表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風の唄  作者: けんじ
11/28

火の国

「違うな……」

火の国へ向かう馬車の中、シュウは誰ともなしに呟いた。

「何が違うのですか?」

すかさず向かい側のユイが拾う。その隣にはソフィアが座っていた。

「あの男、とてもあのハーメルン インライク テンペスタとは思えん」

これに最も驚いたのはソフィアだった。何せ死んだと思っていた兄が今まですぐ近くにいたのだから。

「ハーメルン……あのハーメルン兄様ですか?」

思わず身を乗り出してしまう。この驚きにさらに驚いたのはシュウとユイだった。

「お前、知らずに共に行動していたのか?」

ソフィアは俯いた。兄が生きていた。それだけでも十分嬉しい。でも今自分は会うことができない。それがたまらなく悔しかった。

「だがあれはどこかおかしい。話に聞くハーメルンは全国王を凌ぐ魔力を持っていたようだが……あれはそうは思えない。それどころか極端に少ない印象を受けたな」

そう言い終わると今度はシュウの傍の槍からヘリオスが現れた。褐色の肌に銀色の髪。これもまたシルと同様に宙に浮いていた。

「あの男、魔力のキャパシティそのものは巨大だったがなにぶん中身が貧弱過ぎたな。だから精霊魔法の反動を必要以上に受けていた。だが風の精霊王が死に際に莫大な魔力を奴の肉体に注ぎ込んだからな。それこそ自身の存在を保っていられなくなる程。そういう意味ではあの男にとって幸運だったんじゃないか?」

「シルさんの気持ちをそんな風に言わないでください」

ソフィアは今にも殴りかかりたくなる衝動を抑えるのに必死だった。それを拳を手が白くなるほど握りしめることで外に逃がす。シルさんのメルク……兄様への想いは誰より強かったのに。でもだからこそ兄様に力を託すという道を選んだ。そう思うといたたまれなかった。

丸一日馬車に揺られ、そろそろお尻が痛くなってきた頃、遠くに火の国……その周りを囲む巨大な壁が見えた。火の国は風の国、湖の国の三つの国家の中で最も軍事的戦力に力を注いでいる国だ。それは風の国がたった一晩で滅ぼされたことからもうかがえる。ソフィアも幼い頃一度だけ今は亡き父と訪れたことがあったがその時は王族としてだったため街を見て歩くことはできなかった。だから実質初めて訪れる場所だ。

遠くに見えた壁も見る見る大きくなり、真下まで来ると見上げるほどの大きさになった。タイミングよく城門が開き、馬車は止まることなく門の内側へと吸い込まれていった。

そこでソフィアは馬車から降ろされ、火の国の土を踏んだ。どうやらここから先は歩かなければならないらしい。自然が溢れていた風の国と違い、火の国は辺りを見渡しても木一本無い。心なしか空も霞んでいるような気もする。

「行くぞ」

ソフィアの前にシュウが、後ろにユイが立ち、正面に見える城まで歩いていく。その奥に行けば行くほど火の国は風の国と違っていた。文明は風の国よりも発達している。しかしそれに付随するはずの人々の活気が無い。つい先ほどまでリムルにいたことも相まって一層街が灰色に包まれている気がした。その時、シュウの足元に酷くやせ細った男が転がってきた。

「あ……大隊長様……お、お願いです。どうかお許しを!このままでは私どもは死を待つばかりでございます。今回、一度だけでいいのでどうかお見逃しを……」

シュウのズボンにすがりつき、そう懇願している。何か罪を犯したのか、そうソフィアは思った。

「す、すみません大隊長殿、こやつ、一家で国外逃亡を試みていたもので、捜しておりました」

「そうか、他の者はどうした」

シュウは足にすがりつく男の細い腕を蹴りほどいた。

「はい。既に始末済みです」

それを聞いた瞬間、元々血の気のなかった男の顔がさらに青白くなった。

「そうか、俺は城まで急ぐ。二度と賎民を大通りに出すな」

そのシュウと火の国の兵士らしき人物との一連の会話はソフィアにとって聞き慣れない単語が数多く含まれていた。

「クソ!この国家の犬が!いつもいつもデカイ顔しやがって!殺してやる!殺して……」

そこで男はこと切れた。

「え……」

道の真ん中で殺されたのだ。首に剣を突き立てられて。そして兵士はまだ温かいであろう死体をまるでゴミでも扱うかのように路地の奥へ放り込んだのだ。さらにソフィアを驚かせたのはその光景を日常の一部分を見ているかのように無機質に見つめる街の人々だ。しかしそれも一瞬、すぐに仕立屋は客の採寸を再開し、買い物をする婦人は品定めを始め、もの乞いはもの乞いを再開した。

