全4短編 第一回
アタシ――鷺沼アリサにとって、その日は最高の日になるハズだった。
というのも夏休み初日、幼馴染みの三人と旅行に出かける予定だったのだけど……。
「ハァ……雨、止まないなぁ」
窓の外は見るも無常な曇天と霧雨。
八王子市内は、これから明日の朝までたっぷり18時間は雨マークが外れない。
せめて……せめて別の日に張り替えられればいいのに。きっと雨マークの裏面は付箋用じゃなく強力接着剤らしい。
時刻は12時。
朝には中央本線に乗って、今頃は山奥の川で水遊びでもしていたのに。
川水に濡れる筈だった新品の水着や好みの黄色いTシャツは、ベッドや床で虚しさに浸っている。
ふと、部屋の扉がノックされた。
「アリサ、ごはん出来たわよ。下に降りてらっしゃい」
「はーい、ママ。すぐ行くよー!」
楽しみを奪った雨を恨めしげに睨むと、八つ当たり気味にカーテンを閉めた。
食卓を囲むのはアタシとママ、そして猫の『バンブー』。
大好きなカルボナーラを食べていると、ママは外を眺めながら呟く。
「残念だったわね。アリサ、ずっと楽しみにしてたのに」
「はむっ、つるつる……しょうがないよ。雨の日に川遊びするワケにもいかないって、和泉ちゃんが猛反対したんだもん」
「さすが和泉ちゃんね。アリサもあの子ぐらいにしっかりしてくれたら安心できるのに」
「ママ酷い! それでもアタシの親!?」
「親だからもっと成長してほしいのよ」
イギリス人らしい藍色の瞳がアタシを見つめる。
「う……発案したのはアタシだから、企画力はあると思うんだけどなぁ」
「自由君もこの前言ってたわよ。『アリサは後先考えないから、フォローする僕らは大変だ』って」
「む……自由くんめ、後で覚えてなさいよ……!」
ふと、食卓に置かれた携帯の着信音が鳴る。
「アリサ、食事中は控えなさいとあれほど……!」
「ごめんごめん。でも江田ちゃんからだからさ」
片手を立てて謝りつつ携帯を取る。
「はい、アリサだよ。あ、江田ちゃん。どうしたの?」
『アリサ、午後は暇か?』
「うん、空いてるよ」
『なら四人で集まらないか? 和泉と自由も私の家に来ると言っている』
「本当!? うんうん、もちろん行くよ!」
『決まりだな。なら2時に本邸まで来てくれ』
「うん。分かったー! それじゃ後でねー」
電話を切ると、急いでご飯を平らげては片付ける。
「どこか行くの?」
「うん。江田ちゃん家」
「あらそう。ならお土産持って行ってくれない?」
そう言ってそら豆の入った箱を渡してくる。
「えー、荷物増えるからやなのに……行く度に用意するの止めない?」
「ダメよ、江田さんの家は町内会の会長さんで、財閥の取締役で、日本刀を広める会の総務で……えっと、他に何があったかしら?」
「日本盆栽連盟の代表!」
「そうそう。それだけ偉い人なのだから、礼儀は大切にしないとね」
「江田ちゃんはそんなの気にしないのに……」
「子供の間は良くても、大人の間では良くないの。さ、お願いね」
「うーい……」
大人の間での常識はよく分からない。
アタシは時々、ママが何を考えているのかよく分からない。
アタシは、本当はママの事を何も知らないんじゃないか。
何も知らないアタシは、周囲から置いてけぼりになっているんじゃないか。
そんな考えがアタシの心を不安にさせた。
…
江田桜子ちゃん、町田自由くん、多磨和泉ちゃんの三人は幼馴染だ。
幼稚園よりも前から母親同士の交流が盛んで、アタシ達も物心ついた頃から一緒に遊んでいる。
中学二年になっても変わらず一緒の学校に行っている。
アタシ達4人組は、ずっと一緒。
今までも、そしてこれからも。
…
江田ちゃんの家は市内有数の広い武家屋敷だ。
外は高い塀に囲まれて、内側には手入れの行き届いた日本庭園。
室内は襖に障子、畳に木製の家具。
これぞ日本人の故郷、ワビサビの空間。
