彼女の炎
「それで、メルクさんはその神殿で一体何をしていたんですか?」
「さあ?私は知りませんし知りたくもありません」
「私たちが湖の国にいた間にそんなことが……」
ソフィアがそうポツリと漏らすとリヴィアは怪訝な顔をして言った。
「私たち?あの男が現れたのは今から五十年以上前の話ですが。人間は意外に長生きなのですね」
今度はソフィアが怪訝を返した。
「五十年……?」
「そんなことよりも、あなたはメルク ハインラインを知っているのですか」
リヴィアの目に怪しい光が灯った。ソフィアはその余りの迫力に思わずたじろぐ。
「い、いえ……」
とは言ってもリヴィアの話に出てくるメルクはどう考えてもソフィアの知るメルクそのものだ。
そもそもメルク ハインラインなんて珍しい名前ーーまあ偽名なのだがーーはそういない。
「どうなんですか」
「ど……どうなんでしょう……?」
と、何となく愛想笑いを返すソフィアだった、
エリー以下ソフィア以外の全員は窓一つない四角い空間に監禁されていた。材質は手首ほどの太さの蔦なのだがシュウの槍を使っても切れず、魔法も使えない。
「流石エルフの里だけあるな、精霊が全く反応しない」
エルフは全種族の中で最高の魔法適正を持っている。そんな中で人間の魔力では到底太刀打ちできない。
そこで頼みの綱のアリサは、というと大変深い眠りに落ちていて突こうが叩こうが起きる気配がない。
「ソフィアさんが心配ですね……」
ククがぽつりと漏らした。
谷を真っ逆さまに落ちたあの時、シュウ達は何とか体勢を立て直し、改めて辺りを見渡すと谷底なのにも関わらず上空からは光が差し込み、高さ百メートルを超える巨木群の枝が絡み合い、まるで幾十ものツリーハウスを連結させたような集落、というよりは街のある空間が広がっていた。
その風景に圧倒されるのもままならず、シュウ達はエルフに取り囲まれ、この蔦の牢獄に監禁された。
その際気を失っていたソフィアは別の場所へ連れていかれたのだ。
「エルフは他の種族を見つけ次第殺す、恐ろしい種族だと聞いています」
「それはどうだかな、現状その例外がここに五人もいる」
「だがそれは……」
「あいつだけが連れて行かれたのは何かしらの理由があるんだろう。俺たちでさえまだ生きてるんだ、そう簡単に殺されるとは思えん」
ことソフィアに関してはククと、特にエリーは感情的になりやすい。その点シュウはいろんな意味で冷静に考えることができる。
「ですがその理由というのはなんなのでしょう」
膝の上で幸せそうな寝息を立てているアリサの頭を撫でながらユイが言った。
「王女様だからでしょうか」
「単純に綺麗だったからじゃないか?」
「……ヘリオスは何か感じるものはあったか?」
シュウが傍の槍に問いかけるとふわり、と褐色の肌に銀髪の青年が現れた。
「間違いなく精霊の巫女の力だろうな」
何を当然のことを、といったちょうしでヘリオスは言った。
「精霊の巫女?」
「ああそうだ。エルフが興味を示すとしたらそこしかないだろう」
「何なんだ?精霊の巫女というのは」
「まさかお前達、気づかなかったのか?」
エリー達は、シュウも含めて互いに顔を見合わせた。そして一様に首を横に振る。
「巫女、すなわち本来魔力という使役関係でしかない人間と精霊を繋ぐ存在だ」
「いつから知ってた?」
「いつからも何も、最初に見た瞬間からだが?」
シュウはため息を吐いて頭を抱えた。
「精霊と人間を繋ぐ、とは具体的にどういうことなんですか?」
「会話できるんだよ、精霊と」
「会話って……今私たち、話せてますよね?」
「高位の精霊になれば器を持つことで会話もできる。俺が言ってるのは普通の、その辺にいる精霊のことだよ」
「じゃあエルフはその能力を狙っていると?」
「奴らの信仰対象は精霊だ。何としてもその能力を手に入れようとするだろうな」
「そんな……」
エリーは唇を噛み締めた。
「……」
おもむろにシュウは槍を掴み、壁に向かった。そして手の平で壁をなぞる。
「ヘリオス、限界まで俺によこせ」
するとヘリオスはため息を吐いてシュウの槍へと吸い込まれて消えていった。
『死ぬ気か?』
「そんなつもりは毛頭無いな」
メルク同様、精霊王の力を直接自分のものとして行使する。それは即ち人智を超えた力であり、人に赦された領分を逸脱する行為。
『あの娘にそこまでの義理は無いと思うがな』
「義理とかじゃないさ」
槍を通して力の濁流がシュウに降り注ぐ。
行き場をなくした凶器が暴れ回り身体の節々が悲鳴を上げ始めた。