「なんで……あんなひどいことを……せめてお墓くらい……」

どんな重罪人でも墓くらい作って貰う権利はある。そう言って路地に入ろうとするソフィアの腕をユイが捻り上げた。

「そこから先は賎民区だ。人が入る場所じゃない」

そうシュウが言った先にあるのはフライハイトを思わせるスラム街が続いていた。

「ひ……人が入る場所って……あそこにも人は住んでいるのでしょう?」

「賎民は人じゃない」

それだけ言ってシュウは前を向いた。ユイに背中を押され、ソフィアは城へと歩を進めた。

しばらく歩き、ソフィアの眼前に広がったのは巨大な城。風の国にも城はあったがそれよりもずっと大きかった。

「こっちだ」

そして城門を開け、中に入った直後、横から声がした。

「シュウ、意外と早かったな」

ソフィアはその顔に見覚えがあった。

「ミカド……ミカドですね!久しぶりです!」

「おぉあの時の嬢ちゃんか、大きくなったなぁ」

昔ソフィアが火の国に来た時、ソフィアと父、ノア デューク テンペスタの警護にあたったのがミカド タケルだったのだ。

「ミカド、今は任務中だ」

シュウとミカドは師弟関係といえど階級の上では対等だ。シュウの呼び方から敬称が取れたのもシュウが現在任務中なのが原因になる。

「俺も任務でな。その嬢ちゃん……ソフィアは俺が預からせて貰う。なに、少しの間だ」

「しかし……」

難色を示すシュウにミカドは魔法の言葉をかけた。

「上の許可は取ってある」

それにシュウはしぶしぶミカドにソフィアを渡した。

「じゃ、お前は早く部屋に戻って休め、報告は俺がしておく」

そう言って後手を振りながらミカドはシュウの視界から消えた。

「よかったのですか?」

シュウの顔を横からユイが覗き込んだ。

シュウは黙って首を振る。命令ならばそれに従う。シュウはそれだけだった。とはいえ、シュウも長時間の見張りやメルクとの戦闘で疲れきっていたので早く休めるというのはありがたかった。しかしそれでもすぐにベッドで眠る、というわけにもいかないのが実情だった。それは報告書の提出だ。こればかりは他人に任せることはできない。何せ自分以外知らないのだから。

シュウが机に向かってペンを走らせていると部屋のドアを叩く音が聞こえた。

「シュウ様、アサダ大臣殿がお呼びです」

ユイだった。楽しい話でないことはユイの顔から見て取れる。何か怒らせるようなことをしたかと記憶を漁りながら大臣の元へと向かった。

服装を整えて大臣の部屋へ向かう。(私室ではなく執務用の部屋だ)

「失礼します。ミツヅリです」

「入れ」

部屋の中からなんとも不機嫌な声が聞こえた。

「御用はなんでしょうか」

アサダ大臣はシュウにソフィア捕縛を命じた張本人だ。

「君は私への報告義務よりも自室での休息を優先するのかね?」

「報告義務?」

思わずおうむ返しをしてしまう。シュウには身に覚えのない過失だ。

「任務だよ任務。風の国王女の『殺害』私は君に命令したはずだが?」

その言葉にシュウも、そしてその後ろのユイも言葉を失った。確かに二人は出発時、任務内容が殺害から捕縛に変わったのを聞いた。アサダ大臣もシュウの顔を見て何かがおかしいと感じたのか眉をひそめ、

「どうした?何かあったのか」

「私どもは出発時、命令が殺害から捕縛に変わったと報告を受けました」

するとアサダ大臣はペンで机を叩くのも忘れ、顔を真っ赤にして怒鳴った。

「わしは命令の変更などしておらん!ということは何か?王女は今この国にいるのか!早く連れてこい!」



時は遡りシュウ達と別れた後、ソフィアはミカドの私室に連れてこられた。

「風の国から歩いて来たんだろ?大変だったなぁ」

ミカドは手で腰を下せと合図する。だがソフィアは簡単に緊張を解くわけにはいかなかった。なぜ火の国は自分を殺さなかったか、それは自分に何らかの利用価値があるからに他ならない。それがわかるまではミカドといえど気を許すことはできなかった。

「そう堅くなるなって、そうだ、前に見せてくれたロケットはどうしたんだ?」

ソフィアは胸に手をやる。小さい頃からずっとそこにあった感触は無い。

「……ありません、無くして……しまいました」

その時、ミカドの眉が僅かに動いたようにソフィアには見えた。

「そ、うか。まあ茶でも飲むか、憐」

そうミカドが呼ぶとどこからか真っ白な髪の女が現れ、目の前のテーブルにお茶の入ったカップを二つ置いた。ソフィアはぎょっとして顔を引きつらせた。なぜなら確かに今までミカドのすぐ後ろ、ソフィアの目の前にいたはずなのにソフィアには全くわからなかった。それだけではない、何よりソフィアに衝撃を与えたのはその目だ。全く光が無い。希望も、願いも、未来さえもが抜け落ちたその瞳にソフィアは恐怖さえ覚えた。記憶を手繰ってみるとその瞳はシュウと一緒にいたユイによく似ていた。だがユイにはここまでの恐怖は感じなかった。全く別の何か、ソフィアはそう感じた。