「はぁ……江田ちゃん家、落ち着く……」
座敷机に顎を乗せて、第二の実家の様に寛ぐ。
すると隣に座る自由くんが呆れた様に言う。
「アリサ、ちょっとだらけ過ぎだよ」
「えー、自由くんのケチンボ。じゃあ自由くんの膝枕ちょーだい!」
「え、ちょ、アリサ!?」
慌てる自由くんなんて気にせずに、膝に頭を乗せて寝転ぶ。
「もぅ、アリサは……」
「へへへー、自由くんの膝気持ちいいなぁー」
ここから見上げる自由くんは、短いくせ毛と綺麗な顔立ちがマッチしていて、本当にカッコいいなと思う。
「あらあらアリサちゃん、見せつけてくれるわね」
「全くだ。自由に寛げとは言ったが、節操も覚えたほうがいい」
和泉ちゃんと江田ちゃんがそれぞれ思ったことを口にする。
黒髪ロングで背が小学3年生から殆ど変わっていないちんちくりんが江田ちゃんで、その成長分を全て吸収したみたいに背が高くておっぱいとかの発育が良いロングウェーブの子が和泉ちゃん。
「この4人の間だけだもーん。存分にくつろいじゃうもんねー、ぐへへ」
「ぐへへって言った! 僕の膝で何するつもり!?」
「はいはい、それじゃあそろそろ宿題始めましょうね」
「うーい。これさえ無ければ夏休みは最高なんだけどなぁ」
「アリサみたいな怠け者を正す為に宿題はあるんだ。そう考えれば必要不可欠と言えるな」
「江田ちゃん酷い! アリサ怠けものじゃないし!」
「まあまあ。そんな事は置いておいて、宿題何から始めようかしら? 数学? 漢字?」
「自由研究、やろうよ!」
アタシが大声を出すと、三人とも目を丸くする。
「アリサ、どうして最初に自由研究するの?」
「だって楽しい事は先にやりたいじゃん。やろうよ、四人で自由研究」
「いちごは最初に食べるアリサちゃんらしいわね。でもどんな自由研究したいの?」
「そうだなぁ……街中のケーキ屋さんでモンブランを食べ歩くとか!」
「それ、アリサが好きな物食べたいだけだろう!」
「んー、じゃあ自由くんの性感帯をいじくり回して遊ぶとか」
「ちょ!? 僕の何をするって!? 反対、はんたーい!」
「分かったよ、二人きりの時にするね。あとは……」
二人の時もやめて、と自由くんは漏らすが無視。
「そうだな……うちの家の物置でも探してみるか? もしかしたら自由研究になる様な物が出てくるかもしれないぞ」
「江田ちゃん、本当!? じゃあ早速行ってみようよ!」
「あらあら、それなら汚れない様にエプロンと軍手を持ってくるわね」
江田ちゃんの家に詳しい和泉ちゃんなら何処に何があるか知っているので、任せて安心。
アタシたち仲良し4人組は、早速捜索に繰り出した。
江田ちゃんの家には大きな蔵があり、その古めかしさから、室町時代から伝わる妖刀や妖怪を封印した巻物が収められているなんて噂があった。
けれどそんな物は噂でしかない。
だってそうでなければ子供4人に気軽に鍵を渡す筈が無い……と思う。
本心では、絶対有ってほしいって願ってる。
宝を見つけた時よりも、見つける前の方が楽しいという気持ちの方が、宝探しは何十倍にも楽しくなる。
アタシのワクワクは、何時だって根拠が無いんだから。
宝探しは難航した。
「自由くん、そっちは何かあったかしら?」
「ううん、何も見つからないよ、和泉さん。江田さんはどう?」
「こちらも成果無しだ」
「探せば何か出てくると思ったんだけどなぁ」
「叩けば埃が出るとはよく言うが、本当に埃しか出ないとは。自分の家ながら恥ずかしいものだ」
宝探しを始めてたった一時間くらいだけど、今のところ全く成果無し。
というよりも、アタシたちが宝か宝に繋がると分かる物が圧倒的に少ないからだ。
高級そうな着物や置物とかは沢山あったけれど、そういう物を求めているんじゃない。
アタシたちが探しているのは冒険のカギだ。
意味不明な地図やいわく有り気な代物。
