カフェ 『ドルチェ』
メルクは特に甘いものが好きなわけでは無い。だが出されれば食べるし、嫌いかと言われればノーと答えるだろう。その日はたまたまメルクは早く家に帰ってきていて、たまたまテーブルの上にプリンが一つ置いてあった、ほんの気まぐれでそれを食べてしまったことから事件は始まった。
「あーっ!」
買い物から帰ったククが上げた大声にリビングにソフィア、エリー、そしてメルクの全員が集まった。
「どうしたんですか?そんなに大声を上げて」
「私の……私の……プリンが……」
ククが今にも泣きそうに目を潤ませてテーブルを指差す。
「今日帰ったら食べようと思って取っておいたのに……」
ククはそう言ってソフィア、エリーの顔を覗き込んだ。そして最後にメルクの目を見た途端、
「メルクさん、私のプリン……食べましたね?」
獣人の感覚恐るべし。メルクは思わず二、三歩たじろいた。
「い、いやその……ほらまさかククのだとは思わなかったし……」
「メルクさんのばかぁ!」
メルクの言い訳が終わる前にククは尻尾と耳をピンと立てて走って行ってしまった。取り残されたメルクはどうしていいのかわからずその場に立ち尽くすしかない。
「たかがプリン一個でそこまで言われなきゃならないか?」
メルクが同意を求めてソフィアとエリーの方を振り向くと二人はメルクの予想に反して怖い目でメルクを睨みつけていた。
「メルクさん、最低です」
「お前は死ぬべきだ」
「……そんなに?」
二人とも首を揃えて頷く。
「いいですか?一日頑張った後の甘いものは何物にも代えがたい力を持っています」
「その上あのプリンは『ドルチェ』で買った限定品でククがあれを食べるのをどれだけ楽しみにしていたかお前にわかるか?」
『ドルチェ』というのはスイーツが美味しいと評判の喫茶店だ。ソフィア達がたまにそこでお茶とお菓子を楽しんでいる、というのはメルクも知っていた。
「そういやあのプリンやたらうまかったな……」
「そうおもうならちゃんとククに謝ってきてください!」
ソフィアがビシッとククの部屋のドアを指差した。
「おーいクク?」
ドアを軽く叩いてみる。すすり泣きが中から聞こえてくるあたりまだ寝てはいないのだろう。
「あー、プリン食っちまったのは悪かったよ、明日新しいの買ってきてやるから許してくれないか?」
「……あのプリンは今日限定販売でもう二度と買えません」
涙声で絶望的な返事が返ってくる。これ以上切れるカードを用意していなかったメルクは二の句を継ぐことができなかった。
「えーっと……」
「明日」
「ん?」
「明日、『ドルチェ』でスイーツ食べ放題のキャンペーンがあります。それに連れて行ってくれるなら考えてあげてもいいです」
そういえば店先でそんな内容のチラシを配っていたな、とメルクは思い出した。しかし明日はメルクは王城へ向かわなければならない用事があった。今日早く返ってきた分明日は忙しいのだ。……まあいいか、このままククにへそを曲げられたままだとメルクだけ明日から食事抜きなんてことにもなりかねない。
「ああわかったよ。明日な、準備しとけよ」
「本当ですか!本当に行ってもいいんですか!」
突然ククの声質ががらりと変わった。さっきまでの沈んだ声とは一転、ドアの外側からでも尻尾を振っているのがわかる。やはり甘いものは彼女たちにとって何か特別な意味があるのかもしれない、とメルクは思った。
翌日、王城を抜け出してきたメルクは一旦家に戻った。メルクは店で待ち合わせした方がいいと主張したのだがククが断固家から二人で行く、と言って聞かなかったのだ。
「ククー準備はできたか?」
玄関でそう叫ぶと二階から慌ただしい音が家に響き、ククがわたわたと降りてきた。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、何で謝るんだよ」
「いや……その……どうですか……?」
メルクはファッションに関して何かを言えるほど頓着があるわけではない。だがシンプルなククの服装はかえってククの魅力を引き出しているように感じた。
「似合ってる……と思うけど」
するとククは尻尾を振って目を輝かせた。
メルク達の家から『ドルチェ』まで歩いて二十分くらいかかる。そのためメルクは今までに一度も足を運んだことはなかった。だから初めて店に入った時驚いたのは店の主人だった。
「やあククちゃん、今日はデートかな?」
頭には猫を思わせる耳。黒い執事のような服と真っ黒な尻尾、そして黒縁のメガネを時折クイッと押し上げる姿が見事にマッチしている。
「ち、違いますよ!……そうですよね……?」
ククが上目遣いにメルクを見る。
「そうだな、今日はこいつの召使いみたいなもの……」
メルクが言いかけるとククのボディブローが見事にメルクの鳩尾にヒットした。
「おうごっ!」
思わず変な声が漏れる。
「ほら!早く座りますよ!」
ククはそっぽを向いてさっさと窓側のテーブル席に座ってしまった。鳩尾の痛みで膝が笑っているメルクを置いて。
「おい、俺何かしたか?」
「なにも!」
「ったく……」
「仲がよろしいんですね」
主人が笑顔でそう言った。
「このどこを見たらそうなるんですかね……」
「私はスイーツ食べ放題をお願いします!」
ククが店の壁に貼り付けてある食べ放題!と書かれたポスターを指差して言った。
「どうぞ」
「ショートケーキとチーズケーキとモンブランです」
