小さく、大きい一歩
ここ数ヶ月間、火の国と湖の国は国境付近での小競り合いが頻発していた。痩せた国土のせいで侵略戦争に勝ち続けなければ国を維持できない火の国とこれ以上火の国の力が膨れ上がることに危機感を覚える湖の国。両者の緊張状態は既に限界に達しており、いつ戦いの火蓋が切られてもおかしくない状況だ。そこで湖の国は国民に同盟国風の国の弔い合戦、という大義名分を掲げて戦争を飲み込ませるつもりなのだ。とシュウは説明した。
「それと私とどう関係があるのですか?」
「おおかた悲劇のヒロインにでも祭り上げるつもりだったんだろう。目に見える大義ほどわかりやすい口実はないからな」
シュウは吐き捨てるように言った。ここに来て全員がメルクの言葉に納得することができた。
『ソフィアだけは何としても逃がさなきゃならない』
それは誰よりも戦争の痛みを知り、それを嫌悪するソフィア自身を戦争の火種にさせないためだったのだ。
「ですがあのフェルナンドさんがこんなことで折れるとは思えません」
「まあ、それもそうだな。となれば……」
「湖の国の王に取れる手段は二つ。一つ目はソフィア ルナ レ テンペスタを秘密裏に捜索し、当初の予定通り火種として祭り上げる、もう一つは言葉巧みに自国民を丸め込んで納得させる……」
まあ、あの王ならば後者を選ぶだろうがな、とシュウは呟いた。その意見には全員が納得している。無駄に捜索に兵力を割くよりもその方がずっと手っ取り早いし、何よりそれを可能にするだけの力がフェルナンドにはある。
「ではどうしてメルクさんは私たちと来てくれなかったのでしょうか」
さあ、とシュウは首を振った。メルクがソフィア達を逃した理由も、シュウを仲間に引き入れた理由もわかったがメルクが一緒に来ていない理由がわからない。
「それについてはいくら考えても仕方がないだろう」
「それはそうですが……」
「でもメルクさんはずっと私たちと一緒にいてくれました!」
ククが語気を強めた。
「だがメルクがシュウに言ったという言葉が気になるな」
『俺は……多分無理だな』
ソフィアは改めてその言葉を反芻してみる。言葉だけの見ればメルクは何か別にすることがあるのか、それともソフィアと共にいられない理由があるのか判断がつけられない。だがソフィアはこうも思うのだ。これは初めてメルクがソフィアを頼っている、ということなのではないか、と。メルクがソフィアを逃したのは果たして本当にソフィアの安全だけを思って、のことなのだろうか。その先の何かをソフィアな求めているのではないか。生き残った者としての責任を。
「だとしたら……」
もしメルクがそう思って数々の危険を冒してソフィアを逃したならばそれはソフィアの願いとも重なる。
本当にメルクがそう考えての行動だという確証はどこにもない。だがソフィアはメルクがこの現実に納得しているわけがないということは確信していた。
「私は風の国の生き残りです」
全員の視線がソフィアに集まる。
「だから生き残った私には責任があります。もう二度とあのような惨劇は繰り返してはならない。人の命が一切の価値を無くす戦争は二度と起こしてはいけません」
ソフィアは一つ一つ慎重に言葉を選び、紡ぎ出した。
「だから……皆さんの力を私に……貸してください」
最後の一言を一息で言い切り、目を閉じた。無茶な願いだということはソフィアも百も承知だ。だが何としても戦争を止めたかった。風の国より大きな国同士が衝突すればその犠牲者は風の国の比ではなくなる。
ソフィアは恐る恐る瞼を開いた。だがソフィアの予想に反して嫌そうな顔や疑問を浮かべている者は1人もいなかった。
「私は元からソフィア様についてゆくと決めております」
「わ、わたしも何の役に立てるかわからないけど頑張ります!」
「そふぃはいいことしてる。だからわたしもてつだいます!」
戦争を止める、なんて大それたことをするにはシュウの力は必須だ。だが反対される確率が一番高いのもまたシュウ。だがシュウもソフィアの心配を軽く鼻で笑った。
「俺の任務はお前の守護だ。お前がどんな道を歩もうとその前を護る」
シュウがそう言うとユイも笑顔で頷いた。
「シュウさん、ありがとうございます」
「シュウでいい。俺たちに上下関係はないだろう?それに、礼を言われる必要があると思っている者は一人もいないと思うが?」
