吸血鬼!?夜の闇に棲まう者 後編
「……で、お前らはその吸血鬼を探してこの夜中に大捕物を演じたわけだ」
メルク宅、リビングのテーブルの一方に頭に大きなこぶを作ったメルクが腕を組んで座り、その向かい側に神妙な顔をしたソフィア、エリー、ククが、そして両者の横、メルクからみて右側、ソフィア達からみて左側の面に綺麗なブロンドの髪をした少女が俯きながら座っていた。
「でも吸血鬼は本当にいました!」
ククは強く自論を述べ、視線を金髪の少女に向けた。顔はメルクとほぼ変わらないくらいの歳に見えるが身体の方は妙に大人びている……メリハリがあるというか、引き締まっていてかつ出る所は出ていて……端的に言えばエロイ、というやつだ。緊張しているのかそれとも何か企んでいるのかずっと顔を下に向けていて一言も喋る気配を見せない。
「それだよ、本当に吸血鬼なのか?まあ、ククやエリーの動きについていったんだからただの人間じゃないとは思うが……」
最初メルクがクク達の話を聞いた時は獣人族ではないかと思っていたがフードを取ってみるとその頭に獣人族の象徴たる動物に似た耳が無かった。ということはかなりの手練れ、それこそメルク並みの人間、またはメルクすら知らない未知の何か、ということになる。
「……あの」
ついに金髪の少女が口を開いた。獣人のククや風の国で実質王女の親衛隊の役割を果たす侍女をしていたエリーを手玉に取った人物だ。その口からどんな言葉が出てくるのか誰もが固唾を飲んで見守った。少女は顔を上げ、メルク達を一人づつ見渡す。
「……おなかが……すきました」
「「「「……へ?」」」」
皆一様に口をあんぐりと開けて間抜けな声を漏らした。
「……おなかが……」
そう言いかけて少女はがくりとテーブルに倒れた。同時にぐぅーと今まで聞いたことが無いほど大きなお腹の音が鳴る。ソフィアは台所へと走り、夕食の残りのスープを温めて持ってきた。
「あの、これでよければ……」
湯気の立つスープを少女の前にコトリと置く。すると少女はゾンビのようにむくりと起き上がり、器のスープをぺろりと飲み干した。
「もっと!」
「は、はい!」
少女の迫力に気圧されてソフィアは台所からスープを鍋ごと持ってきた。しかし少女はそれすらもあっという間に空にしてしまった。
「もっと!」
「申し訳ありませんが今はそれが全部なんです」
新しく作ろうにも材料を買いに行かなければならない。それもこの夜中では叶わぬ願いだ。
「えー、このままじゃしぬ……かわいいおんなのこの血があれば……」
その少女がポロリと漏らした血、という一言にククを除いた全員が凍りついた。しかしククは興奮した様子でメルクにまくし立てる。
「ほら!やっぱり!私は間違っていなかったんですよ!」
我が意を得たりとばかりに尻尾をバタつかせて胸を反らせる。メルクは細心の注意を払いながら再びテーブルに突っ伏している少女に近づき、声をかけた。
「なあ、血ってどういうことだ?お前は本当に吸血鬼……」
「……もうだめ……」
ますます少女の体から力が抜けていく。メルクは舌打ちして服を引っ張って首筋を露出させた。
「え、メルクさん何をしてるんですか!」
「見りゃわかるだろ、血をやるんだよ、俺なら傷もすぐに治るからな」
「そういうことじゃないです!吸血鬼に噛まれたら吸血鬼になっちゃうんですよ?」
「そん時は……そん時考える。ほら、飲め」
そうメルクが言ったのか早かっただろうか、少女はメルクも反応できぬ速さでメルクの首筋に噛み付いた。鋭い犬歯で皮膚が破られ、赤い鮮血が溢れ出る。それを少女はメルクの体に抱きつくようにして吸っていた。
結果から言うとメルクが吸血鬼になる、ということはなかった。そしてメルク達を何より驚かせたのは血を吸った後の少女の変わりようだった。
「先ほどの無礼な振る舞い、心より謝罪いたします」
そう言って膝を地面に着き、深々と頭を下げた。喋り方といいとても食べ物を要求していたさっきまでの少女とは思えない。心なしか顔つきも凛々しくなった気がする。
「いや、それはもういいんだけどさ、いくつか俺たちの質問に答えてもらっていいか?」
「はい。このリザ フォルテ、可能な限り答えさせていただきます」
ここまで丁寧に応対されるとかえってメルク達が気後れするのだが言って聞くとは思えなかったので構わずメルクは続けた。
「まずリザ、お前は何者だ?獣人ではないよな」
リザは少しの間目を閉じて何か考え込んでいるようだった。だがやがて覚悟を決めたように口を開いた。