そういう冒険心をくすぐられる物こそ、アタシ達が求めている物だ。
「うーん、なんか疲れちゃったなぁ」
「こら言い出しっぺ! アリサが真っ先にへばるとはどういう了見だ」
「まぁまぁ。桜子も抑えて抑えて。まだまだかかりそうだから、ちょっと休憩しましょうか。麦茶持ってくる?」
「あーうー、おねがーい」
和泉ちゃんが任されたとばかりの得意顔を浮かべて蔵を出ていこうとした、丁度その時。
「ねえ三人とも、ちょっと来てくれないかな」
自由くんの声を聞いて、アタシ達はやっていた事を中断して自由くんの元に集まった。
「これ……何かありそうじゃないかな?」
蔵の奥にあったのは、古ぼけた桐箪笥だった。
煤と埃ですっかり黒ずんだそれは、長い時を経てそこに存在し続けた様な寂しさと貫禄が感じられた。
引き出しの数は16。横に4列、縦5段。
大きさは大小別れており、上に行く程引き出しは小さくなっている。
「ねえ江田ちゃん。この箪笥には何が入ってるの?」
「私は知らないぞ。お祖父様の子供の頃からあったらしいが、お母様が亡くなってから誰も使っていないんだ」
「ふーん。つまり最期に使ったのは江田ちゃんのママなんだ?」
「それは分からないが……」
「桜子、開けてみましょうよ」
「和泉がそういうなら反対はしないが、きっと期待に応えられる物は入ってないと思うぞ」
「ともかく開けてみよう。アリサは左下から開けて。僕は右下から開けるから」
「うん、まかせて! よーし、ご開帳だー!」
一段目、色あせた着物。
二段目、何もなし。
三段目、何も書かれていない巻物。
四段目、古い江田家周辺の地図。
江田ちゃんが言うには、恐らく江戸後期に書かれた物らしい。
甲州街道沿いに並ぶ江田家管轄の宿場町と、各家の名前が書かれている。
「これなんか良くない?」
「ちょっとボロボロだけど、読む事はできるね。これを使って、過去と現在の違いを纏めてみるのはどうかな?」
「えー、アリサつまんない。もっと、宝の地図とかそういう面白そうなの期待したんだけどなぁ」
「まあ堅実に行こう。ウチの蔵から良い題材が出てきただけでも良しとしなければな」
「それじゃあ、部屋に戻りましょう。桜子、慎重に持ってきてね」
三人の中では、それで決定らしかった。
まぁ調べたら実は宝の地図かもしれないし、一時間探してやっと目ぼしい物が出てきてくれたんだ。
反対はこれ以上しないけど……もっと、“らしい”物が欲しかった。
3人が蔵を出ようとする中、アタシは最期の五段目に目をやった。
残る五段目には4つの引き出し。
どれもアタシの背では背伸びして届くかどうか。
「アリサ、何してるの? 二人共先に行っちゃったよ」
自由くんは心配して戻ってきてくれたらしい。
「ねえ、一番上の段、何が入ってるか気にならない?」
「一番上? でも、僕達の背だと届くかな?」
「背伸びすればイケるよ。開けてみよう」
アタシは何とか引き出しに付けられた取っ手に手を伸ばし、4つの内の一つを引き出してみた。
けれど中身は何も無い。
「……何も無いね」
「……無駄かなぁ」
一度外した引き出しを戻すのは大変。
背伸びした状態では角度を合わせて、それを押しこむのは難しい。
「自由くん、アリサを肩車してくれない?」
「え!? アリサを?」
「うん。それならきっと届くから」
「……アリサ、今何キロ?」
「乙女に体重を聞いちゃイヤン」
自由くんの白けた目が突き刺さる。
「……せめて馬になってくれない?」
「もう、しょうが無いな」
自由くんが四つん這いになり、その上にアタシが立つ。
これで問題無く戻せる。
と、思ったのだが……。
「あれ、あれ?」
「アリサ、戻せた?」
「それがね、最期まで押し込めないの」
引き出しを押すと、間に風船が挟まっているかの様な圧力が中にあって最期まで押し込めない。
「せーの!」
