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風の唄  作者: けんじ
day by day
17/28

お弁当

「私が行きます」

「いや、ここは私が……」

テーブルの上に置かれたのは一つのバスケット。中にはサンドイッチ、即ちメルクのお弁当だ。それを中心にエリーとククは睨み合っていた。

「昨日はエリーさんが行ったじゃないですか、今日は私にいく権利があります!」

「な、それを言ったら一昨日もその前もククが行ったじゃないか」

湖の国、その都市部から少し離れた郊外、そこにメルクやソフィア達が住む家があった。メルクは王城へ仕事に行っている為昼食は誰かが届けに行かなくてはならない。王城で働く人々には一応昼食が配給されるのだがククが

『メルクさんのご飯は私が作ります!』

と宣言したのだ。別にメルクも王城の昼食に特別こだわりがあるわけではなかったのでそれで事は落ち着いたのだが朝王城へと行くメルクに昼食を持たせておくわけにもいかない。つまり昼前になると誰かが王城まで持って行かなくてはならないのだ。ソフィアはいつもならこの微笑ましい争いをながめているだけなのだが今日という日違っていた。

「今日は私が行きます!」

そう言って横からバスケットの取っ手を掴んだ。するとエリーもククも一様に顔を見合わせた。

「い、いやそれはやめた方が……」

「そそ、そうですよ!ソフィアさんにそんなことさせられません!」

それは自分が届けに行きたいから反対しているというよりは本当にソフィアの身を案じて心配しているようだった。それにソフィアは納得がいかず頬を膨らませる。

「どうしたんですか二人とも。まるで私じゃ無理みたいな言い方じゃないですか」

湖の国はレミ大陸屈指の治安の良さを誇っている。広大な国土の隅々まで平和を行き渡らせるのは至難の業なのだがそこを国王、フェルナンドは若いながら上手くやっている。ではエリーとククは何を心配しているのか。

「ソフィア様は……その土地勘に少々……いささか……かなり疎いというか……」

言いながらエリーは目を逸らす。そうなのだ。ソフィアは王族出身だからかはたまた天性のものなのか道によく迷う。この間も買い物に行ったきり帰ってこれず、一同大騒ぎしたのも記憶に新しい。

「そ、それは……その……この間は……たまたまそうなってしまいましたけど……もう大丈夫です!逆にあの体験があったからこそ街の地形は熟知しています!」

鼻息荒く力説された二人はしぶしぶバスケットをソフィアに託した。



「全く、あの二人は私を子ども扱いしすぎなんですよ、歳は私の方がお姉さんなのに……」

ぶつぶつと文句を言いながらも丘を下り、都市部に足を踏み入れる。そこからは周囲の雰囲気が一転、緑の多かった風景から雑多な人混みや商店などの建物が目立つ。

「おや、ソフィアちゃん!」

商店の一角から声がかかった。振り返ると笑顔が印象的なパン屋のおばちゃんだ。

「お姉さん、いつもお世話になっています」

ぺこりと頭を下げる、当人におばちゃんなどと言おうものなら恐ろしい事が起こる、という言い伝えはこの近辺では有名だ。以前ふざけ半分でその『禁句』を口走った兵士が再起不能になったとか。

「今日はどっちなんだろうってお母さんと話してたところだったんですよ〜結局ソフィアさんが来るっていうのは予想外でしたけど」

後ろから娘が姿を表す。そのほんわかとした雰囲気で大変人気がある看板娘だ。

「そうだ、今日は娘が新作のドーナツを作ったんだよ、味見がてら食べて行かないかい?」

そう言いながら既にソフィアにドーナツを握らせている。折角なので一口口の中に運んでみる。

「美味しいです」

外はカリッと揚げられていて中はふわふわの生地が詰まっている。その生地もほんのりハチミツの香りがして食欲をそそる。外の味付けが粉砂糖だけというのもシンプルでまたいい。