「く……この……!」
精霊王の魔力も合わせてようやく精霊がシュウの命令に耳を傾けだし、少しづつ槍先の炎が大きくなっていく。
エリー達も何やらただならぬ気配を察してシュウの後ろへ避難した。
『もう限界だ。死ぬぞ』
「まだ……足りない」
槍を握る右腕の感覚がなくなってきた。
だがそれと引き換えに槍先の炎はさらに肥大し、後ろに隠れるエリー達の頬を焼くまでになっていた。
「こ……の!」
蔦と蔦の隙間目掛けて渾身の力を込めて槍を投擲する。
穂先が壁へ届く、その瞬間、耳をつんざく爆音と目を閉じていても感じる閃光で辺りは満たされ、そして火山の火口のような爆熱を撒き散らしながら牢獄は砕け散った。
幸いすぐ下の枝に拾われ、エリー達は軽い腰の痛み程度で済んだのだがシュウはまともに起き上がることすらできない。
「シュウ様!」
光の如くスピードでユイが駆け寄り、肩を貸して引き起こす。
「あの……ありがとうございます」
「そう思うなら何としてもソフィアを見つけるんだな」
突如、大地……大木の枝を揺らす大爆発音が轟いた。ソフィアも、クルトも、リヴィアでさえ飛び上がって驚いた。
「た……大変です!捕虜の人間共が……」
部屋に飛び込んで来たエルフがしまった、という顔をするがもう遅い。ソフィアはリヴィアに詰め寄った。
「捕虜とはどういうことですか!」
「貴方は家の中に侵入した害虫をどうしますか?殺さなかっただけ感謝してもらいたいものです」
「そんな……」
リヴィアがソフィアを払いのけるのと壁が勢いよく破壊されるのはほぼ同時だった。
苦々しい舌打ちがソフィアの耳元で聞こえた。
「ソフィア様!無事ですか!」
「エリー!」
「まさか獣人の鼻がこんなところで役に立つとはな」
シュウに褒められ?てククはちょっぴり嬉しそうだった。
「人間に獣人に果てには淫魔ですか、まったくバラエティーに富んだパーティを作りましたね」
体に付いた埃を払い、リヴィアは立ち上がった。
「生きて帰れると思うなよ?劣等種共」
その眼差しにソフィアの背筋に嫌な汗が流れた。とても人を見る目ではない。まるで戦っているときのメルクのようだった。
「まあまあリヴィア、そういきりたつな」
音もなくリヴィアの肩に杖をついた老エルフが手を乗せた。
「ち、長老! ですが……」
「何もこのまま見逃せと言っているわけじゃあない。エルフの流儀で白黒つけようと言ってるんだよ」
リヴィアはまだ納得していない顔をしていたが長老に何事か耳打ちされ、渋々了承したようだった。
それを見て長老は満足そうに目を細めた。
「そちらから一人、こちらから一人、決闘をしてもらう。単純だろう?」
一同は枝が絡まり合って広場のような空間になっている場所へやって来た。
「で、誰が出るか、だが……」
シュウはソフィアから順番に顔を見渡した。
エルフ相手にまともに戦っても勝ち目は無い。唯一目があるとすればシュウかアリサだがシュウ今はとてもじゃないが戦闘できる状態じゃない上アリサは爆睡中だ。
「私が……」
私が行こう、とエリーが名乗りを上げる前にソフィアが一歩前に進み出た。
「私が出ます」
全員が慌てて止めに入るがソフィアはその意思を変えようとしない。
ソフィア自身に何か策があるわけではない。ただボロボロのシュウを見た瞬間、何かの使命感、のようなものが沸き起こったのだ。
「ここは私にやらせていただけませんか」
全員が反対する中、シュウだけがソフィアの背中を押した。
「何をするんだ!」
「こいつはあいつの妹だぞ?俺たちが何か言ったところで素直に聞くタマじゃないだろう」
「それは……」
それでも不安そうなエリー達に見送られ、広場の中央に進んだ。
エルフの側からはやはりというか長老に連れられたリヴィアが出るようだった。
「あの男の言葉が本当かどうか、確かめさせてもらうよ」
長老はそうソフィアに耳打ちするとエルフの一団の元へと戻って行った。
「まさかお前が出てくるとはな」
「そう簡単に負けるつもりはありません」
ふん、とリヴィアは鼻を鳴らし、腰のナイフを地面に置いた。
「その選択、必ず後悔します」
ソフィアが僅かに動いた、その瞬間、リヴィアは全速力でソフィアに突進した。
「っつ!」
目にも留まらぬ速さのその拳ソフィアは体を斜め後ろに逸らして躱した。
「んな……」
リヴィアの突きはエルフとはいえ鍛え抜かれた一撃だ。鍛えた人間でもそうやすやすと避けられる代物ではない。
右脚、左裏拳、左回し蹴り、次々と繰り出される体術をソフィアは時に躱し、時に受け、何とか凌いでいる。これにはリヴィアはもちろん、エリー達も言葉を無くしてしまった。