「私は……その、皆さんの言う吸血鬼ではありません」
メルク達はそれぞれ顔を見合わせる。ならば先ほど血を求めたのは何だったのか。リザは何か言いづらそうに口をもごもごさせ、一度深呼吸をして、そして言った。
「いえ正確には吸血鬼と呼ばれる存在は私達の祖先です。皆さんは淫魔、と言うのをご存知でしょうか」
「いんま?」
別名サキュバス。主に聖職者などの元に現れ、禁忌を侵させることによって堕落させる、といった生き物だったはずだ。しかしこれも吸血鬼同様お話の中だけの存在のはず。いやもう本物だと主張する者が一人、目の前にいるのだが。メルクはともかく続きを促してみる。
「まず順を追ってお話しいたします……」
それぞれの種族にはそれぞれ得手不得手がある。獣人族は魔法を一切使えないが身体能力は全種族中飛び抜けている。一方エルフはそれこそ魔法適性は全種族一だが身体能力は大きく劣る。また人間族は多少の魔法を使うことはできる代わりに身体能力が高いわけではない。このように自然に種族間で力のバランスを取っているのだ。つまり身体能力と魔法適性は天秤のようなもので一方を取ればもう一方は捨てなければならない。どちらとも取ろうとすればそれなりの対価が付いてきてしまう。例えば人魚族はエルフに匹敵する魔法適性と高い身体能力を併せ持つがその活動領域は水中に限定される。それと同様に吸血鬼は高い身体能力と魔力適性を併せ持っていたがその代償はその名の由来でもある『多種族への吸血行為』だったのだ。それも単なる儀式的なものではない。その行為によって血液を介して魔力を外部から摂取していたというのだ。
「……しかしその行為の特性上他の種族に危害を加えなければ生きていけません。だから私達の種族は迫害に遭い、住む場所を追いやられました」
それはそうだ。隣の住人がいつ血を吸いに来るかわからない生活などメルクであっても真っ平御免だ。例えそれが生きるために必要な行為であると知っていても。
「そこで祖先が編み出した苦肉の策が……その……精液から魔力を摂取する、と言うものでした」
なるほど、確かに精液ならば血液と違って直接命の危険につながるわけではない。多少効率が落ちてもより共存のできる道を模索したわけだ。
「しかし私達への迫害は収まらず、吸血鬼は滅び、淫魔も少しづつその数を減らしていった……と聞いています」
「聞いている?」
「はい。私は淫魔の末裔だと母から聞かされました」
その特性から他のどの種族からも忌み嫌われ、終には歴史からも抹消された種族。彼女、リザも恐らく生半可な人生を送ってきたわけではないだろう。
「……これで私の話は終わりです。スープ、ありがとうございました」
そう言ってリザは深々と頭を下げた。
「別にいいですよ、それよりも量が少なかったようですみませんでした」
ソフィアの方も頭を下げる。するとリザは頭を下げたまま耳を真っ赤にした。恐らく顔はもっと赤いだろう。
「あの時の私のことは忘れてください」
そう言ってリザはメルク達に顔を見せないように器用に背を向けるとソフィアが何か言おうとする前に扉から飛び出した。
翌朝、ソフィア、エリー、ククはエリーが朝一番で買いに行ったパンにバターを塗って食べていた。スープは昨日全て無くなってしまったがそれで誰かの命が助かったと思えば安いものだ、とソフィアは思っていた。
「リザさん、あんなに急いで出て行かなくても良かったのに」
「そうだな、朝食くらい食べて行って貰えば良かったな」
血を吸われそうにもなったがそれも過ぎてしまえば、というやつだ。ほんの短い時間だったがそれでも友情というか愛情というか、こういう感情を何と言葉に表せばいいのかわからなかったククは結局何も言わないことにした。次あったら何となく謝りたい、ふとそう思った。
「……よっこらせ」
朝の散歩に出ていたメルクが帰ってきた。背中に何かを背負っている。
「メルクさん、その人どうしたんですか?」
「……行き倒れだ。パン屋の前で倒れてたのを拾ってきた」
「……おなか、すいた……」
メルクの背中に力なく寄りかかる綺麗なブロンドの髪をした少女はそう言って大きなお腹の音を鳴らせた。
どうも!今月は少し投稿が遅れましたことをお詫びします。言い訳をさせてもらうと前月は何かと忙しかったんです。本当ですよ?……こんなこと前にも書きました?
もういい加減後書きのネタが無くなってきました。いやそんなもの最初から無いんですけど。じゃあ書くなよって……そういうことじゃないじゃん?