「そうですか?良かった〜」

娘さんが綺麗な顔を綻ばせる。

「お弁当にも一つ持って行きな、甘いものが一つのくらいあってもいいだろ?」

「そう……ですね。いくらですか?」

ソフィアが財布に手を伸ばそうとするのをおばちゃん……お姉さんは声で遮った。

「いいのいいの、今回は試食ってことで。でもそのかわり今後もウチを贔屓にね!」

と、ウインクをソフィアに返す。しれっと店の宣伝を紛れ込ませんあたり商売上手さが伺える。ソフィアはお礼を言ってバスケットにドーナツを一つ入れた。

ソフィアがパン屋を離れて間もなく、今度は斜向かいの花屋から声をかけられた。

「ソフィアちゃん」

そう言って手招きをする。

「今ミリアさんと話してただろ?」

ミリアというのは先ほどのパン屋の娘さんだ。

「そうですよ、それがどうかしましたか?」

「その……彼女僕について何か言ってなかったか?」

「いえ、特に何も言ってませんでしたけど……」

「どんな些細なことでもいいんだ、あの花屋が少し気になるとか、あの花屋の人はかっこいいとか……」

「特に……ないですね……」

するとあれだけ興奮していた青年はがっくりと肩を落とした。彼もまたアンナの虜になった一人らしい。その姿があまりに哀れだったためソフィアは少し助言をしてやることにした。

「そういえば彼女が新作のドーナツを作ったみたいですよ、食べに言ってみればどうですか?」

するとしおれていたのがまるで嘘だったかのようにパン屋めがけて駆けて行った。

「あーあ、お嬢ちゃんもお人好しだねぇ」

今度はそのさらに隣から太い声がかかった。

「あのおたおたしてる感じが見てて面白かったんだけどなぁ」

肉屋の主人らしく筋骨隆々のご主人がパン屋の店先で大量にドーナツを買っている青年を見ながら言った。

「まったくあんたは趣味が悪いねぇ、いいじゃないあの初々しい感じ、私は好きだけど」

横から奥さんも口を挟む。この店はご主人が肉、奥さんが魚屋をそれぞれ経営していて互いに日々の売り上げを競っている。夫婦でありライバルでもあるというわけだ。

「そうだ、さっき刺身の残った骨でおやつを作ったの、メルクさんに持って行ったら喜ぶんじゃない?」

その言葉に闘争心を露わにしたのは主人の方だ。店の中に引っ込んだかと思うといい匂いのするベーコンを持ってきた。

「男はやっぱり肉なんだよ、これを持ってけ、俺のオリジナルベーコンだ。あいつも喜ぶぞ?」

そう言ってベーコンの塊を分厚く切ってソフィアに渡す。

「あんたはねぇ、昼食にはあの娘達が作ったご飯があるんだから軽いおやつくらいでいいんだよ」

奥さんの方は魚の骨をカリカリになるまでよく焼いた子どもに人気のおやつだ。おまけに体にもいい。それに塩胡椒で味付けをしたらさらに美味しくなる。

「あ、ありがとうございます」

お礼を言って紙に包まれたベーコンと袋入りのおやつをバスケットにしまう。普段はこんな風に敵対心剥き出しの二人はだが本当は仲のいい夫婦なのは周知の事実だ。



肉屋と魚屋の夫婦と別れ、大通りを更に進んでいくと八百屋から声がした。

「ソフィアちゃん」

整った目鼻立ちにすらりと高い身長。一見ハンサムなイケメンなのだがただ一つ、彼、いや彼女は『特殊』だった。

「今日はソフィアちゃんが当番なのね」

そう、残念なことに彼は『女』なのだ。

「はい。今日くらい私が行きたいと思いまして」

「あなたたちも毎日毎日健気よね、お姉さん応援したくなっちゃうわ」

「その気持ちだけで充分です」

「そうだ、今日はいいのが入ったから少しサービスしてあげる」

と言って数種類の果物を手渡された。

「え、いいんですか?」

どれも今の季節が旬で甘そうに熟れている。

「いいのいいの、お弁当なんでしょ?少しくらい果物が入っていた方がいいわよ」

そう言ってふふと笑った。



「えっと確かこっちのはずなんですけど……」

結果、エリー達の不安は的中。ソフィアは自分が今いる位置もわからなくなってしまった。道がわからなくなって歩き回る。道がわからなくなる……のループ。今はまだ明るいがこれで日が沈めば真っ暗の中街をさまよい歩くことになる。そうなれば王城へ行くどころか家に帰るのさえ絶望的だ。そうなればまたメルク達に迷惑をかけてしまう。その思いがさらにソフィアを焦らせた。