「どういうカラクリです?」
「私だってあの時間を無為に過ごしていたわけではありません」
エリーやククがメルクと組み手をしている間、ソフィアは湖の城でフェルナンドや雷帝ベンゼル、炎姫アクリといった錚々たるメンバーに体術の稽古をつけてもらっていたのだ。
だがそれでも所詮受け技に絞った上に付け焼き刃の技だ。リヴィアの蓮撃を受けきるのに精一杯で攻め手まで考える余裕もない。
「それよりも、どうして魔法を使わないのですか」
そもそもリヴィアが魔法を本気で使えば瞬きする間にソフィアなど塵にすることも可能なのだ。だがリヴィアが使うのは体術のみだ。そこにはリヴィアなりの意地があるのだろう。
「お前など……魔法を使うまでもないからだ!」
リヴィア渾身の蹴りがソフィアの体を捉えた。その衝撃によろけた隙を見逃すわけもなく全体重を乗せた掌打を叩きつける。
「……っ!」
肺と心臓が圧迫されて息が詰まる。
大きく吹き飛ばされ、仰向けに倒れるソフィアの上に覆い被さり、腕で首を絞める。
「なぜ一番非力なお前がここに出てきた」
「……」
両手で何とか首元にくうかんを作り、空気を通す。
「確かに私が一番非力です」
「ならばなぜ……」
「だからです。だからこれからも何度となく命を張ってくれと言う時があるでしょう。だからここで私が立ち向かわなくてはならないのです」
頭をリヴィアの頭に打ち付け、その隙に腕を振りほどく。
「皆さんを巻き込んだのは私です。だからこそ私がここで命を張らなくてはならないのです!」
そうソフィアが吼えた瞬間、周囲の大気が震えた。いや、空間そのものだったのだろうか、いずれにせよリヴィアはソフィアから底の知れない何かを感じた。
吹けば飛ぶよう、今のソフィアを形容するならばそれが一番相応しいだろう。息遣いも荒く、腕には青あざがまだらに浮かび上がり、膝は震えている。
だがその瞳の奥には決して消えない炎が滾っていた。
メルクと相対した時に感じた感じとは違う、だがそれと同等、いやそれ以上に強力な意思だった。
「なぜだ……なぜ!」
あと一押し、それで決着がつく。だがリヴィアにはそうできなかった。
体が動かない。目の前の小さな少女の底知れない力に体が竦んでしまっていた。
後ずさる。一歩、また一歩。その時だった。足の先に何かが触れた。
カラン、という軽い金属音。それが最初に自分が置いたものであることに気づくのは容易だった。
これを使えば……そんな考えが一瞬脳裏をよぎった。いや、これだけじゃない。魔法だって使えば……
「終了だ」
一瞬辺り一帯が静まり返った。ごく普通の声色ながら不思議とよく通る。
「リヴィア、あなたの負けです」
そう告げる族長は厳しく、だがどこか楽しげだった。
「ですが私はまだ……」
「己の心に負けるようではあの娘には勝てんよ」
この一連の流れについていけず呆然と立ち尽くしていたソフィアだが駆け寄ってくる仲間の表情で結果を悟ることができた。
「勝った……のですね」
「ソフィア様!」
緊張から解放され、倒れこむソフィアをエリーは受け止めた。
「ご無事で……何よりです」
「さあ、約束は守ってもらえるんだろうな?」
シュウは族長に言った。
「約束?何のことかわからないね」
しかし族長の返答は全く予想外のものだった。
「まさかエルフがここまで礼節を知らない種族とはな」
「この決闘に関してあんた達は何も取り決めをしていない。第一リヴィアは負けたわけじゃない」
「でもあのまま続けていれば……」
「続けていれば、何だい?そっちの小娘が勝てるとでも?」
「こちらから出せるものはあんた達の無事の帰還、それだけだ。それ以上を望むならいくらでも相手になるよ」
ソフィアは唇を噛み締めた。あのまま続けていれば間違いなくソフィアは殺されていた。魔法も、武器も使わない。リヴィアは目隠しと足枷をつけて戦っていたようなものだ。
結果は到底納得できるものではなかったがこの条件を呑むしかない。
「……わかりました」
太ももの短剣に手を伸ばすエリーを押さえ、ソフィアはそう言った。
どうも!最近ブルーベリー大福というお菓子を食べました。いちご大福みたいなものかな?と思っていたら何と中のあんこの中にブルーベリーが練りこまれてるんですねこれが。味?うーん、あんこの素直な甘さとブルーベリーのツンとした甘酸っぱさがけんかしていました。やっぱりいちご大福が一番ですかね!
先月はすみませんでした。ではまた!