思い切って強く押し込んで見る。
すると押し込んだ所の左右の引き出しが、反発するかの様に勢い良く飛び出した。
2つの引き出しは地面に落ちて埃が立ち上り、蔵中が煙に包まれる。
「げほっ、けほけほっ! アリサ、何をしたの?」
「うぇっほ、ゲッホ! 強く押したら、勢い良く飛び出してきたの」
「意味が分からないよ……コホッ、コホッ」
煙が治まると、自由くんから下りて、落ちた引き出しを見た。
片方は空で、拾うまでも無い。
だがもう片方は、何か入っている。
「……これ」
「どうしたの、アリサ。……これは!?」
中に入っていたのは――ノートだった。
シンプルなデザインのノートが一冊入っていた。
「何だろう、他の物と比べても随分最近の物だね」
ノートのページは殆どが真っ白だった。
けれど中盤のページを開いた時、書かれた文章に、アタシ達は声を失った。
『クリスへ 貴方から奪ってしまった物はいつもの神社に隠したわ。あなたがこの街に戻ってきたら、樹の根元を掘り返してみて。 江田梅子』
…
部屋に戻ったアタシ達は、すぐに発見したノートを二人にも見せた。
「……間違いない。これはお母様の字だ」
「宛名のクリスって誰の事かしら?」
「たぶんママの事だと思う。ママの名前はクリスティン・ナイトレイ・鷺沼だから」
「つまり江田さんのお母さんがアリサのお母さんから奪ってしまった物をどこかに隠したという事だね」
そこで疑問符が浮かんだ。
「江田ちゃんのママって、確か江田ちゃんが生まれてすぐに亡くなったんだよね?」
「ああ、そうだ」
「アタシの生後半年経つまで、ママはイギリスに戻ってたんだって。これって、アタシ達が生まれる前に書かれたメッセージって事だよね?」
「私達のお母さんは小さい頃から交流があるのは知ってたのだけれど、桜子のお母さんだけは私もよく知らないのよね。アリサちゃんのお母さんとはどういう関係なのかしら……?」
「奪ってしまったとはどういう事だろうか……?」
「そもそもアリサのお母さんはこの話を知っているのかな……?」
口々に思い付いた疑問を話す。
答えは当然出ない。
三人とも口を閉ざしていたが、アタシはあるアイデアを思い付いた。
「宝探しに行こう!」
アタシが何か提案する度に、三人が目を丸くするのはもう慣れっこだ。
「宝? そんな事、メッセージには書かれてないけど?」
「きっと宝物だよ! アタシだって自由くんの宝物だったオモチャを勝手に取って壊しちゃったし、きっと奪う程大切な物なんだよ」
「なるほど、そう考えられるかも……って、アリサ! 小さい頃取ってったアレ、壊しちゃったの!?」
「あ……!? てへっ、何の事かなー……」
自由くんの視線が痛くて、アタシはそっと目をそらした。
「だが肝心の物はまだあるのだろうか? 少なくとも14年前の出来事だ。もしかしたらアリサのお母様はこれを知っていて既に無い可能性もある」
「それにこれはお母さん達の秘密にしておきたい事だろうし。そう簡単に踏み込んでいい事では無いと僕は思うよ」
「あら、私はワクワクするわ。見つけたらアリサちゃんのお母さんに渡すなりすれば良いと思うわよ」
「うん、アタシもそのつもり。大事なのは宝の中身じゃなくて、見つける事だよ! やってみようよ!」
押しを強めに言うと、最初は渋い顔をしていた江田ちゃんと自由くんも、しょうが無いとばかりに、乗ってくれる事になった。
「アリサの無茶をフォローするのはいつも僕達だね。僕達がいなかったらアリサはもっと変な無茶をするだろう?」
「進みたいだけ進むのはアリサの良い所でもある。私達はいつもその後を付いていってるのだからな。今回もそうするさ」
「二人共……ありがとー!」
アタシは感極まって、三人に抱きついた。
その反動で4人とも畳に思い切り倒れた。
痛いやら嬉しいやら、恥ずかしいやら可笑しいやらで、アタシ達は無邪気に笑いあう。