ふとその時、路地の奥に明るい光が見えた。もし大通りに出ることができればそこで道を聞くことができるかもしれない、そう思ってソフィアは光に向かって走った。眼前の光はどんどん大きくなり、今まで視界の大半を覆っていたレンガ造りの建物が開け、広い景色が目に飛び込んできた。

「……」

ソフィアは思わず言葉を飲んだ。キラキラと光る海、それをぐるりと囲むように大きな湾になっていてその周りに湖の国の城下町が広がっていた。路地を抜けた先は大通りではなく、言うなれば崖の中腹に伸びる脇道だった。後ろを見れば高い建物が並び、前を見れば眼下には広大な街が広がる。そのあまりの美しさにソフィアは暫くの間息をするのも忘れて風景に魅入った。

湖の国はその名前に対して大きな湖は存在しない。いや、『今は』と言った方が正しいだろうか、先ほどソフィアが見た湾が元々は巨大な湖だったのだ。それが洪水で壊れ、三日月型の湾を形成した。街も以前は湖の周囲を囲うように立ち並んでいたのだが洪水に伴い湾よりも内陸側に街を拡張した。その旧都市部と新都市部との境目にソフィアが今いるような不自然な絶壁が出来上がってしまったのだ。その道も柵こそついていたものの大分錆び付いていてとても頼りにはなりそうなものではなかった。

「珍しい」

ソフィアが背後の声に驚いて振り返るとそこには月の光のように輝く綺麗な銀髪の少女が立っていた。服装からしてかなり高い身分なことには違いないが付近に護衛らしき人影は見えず、どうやら一人で来たようだった。

「いい眺めですね」

ソフィアがそう返すと少女は表情の薄い顔を少しだけ綻ばせ、ふっと笑った。

「ん」

「えっと、それでは私は行きます

メルクさんがご飯を待っているので」

少女はソフィアがメルク、という単語を出した瞬間、ソフィアをじっと見つめた。

「そう、メルクの……そこの階段を降りて路地を真っ直ぐ行けば大通りに出る。そこまで行けば王城はすぐそこ」

ソフィアは少女にお礼を言って脇道から続く階段を降りて細い路地に入る。途中幾つか十字路があったがあの少女の言葉を信じ、真っ直ぐ進むと本当に大通りに出ることができた。周りを見渡すと確かに王城を捉えることができた。



「お、今日はソフィアちゃんなのか、珍しいな?」

フェルナンドの言葉でメルクは中庭に目をやった。確かにソフィアと思われる人影が正門を越えて城へ入ってくる。

「おーいこっちこっち」

剣を仕舞って大きく手を振る。こちらに気づいたらしい人影がこっちに走ってくる。

「……はあ、はあ、はあ、お、お弁当を持ってきました」

ソフィアはそう言ってバスケットをメルクに渡す。

「ったく、腹減って死ぬかと思ったぜ?」

「まあでもちゃんと届いたんだからそれでいいじゃねぇか」

隣でフェルナンドがカカカと笑う。一国の主がこんなのでいいのだろうか、とソフィアは思ったがフェルナンドは一代で湖の国を弱小国から強国にまで育て上げた、俗に言う名君主なのだ。例え少し言葉遣いが荒くても、例え堂々と中庭でメルクという一般人とフランクに喋っていても……

「早速頂くか」

メルクがソフィアからバスケットを受け取って中を開けるなり目を丸くした。

「随分豪華だな」

中には色鮮やかな野菜が挟まれたサンドイッチにドーナツ、魚の骨スナックに美味しそうな香りのするベーコン、そしてよく熟れたフルーツ。バスケットはそれらで蓋も締まらないほど膨れていた。