ソフィアは溢れ出る涙を指で拭い、一人一人を順番に見つめていった。
「私は……戦争を止めます。ですが私一人ではどうにもならないでしょう。そこで皆さんの力を借りたいと思います」
全員が力強く頷いた。
「それで、具体的にはどうするつもりだ?」
「まずは両者の代表を交渉のテーブルに就かせたいです」
戦争はお互いの意見や考え方の齟齬が生み出す結果の一つだとソフィアは考えている。ならば別の結果を用意し、誘導してやればいい。それが話し合い、という手段だ。
「だがそう簡単に交渉に応じるとは思えんがな」
「何か強力な仲介人がいれば話も変わってくるのですが」
シュウの苦言にエリーも唸った。ここでいう仲介人とは戦争の終結時や二国間にトラブルが発生した時に間を取り持つ役目のことだろう。一般には両者よりも強大な力を持っていること、そして完全な第三者であることが条件だ。だが今回争っているのは国力最大の水の国、そして武力最大の国火の国だ。この両国より強大な国などそう簡単に転がっているわけがない。
皆で頭を悩ませている最中、突然大きな重低音が響いた。何事かと辺りを見回すとその音源はすぐそばにあった。
「おなかがすきました!」
「お前……少しは状況を考えて……」
「おなかがすきました!」
ふふ、と自然とソフィアの口から笑みが漏れた。
「どうかしましたか?」
「いえ、何だかおかしくて」
こんな危機的な状況であるにも関わらずマイペースなアリサにどこか安心したのだ。同時につい最近であったはずの楽しい日常が既に遠くに感じる。
「そうだ、キリッとしたアリサさんなら何か知っているんじゃないでしょうか?」
「では私が……」
首筋を開こうとしたソフィアをエリーは制した。
「いえ、私がやりましょう。ソフィア様がこのようなところで消耗されては困ります」
エリーは服をはだけ、アリサの前に首筋を曝した。アリサは若干遠慮げにエリーの首筋に牙を立て、溢れ出る血を啜った。
「お、おい、まさかそいつは……」
シュウは眉を引きつらせた。ユイは素早くシュウの後ろに隠れる。
「失礼いたしました。私はアリサ。吸血鬼を始祖とする淫魔の末裔にございます」
アリサはシュウの前で膝を折った。シュウは頭を消えながらも口元で笑う。
「まったく、亡国の王女にそのメイド、獣人の小娘に果てには淫魔か……あいつの周りにはろくな人間が集まらないな」
「わ、私はメイドではなく侍女だ……」
エリーは立ち上がろうとしてよろけ倒れた。それをアリサが抱きとめる。
「すみません、抑えたつもりなのですが……」
「いや、大丈夫だ。だがこれからは全員で交代にした方がいいな」
メルクは風の精霊王、つまりシルの力によって強力な再生力とも言える治癒能力を持っていたがそれがないエリーやその他では少し吸いすぎただけで命に関わる。
「それよりもアリサ、湖の国や火の国以上に強力な国を知らないか?」
「強力な国、ですか……」
アリサは少しの間顎に手を当て、考え込んでいたがやがて首を横に振った。
「申し訳ありません。私の知識ではお役に立てそうにありません」
「そうですか……」
「ですが国、でなくて良いのであれば心当たりがないこともありません」
「国ではない?」
「はい。エルフの里、というものをご存知でしょうか」
「まあ、あるってことくらいは聞いていますけど……」
他の種族とは一線を画す魔法力を持った種族。その存在は誰もが知る事実なのだが人間や他の種族を嫌うエルフは滅多に人里に下りてくることがないのだ。従って彼らが住んでいる場所など誰も知り得ない。
「そもそもそんなものが本当に存在するのか?」
「はい。ただ私は一度だけ行ったことがあるのですが協力してくれる可能性は……」
ほぼゼロに近い、と全員があたまのなかで補完した。それほどエルフが他の種族と関わるのを嫌う、ということは良く知られているほど徹底されているのだ。
「ですが唯一の希望です。今はそれに賭けるしかありません」
「で、場所はどこにあるんですか?」
「東大陸と西大陸を分ける渓谷の下、です」
どうも、第三章は一章、二章と比べて一話一話を短くしてみようと思います。
とうとう風の唄も24話に到達しました。月に一話というゆっくりな更新ペースとはいえ丸2年、ついてきてくださった読者様には感謝し尽くせません。これからも風の唄をよろしくお願いします!