「その人は……」

恐る恐る口を開く。ソフィアが言い切る前にミカドが答えた。

「こいつらは俺の部下。左から憐、琰、霰。苦労してやっと茶汲みができるようにしたんだ。ったく、人殺す以外はてんでダメなんだよなァ」

はぁ、とミカドはため息をついた。ソフィアは感じた。今目の前にいるのはもう自分が知っているミカドタケルではない、と。

「そう……ですか」

やっと腰を下ろしてお茶に手をかける。ここから逃げ出さなければ、そう強く思いながら。


夕暮れ時、ソフィアがいる部屋はミカドの私室のすぐ隣。外に出るにはミカドの私室を通らなければならず、ミカドの目に触れずに出るのは絶望的だ。窓はというと当然はめ殺しだ。割れば外に出ることはできるかもしれないがこの高さでは怪我では済まないだろう。ソフィアが諦めかけた時、ミカドの部屋の扉を叩く音がした。部屋の外の会話がここまで聞こえてくる。どうやら外にいるのはシュウとユイらしい。

「ミカドさん!どういうことですか!」

「おいおい、突然他人の私室に入って何だ?」

「何だじゃありません、ソフィアルナテンペスタはどこですか」

「あり、結構バレるの早かったなー、あいつなら逃げたよ」

逃げた?確かにソフィアは逃げてなどいない。さらにドアに耳をくっつけて会話を聞き取っているとシュウの口から恐ろしい言葉が聞こえてきた。

「ならばなぜ私に嘘の命令を出した!本来なら殺害だったはずだ!」

ソフィアは凍りついた。理解ができなかった。今までも殺されそうになったことは幾度もあった。しかしその度にエリーやクク、カリン、そしてメルクが側にいた。しかし今は誰もいない。一人だ。誰も守ってはくれず、味方はおろか、周囲は敵ばかりだ。殺されたくない、その渇望だけがソフィアの全神経を支配した。

外でシュウとミカドが押し問答している隙にソフィアは無我夢中で部屋中の布という布を引き裂いて一本の長いロープを作った。これで何とか着地することができる。そして次に椅子で窓を叩き割った。パリンという小気味のいい音が鳴り、窓が砕けた。

「何だ、この音は」

シュウの声が聞こえたかと思うと体当たりでドアが大きく軋んだ。おそらくミカドの部下の誰かだろう。

ロープの一端を窓枠に括り付け、ソフィアは窓枠に足を掛ける。足が竦む。思わず生唾を飲んでしまうが躊躇っている暇はない。一つ息を吐いてソフィアは窓から身を投げた。


「ミカド様、逃げられました」

ミカドは舌打ちした。この高さから飛び降りるというのはミカドの計算外だった。琰が破ったドアから入ると部屋中の布というの布が破りさられ、ロープになっていた。どうやら下の階に逃げたらしい。ソフィアが生きて国内にいると分かった大臣は全兵力でソフィアの捜索をしているだろう。その上ここは将校達が住む上級居住区だ。無事抜け出せる確率は皆無に等しい。


足が痛い。身体中が痛い。木がクッションになって大きな怪我はせずに済んだが、ここから先は何も考えていなかった。直ぐにミカドやシュウ、他の兵も駆けつけるだろう。ソフィアに考えている時間は無い。その時、ソフィアにいつもの強烈な頭痛が走った。

「こ、こんな時に……」

思わずうずくまる。だがその頭痛の中に声のようなものが混じっていることに気づいた。割れるような痛みの中からその声だけを懸命に選り分け、耳を傾けるとその声はどうやら道を教えているようだった。こんな得体の知れないものを信じたくはなかったが今はそれにすがるしかない。ソフィアはその声に導かれるまま、震える足を踏み出した。


ソフィアはどこをどう歩いたのか覚えていない。ただ声に導かれるまま歩いていくとシュウと昼、ただシュウと歩いた大通りに出ることができたのは奇跡としか言いようがない。そしてそれと同時に声と、そして頭痛もまるで何事もなかったかのようにぱたりと止んだ。しかしほっと息を吐くのも束の間、

「おい、こんな所で何をしている」

恐る恐る見上げると二人の真っ赤な鎧に腰に下げた剣、ソフィアを捜している兵士だった。

「ちょっと待て、こいつ……命令にあった罪人じゃないか?」

兵士の一人がしげしげとソフィアの顔を眺める。

「やっぱりそうだ、おい!こりゃ大手柄だぞ!……待て!」

兵士が剣に手を掛けた時にはソフィアはもう駆け出していた。だが何分見通しの良い道だ。その上脇道もない。その上ソフィアの運動能力的にも疲労度的にも曲がりなりにも一兵士を振り切れるには到底至らない。あっという間に追いつかれ、その剣がソフィアの背中を掠める。どこか隠れる場所はないかと周囲を見渡すと昼間シュウが賎民区と呼んでいた地域の入り口、兵士が死体を放り込んでいた細道があった。一瞬の逡巡の後、ソフィアはその細道に飛び込んだ。


あけましておめでとうございます。遅くなりました。けんじです。さて、皆さんはお正月、いかがお過ごしでしたか?私は……お察し、食って寝て、それだけでした。食べるといえばおせち。まあ私は食べてません。あれですね、小さい頃は伊達巻きがやたら好きだったのを覚えています。あの甘い感じが子供の舌に合ったんでしょうね。

ではまた!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