十歳ほどだろうか、大きな狐耳と自分の体の大きさほどもある尻尾をした双子がケーキを運んできた。
「この子達は娘さんですか?」
メルクが聞くと主人はえがおで頷いた。
「はい。私の娘たちです。姉がラズ、妹がクランといいます」
早速ククがその一欠片を口に運ぶ。
「ん〜、美味しいです!」
さっきの不機嫌は何処へやら、すっかりご機嫌でケーキを頬張っている。主人は追加のケーキを焼くと言って奥へ引っ込んでしまった。途端、
「あなたは何も食べないですか」
双子のうちの一人……背格好も何も同じなのでどちらがラズでどちらがクランなのかわからないがそのどちらかがメルクに話しかけた。
「え、俺?俺は……いいかな」
ククは昼食を抜いてこの時のために準備していたみたいだがメルクは王城で食べてしまったので今そこまでお腹が空いているわけではない。というか空いてない。
「カフェまで来て何も食べず飲まず帰る何て失礼な客です」
「少しはそっちの娘を見習ったらどうですか」
「失礼なって……お前らは失礼な店員だな」
「私たちのオススメはこれです」
双子がメニュー表の『フルーツトルテ』を指差した。そしてじーっとメルクの目を見つめる。
「あーわかったわかったよ、食べる、食べるから」
すると双子はパッと笑顔になって店の奥に引っ込んで行った。おそらく父親に追加の注文を告げに行ったのだろう。
「商売の上手い双子だな」
「そうですよね、私もあの子達に勧められるとついもう一つ、もう一つって食べちゃうんですよ」
ククはそう力説している。確かに双子はケーキを売るのが上手いがケーキの減るスピードからしてククにはそこまで影響はないのではないか、とメルクは思った。そんなことを考えている間に双子がトルテを運んできた。メルクも一口口に運んでみる。
「美味いな」
フルーツ一つ一つのバラバラな主張をクリームが優しくまとめ上げ、ともすると記事がそれら全体を損なうことなく均し、さらに食感でも食べるものを楽しませる。トルテの完成形と評しても違和感のないくらいに美味しいケーキだった。
結局、メルクはその後二つ、ククに至っては数え切れないほどを食べ、店を出た。
「美味しかったですね〜、もうお腹ぱんぱんです」
「そうだな、にしてもあの双子……誰かに似てる気がするんだよな……」
「そういえばお母さんを見たことがないですね……でもあの二人のお母さんですからきっと美人さんですよ!」
ククが興奮気味に言った。主人は猫系だからあの二人はより母親の血を濃く受け継いでいることになる。とすると母親は狐系というわけだ。
「それでメルクさんはどうしてケーキをそんなに買ったんですか?家で食べるなら私にも分けてくださいよ?」
メルクはかなり沢山ケーキを買い込んでいた。持ち帰り用の袋の中で一番大きなものを用意してもらったほどだ。
「いや、これは俺が食うわけじゃない何つうか……お土産だな」
あいつの目だけは欺けないからな、とメルクは言った。
「じゃ、お前は先に帰っててくれ」
「どうしてですか?」
「これを渡しにな」
メルクはケーキの詰まった袋を持ち上げて見せた。
「わかりました」
ククが先に家路につき、その姿が見えなくなった瞬間、少女が一人、空から降ってきた。
「やっと終わったのか、待ちくたびれたぞ」
「お前なぁ、勝手に他人の家の屋根に上がるのやめたほうがいいぞ?」
黒と赤の着物に黒髪、足には一本下駄を履き、一際目立つ金色の耳と自身の体の半分を覆うことのできるほど大きな尾を持つ少女だった。
「これ、お土産だ」
「ほほう?これで妾の口を塞ごうと?」
少女は悪戯っぽく笑った。
「それ以上買ったら不審がられるだろうが」
「なんじゃその言い方は、せっかく黙っといてやろうと思ったのに」
少女は腰に手を当て、上目遣いにメルクを見上げる。十三、四の体つきではあるが話し方といい雰囲気といいどこか少女、と呼ぶに似つかわしくない色気があった。
「まあ今回はこれで手を打ってくれよ」
「仕方ないのう」
そうは言いつつも尻尾が落ち着きなく震えている。メルクはこの少女が甘いものに目がないことを見越してわざわざケーキを大量に買ったのだ。
「なんじゃ?そんなにじっと見つめて……まさか妾に惚れたか?このロリコンめ」
「んなわけねーだろ、大体お前、小さいのは体だけ……」
とメルクが言いかけると少女は目にも留まらぬ速さでメルクを地面に組み伏せるとその細い腕では考えられない万力の力でメルクの腕を締め上げた。
「誰が小さいのは体だけ……と?」
「痛ててててっ!痛え!わかったから離せ!」
少女は満面の笑みだ。ただ目だけが笑っていない。
「まだお主の答えを聞いてないのう?それともこの腕、へし折ったら少しはその減らず口もへるかえ?」
「ア、アクリ様はとてもお美しくお若い!これでいいか?」
メルクが出ない声を絞り出すと次の瞬間には拘束は解け、メルクは腕の痛みから解放された。
「ったく、相変わらずの馬鹿力だな……」
そうぼやきながらメルクはアクリの狐を思わせる耳と尻尾を見つめて思った。
まさかな……
最近ポケモンGOとかいうゲームが流行ってるらしいじゃないですか、まあ私はやってないんですけど。だってあれポケモンを求めて外を歩き回らなきゃならないじゃないですか、こんな暑い中を?冗談じゃないですよ〜それに私Googleアカウント持ってませんし。新たに作るのも面倒くさいし。
って友達に言ったら『お前は一生をずっと家の中で過ごせ』って言われました。これって私が悪いんですかね?