捜索は、明日始める事に決まった。
…
夜、アタシはリビングのソファに座りながらテレビを見ているママに、和泉ちゃんが昼間に話していた疑問を聞いてみる事にした。
「ママ、聞きたい事があるんだけど」
「なぁに?」
ちょっと酔ってる。
机にビールの缶が置いてある。
酔っぱらってる間に聞いちゃえ。
「今日、江田ちゃんの家に遊びに行ったんだけど。和泉ちゃんと自由くんのママとは交流があるのに、江田ちゃんのママとはあまり親しかったって話を聞かないなぁって思ったんだけど」
「それはそうよ。アリサも知ってるでしょ? 江田さん家のママは桜子ちゃんが生まれてすぐの頃に亡くなってるから、親しくなりようが無いわ」
「それでも、江田ちゃんのママの事は知ってるの?」
「んー、そうね」
「ねぇねぇ、聞かせてよ。アタシ、二人の関係を知りたーい」
「むふふ、知りたいの?」
酔いが回ってきているらしい。
全く、弱いくせに酒好きなものだから、いつも後始末に困る。
「そうねぇ、何から話そうかしら……」
「二人は何時出会ったの?」
「そうね……梅子と出会ったのは、高校2年の時ね。
梅子は身体が生まれつき弱くてね、入った高校でも入院が多くて1年留年してたの。復帰したのは6月くらいで、その頃になるともう彼女にクラスでの場所は無かったわ。
私もイギリスから転入したから、最初は友達が上手くできなくてね。自分とダブって見えたわ。だから教室で一人ぼっちだった梅子を見かねた私が声をかけたの。
梅子を仲間に入れるって言ったら、ふた子と美波も賛成してくれたわ」
和泉ちゃん家のママがふた子という名前で、自由くん家のママは美波という。
三人はこの時から既に友達だったらしい。
「私達は高校を卒業してもずっと一緒でね、社会に出てからも暇があれば一緒に遊んだなぁ」
昔を懐かしむ目は、次第に眠気で虚ろ気味になっていく。
「あれは……確かイギリスに一年間だけ帰る事になって、その一ヶ月前だったかなぁ……。梅子が私の宝物を壊しちゃって、もう二度と会いたくないって言っちゃって、梅子すごい泣いてたのに私は凄い怒ってたから色々罵って別れて……そうだ、イギリスに移って半年後、桜子ちゃんとアリサが同じ時期に生まれた頃……梅子が死んだって聞いて……」
虚ろな目に、うっすらと涙が浮かぶ。
「会いたいなぁ……梅子、ごめんね梅子。会いたいよ……」
ママはそのまま眠ってしまった。
アタシはママに毛布を掛けてあげて、自室に戻った。
ママは梅子さんと喧嘩別れしてから一度も会っていない。
あの様子だと、梅子さんが残した物をママは知らない筈。
見つけて、渡してあげたい。
梅子さんの気持ちがどんな物だったのか、アタシは知りたい。
明日の宝探しに、強い使命感を感じていた。
…
メッセージには神社の木の下と書いてあった。
神社と言われたら、アタシたちには最初に行くべき場所があった。
和泉ちゃんの家――多磨神社である。
「さあ、宝探しを始めよう!」
「どこから探すの?」
「……どうしよっか?」
多磨神社は森の中に隠れる様にして存在する場所だ。
鬱蒼とした竹林が森を囲み、更にその森の中心に開けた空間がある。それがこの神社の境内だ。
森に囲まれている所為で日光が差し込む時間はお昼前後のみと少ない。
自由くんは、「こんな神秘的な空間だからこそ、神社としての箔が付くんだろうね」と言っていた。
昨日の雨の所為かジメジメしてぬかるんでて、居て気持ちのいい所とは思えなかった。
「メッセージの木ってどれの事だろう?」
「境内にも数本立っているのだけれど、どれも樹齢千年以上と言われているから、根本を掘り返したりしたら怒られちゃうわ」
「もしメッセージが指す木が森の中の一本だとしたら大変だ。それこそ砂漠の中に落ちた針を探すのに等しいだろう」