「商店街の人たちに貰いました。皆んなメルクさんにって」

「そうか、後で礼を言って回らないとな、それより今は食べようか、もう腹減って死ぬかと思った」

そうですね、と言うよりも早くソフィアのお腹がくぅと返事をした。ソフィアは顔を真っ赤にしてその場にしゃがみ込む。

「お、このドーナツ美味いな」

「おいこらテメェ!俺の弁当だぞ!」

バスケットの中をつまんでいたフェルナンドにメルクが噛み付く。フェルナンドはそれをひょいとかわして何処かへ消えていった。

「ったく、あの野郎国王の自覚あんのかよ……」

フェルナンドを追うのを諦めたメルクはぶつぶつ漏らしながらサンドイッチにかぶりついた。



バスケットを埋め尽くしていた昼食もほんの数分でメルクとソフィアのお腹におさまった。メルクは満足そうに芝生の上に寝転ぶ。

「ちょっと、行儀が悪いですよ?」

「大丈夫だって、ソフィアもしてみろよ、気持ちいいぞ?」

何が大丈夫なのかよくわからなかったがソフィアも寝転んでみる。背中に当たる少しこそばゆい芝生の感覚と頬を撫でる優しい風はソフィアが必死に忘れようとしている故郷を思い出させた。既に失われた故郷、二度と戻ることの叶わない土地。

「……兄様」

この時ばかりはメルク ではなくハーメルンとして、ソフィアの兄でいて欲しい、そう思いながらソフィアはそう問いかけた。

「…………ん?」

メルクは応えた。ハーメルンとして。

「私はこれで良かったのでしょうか、皆んな殺されて、私だけが生き残って……遠く離れたこの地でこんなにも楽しく暮らして……いいのでしょうか……」

最後の一言には涙が滲んでいた。皆の命を踏み台に今自分が生きている、その重荷が、ひょっとして自分もあそこで死んでいた方が……そう思ってしまうのも仕方の無いことではある。しかしそれを言えばソフィアをここまで送り届けるために様々な犠牲を払ってきた人たちに申し訳ない。その思いが二重にソフィアを苦しめているのだ。しかしメルクにも、ハーメルンにもその重荷を代わってやることはできない。だから今できることは言葉をかけてやることくらいだった。

「お前が生きていて欲しかった奴の名前を挙げてみろよ、お前がそいつに生きていて欲しいと思うのと同じくらいお前に生きていて欲しいと思ってる奴がいるんだよ、自分に理由をつけられなくてもいい。でもそいつらの為に生きてやる、ってのじゃだめか?」

こんな時あいつなら何て言葉をかけただろうか、いつもおちゃらけてるけどきっと俺より気の利いた言葉をかけられたはずだ……メルクはそう思わずにはいられない程にソフィアにそんな思いをさせていたことがメルクにはたまらなく悔しかった。

「……そうですね」

ソフィアはぽつりとそう呟いて目元を拭い、そしてぱちんと自分の両頬を叩いた。

「そういえばここまで来る途中にとても眺めのいい場所を見つけたんです。今度皆んなで行きませんか?」

「そうだな、でもソフィアが道を忘れる前にいかないと俺たちまで迷っちまうな」

「それは……だ、大丈夫……です……」

語尾に近づく程に小さくなり、最後の一言はほとんど聞き取れなかった。メルクは思わず吹き出してしまう。

「あ!今笑いましたね?」

「い……いや……?」

「また笑った!いいですよ、そんなに私が信じられないんでしたら私一人で行きます!」

ソフィアは腕を組んでふくれっつらでそっぽを向く。

やっといつも通りのソフィアに戻った、そうメルクは安堵した。例えそれが一時的なものであったとしても。

うーん、日常って一言で言ってもなかなかむずかしいものですね、でも書いてて楽しくもあります。分量もこの半分くらいにしようと思ったのですが……うまくいかないものです。まあいろいろと試行錯誤していきたいと思います。


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