているし、そういう見取り図書くのが得意だ。だからこの見取り図はチビか書いたんだろ」
「正解。よくわかったな。偉いぞ」
「へへっ。これくらい楽勝だって」
少年は誇らしげに鼻の下を指でこすって笑った。
だが、すぐに何かに気付いたように眉間に皺を寄せた。
「…あれ? おっさんはなにしてんだ?」
「あいつは情報収集だ。ありとあらゆる手を使って、今回の獲物である『月の雫』の在処を探っている。その情報によると、獲物は王宮の宝物庫にある可能性が高いらしい。次に高いのが王宮に住まう誰かの持ち物という情報だ」
「ふーん。宝物庫なら俺がなんとかできるけど、誰かの持ち物だったらキツイな…」
「そうでないことを祈るしかない。あいつもこれ以上の情報を探るのは無理だと判断した。数日中には帰って来るだろう」
「おっさんでも詳しい在処がわからないのか…」
「ああ。だが可能性があるならば、私たちは手に入れなくてはならない」
女はきりっとした表情を浮かべ、少年に向かって言う。
「宝物庫への潜入は三日後の満月。頼んだぞ」
「ああ、任せてくれ」
少年は不敵に笑い、もう一度見取り図に目を落とした。