「えー、こんな大量の木を片っ端からなんて、夏休みがどれだけあっても足りないよぉ!」
宝探しは早くも壁に直面していた。
そんな時、メッセージを読み返していた自由くんが疑問を口にする。
「このメッセージ、『いつもの神社』って書いてあるけど」
「それはそうだ。だからこの多磨神社に来たのだろう?」
「そもそも『いつもの神社』というのが多磨神社である確証は無いけれど、例え多磨神社で合ってたとしたら、ここに書かれている木は二人にとって馴染みの深い木であるべきなんだ」
「なるほど! さっすが自由くん、頼りになるー!」
自由くんに抱きつくいて頬をスリスリすると、恥ずかしそうに苦笑した。
「アリサ、早速君のお母様に聞いてみてくれないか?」
「うん、分かったよ」
アタシは携帯電話を取り出してママの電話に掛けてみた。
しかし一分程して通話を切った。
「アリサ、どうだったの?」
「ダメ。今会議中で電話を取れるのは3時間か4時間後だって」
「む、それは困ったな」
どうしようも無くなり、アタシたちは壁の前で立ち往生せざるをえなくなった。
一先ず和泉ちゃん家の縁側で一休みする事となった。
和泉ちゃんは緑茶を用意してくれて、そんな彼女と江田ちゃんは何やら神社の今後の祭事予定について話している。
江田ちゃん家と和泉ちゃんの家はとても古くからの関係だったらしいから、きっとそれぞれの跡継ぎとして大変なんだろう。
そういうのとは無縁なアタシはボーっと携帯を見て時間を潰していた。
そして自由くんだけが、必死に思考を巡らせてうんうん唸っていた。
「そういえば一緒に遊んでいたのは梅子さんとクリスさんだけなのかな?。僕のお母さんやふた子さんも一緒だったかもしれない」
「という事は他の二人に聞いたら、何か分かるかもしれないんだね!?」
「そういう事なら私、ちょっとお母さんに聞いてくるわね」
そう言って和泉ちゃんは家の奥へと走っていった。
暫くして、和泉ちゃんはふた子さんを連れてきた。
ふた子さんはこの神社の宮司であり、巫女でもある。
今は巫女としての仕事をしていた為か、赤い袴の巫女服姿になっている。
後ろで束ねた黒い髪と合わせて見ても、これぞ大和撫子と思える程の清楚さと美しさに見とれてしまう。
というか、ママと同い年とは思えないくらいの若々しさだ。
ママ、もうちょっと頑張って!
「みんな、急にどうしたのかしら?」
「お忙しい所すみません。僕達、お母さんが学生だった頃の事を知りたいんです。それで幾つか質問があるのですが、聞いてもいいですか?」
「あらあら、私に答えられる事なら何でも聞いて」
「ありがとうございます。私のお母様とふた子さん、それとクリスさん、美波さんはよく神社で遊んでいたと聞いたのですが、ここの事なのですか?」
江田ちゃんが質問した事でふた子さんは何か思い当たったのか、何かに納得した様子で答える。
「ええ、そうよ」
「でしたらここで遊んでいた時の事を、お聞かせ頂いてもよろしいでしょうか? 例えば、木登りしたとか」
「……もしかして、あの『メッセージ』を見たのね?」
単刀直入にして眼光炯炯。
直接的かつ全てを見透かしたかの様な発言に、四人とも一斉に驚き、息を飲んだ。
「あ、あの! ふた子さんは江田ちゃんのママが……梅子さんが残したメッセージを知っているんですか?」
「ええ。本当はクリスが見つけるまで絶対に誰にも言わないつもりだったのだけれど……因果なものね、あれを梅子とクリスの子供が見つけるなんて」
「場所を知っていたら教えて頂け無いだろうか!? 私は、お母様の真意を……残した物が何なのか知りたいのだ!」
「……家の裏に周りと比べて小さい桐の木があるわ。そこの根本を探してみてね。全てはそこに眠っているわ」
「あ、ありがとうございます! 私達、早速探しにいってきまーす!」
アタシ達は早速目的地へ向かって走りだした。
目的の桐の木はすぐに見つかった。
やや枯れかけた薄紫の花を咲かせたその木は、確かに周りの桐の木よりも背が低かった。
まるで、木の子供が親に囲まれているみたいだった。
アタシたちは、木の根っこを傷つけない様に土を掘り始めた。
雨が上がった次の日の土というのは柔らかくふやけているので、掘るのは女子の手でも簡単だった。
そして3時間が過ぎた時、それは出てきた。
「みんなー、何か出てきたよー!」
「本当か、アリサ!」
3人がアタシの元へ集まってくる。
アタシ達は掘り起こしたそれを見つめる。
出てきたのは、ブリキ四角い箱だった。
「この中に、宝が入ってるのかな?」
「ともかく、開けてみましょう?」
箱を開けると、中に入っていたのは――
片方が壊れた一対のイヤリングと、8ミリビデオテープだった。
「何だろ、これ?」
「イヤリングと、ビデオテープの様だな」
「江田ちゃん、ビデオテープって何?」
「ふむ、何と説明したら良いか……自由、頼む」
「えっとねアリサ、簡単に言うと、DVDやBlu-rayが生まれるよりずっと前に有った映像や音を記録する物だよ。このテープの中には、何らかの映像か音声が入っているんだ」
「って事は、この中には何か手がかりがあるかもだね!?」
「ああ、だが……8ミリビデオを再生する機械など、私の家にも無いぞ」
「あら、私の家にはまだあるわよ」
「和泉さん、何でそんなの持ってるの!?」
「さあ……お母さんがずっと持ってたのよ。いつか必要になるからって」
「さっすが和泉ちゃんのママ!」
「和泉さんのお母さん、こうなる事を予測してたの……?」
「さあ、どうかしらね?」
和泉ちゃんの浮かべる笑顔に、自由くんと江田ちゃんは苦笑いを返した。
アタシはその意味にも気が付かず、宝にたどり着いたとただ喜んでいた。
…
その日の夜、アタシは仕事から帰ってきたばかりのママをリビングに連れて行った。
「ママに見せたい物があるんだー!」
「何々、何かしらー?」
リビングのテレビの前に案内されると、ママはテレビに接続されている8ミリビデオデッキに驚き、懐かしさに口元を緩ませた。
「わ、懐かしい……。私が高校生の時にまだあった物よ。どこでこんなの持ってきたの?」
「和泉ちゃんのお母さんが貸してくれたんだ」
「ふた子が……?」
ふた子さんはビデオデッキを快く貸してくれた。
まるでこうなる事が予め分かっていたみたいに、アタシ達が家の中に戻った時には既に奥から出しておいてくれた。本当に準備がいい。
「それでね、このテープを見て欲しいんだ」
「いいけど、何が入ってるのかしら?」
「実はね、アタシもまだ見てないんだ」
「どういう事?」
「実は……昨日江田ちゃんの家に行った時、このノートを見つけたんだ」
そう言ってアタシはノートのメッセージが書かれたページをママに見せた。
「こ、これは……!?」
「ごめん、隠してて。このメッセージを頼りに多磨神社へ行ったら、このテープとこのイヤリングを見つけたの」
イヤリングを差し出すと、ママは恐る恐る手に取る。
「嘘……遺品には無かったから梅子が失くしたと思ってたのに……」
「このイヤリング、何なの?」
「……先に、テープを見ましょ」
「……うん」
アタシはテープをビデオデッキに入れ、再生を押した。
ソファに座るアタシとママは、食い入る様にテレビに注目する。
雑音と砂嵐の後、映像は例の桐の木と、その横で椅子に座る和服の女性が映った。
一瞬呪いのテープかと思ってドキドキした。
『梅子、映像始まったわよ』
『ありがとうね、ふた子ちゃん。えっと、そうね……』
和服の女性が梅子さんらしい。
江田ちゃんと似て長い黒髪のよく似合う美人さんだ。
『クリス。これを見ている頃には、私はこの世にいないかもしれないわね。色んな小説をあなたと読んだけれど、まさか私が小説に書かれた様な遺言を残すとは思ってもみなかったわ。
あ……もしかしたら予想よりも早くこれを見ているかもしれないし、誰の目にも映らないままかもしれない。あなたが私の事を気に留めていないのなら、このまま誰の目にも触れられない方がいいのかもしれないわね。ふた子ちゃんも、お願いね』
『梅子……分かったわ』
『ありがとう。……クリス、あなたは自国に戻って子供を産んで、また戻ってくると言っていたのだけれど、ひょっとしたら間に合わないわね。私もこのお腹の子を産んだ後、出来るだけ長く生きてみるつもりだけど。
私がこの映像を残したのは、アナタに謝りたかったから。
私はあなたとの永遠の友情の証である、このイヤリングを壊してしまった。
高校の時に一生友達と言ってお揃いを買ったのに、あなたも私が長くない事を知っていたから、これを特に大切にしていたわね。だからあなたのイヤリングを壊してしまった時、私もあなたの気持ちと同じくらい、後悔したわ。
これを直す事は簡単かもしれないけれど、ひび割れた友情はもう修復できないかもしれない。だからこれは自戒と謝罪の気持ちを込めて、この木と共に保存しておきます。
ごめんね、クリス』
「謝るのは私よ、梅子……!」
突然、ママは小さく呟いた。
振り向くと、ママは涙を流して、画面の梅子さんをジッと見つめていた。
『私はずっと、あなたを大切な友達と思っているわ。高校の時に声をかけてくれたあなたを、あなたの笑顔を死んでも忘れない。
大好きよ、クリス』
梅子さんの笑顔は残像となって砂嵐に消えた。
後にはまた、元の雑音と砂嵐だけが残った。
「ママ……」
「ぐすっ……ごめんね、カッコ悪い所見せたわね」
「ううん、大丈夫だよ」
ママは涙を拭うと、アタシに話し始めた。
「私、ずっと後悔していたの。あんなに辛く当たる事無かったのに、意固地になって電話もせず、死んだと知って初めて後悔して、もっとやれる事があった筈なのにってね。もう全てが遅いのだけれど……でも」
ママはアタシの頭をそっと撫でて言った。
「あなた達のお陰で、少しだけ後悔が無くなったわ。ありがとうね、アリサ」
「……うん!」
不思議な事だけれど、アタシはこの時、ようやくママもアタシと同じく色々考えて、色々悩んで、色々後悔してるのだと実感した。
親は身近な存在なのに、子供にとっては目上というか、強者に感じる。
それは尊敬の念が強い程、そういう感覚になってくる。
それは当然の事だし、今みたいにちょっと気弱な部分を見せたからって変わる物でもない。
けれど、ママにもアタシと同じくらい世間知らずな状態で物事を見て、考えて、後悔した事があるのだと知った時、ママが何を考えて生きているのか分かった気がして、少し安心した。
その安心感は、アタシにとって『なりたい大人』のイメージにぴたりと当てはまっていて……。
他人に安心感を与えてくれる大人に――ママの様になりたいなと、改めて思った。
…
次の日、アタシ達はまた江田ちゃんの家に集まった。
「江田ちゃんのママの想い、ちゃんと伝わって良かったよ」
「そうだな。お母様も、きっと喜んでいる事だろう」
「ところでみんな、自由研究は結局何をするの?」
「あー!? そうだった、忘れてたぁ……」
「あらあら、アリサちゃんらしいわね」
「やはりあの地図で比較を作るのが妥当か。では今から図書館に赴こうか」
「うぇー、本読むのダルよぉ」
「そんな事言って……ほら、シャンとして」
「うーん、今日は眠いから自由くんと一緒にお布団入るー」
「な、何言ってるのさ!」
「あらあら、本当に二人は仲良しさんね」
「全くだ、後は二人で勝手にしていてくれ」
そう言って江田ちゃんと和泉ちゃんは部屋を出ていこうとする。
「ちょ、アリサ! 二人共行っちゃうよ。離れてよ!」
「むにゃ……いっぱい食べたい……」
「寝ないでアリサ! もう……起きてよぉー!」
了