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第七話 競争

 事が起きたのは、いつものように食堂で飯を食べ終えた直後だった。空になったお膳を厨房に返そうと席を立った時、不意に彼らに取り囲まれたのだ。同じ見習いとして顔や名前ぐらいは知っていても、繋がりはなく特に話したこともない年上の集団。それに突然絡まれて俺とククが動揺していると、リーダーと思しき少年――確か、名前はシチヘイと言ったか――がむずと前に出てきた。歳の割に体格のいい少年で、俺より頭一つほど身長が高い。彼は憤懣やる瀬なしという表情で、俺たちに向かって声を荒げた。「お前ら、新参組のくせに調子に乗ってないか?」と。


「いや、そんなつもりは」

「私もないわ」

「ふん、しらばっくれやがって。だってお前ら、贔屓されてるじゃないか!」

「贔屓? どこがだよ」

「お前が刀をぶっ壊したところを、俺はちゃんと見てたんだぞ! いつもなら必ず殴られるのに殴られてないじゃないか! 座学の時だって、あんな難しい問題、前もって答えを教えてもらってに違いない!」


 なんだそりゃ、不当な言いがかりもいいところじゃないか。俺とククは顔を見合わせると、揃ってため息をついた。見習いの中で一番年上とはいっても、まだ十歳になったかどうか。理路整然とした思考と言うのはまだ難しいのかもしれない。


「あのな、ヒコザ教官やリキュウ先生はなんで俺を贔屓にしなきゃいけないんだ。理由がないだろ。特に、リキュウ先生は俺を殴れなくて物凄く悔しそうな顔してたじゃないか」

「それは……演技だ! お前とリキュウ先生が共謀して俺たちを騙したに違いない!」

「騙す理由は?」


 ククがそう聞き返すと、シチヘイは唇をグッと噛みしめた。彼は「むむッ」と喉の奥を唸らせる。しかし、仲間を引き連れてきた以上は彼にも面子があるらしく引き下がらない。


「と、とにかくお前たちは調子に乗ってるんだ! 年長の俺たちを差し置いて、生意気だぞ! 特にクク、お前は混ざり物のくせに!」

「混ざり物って言うな! ククはククだぞ!」

「混ざり物に混ざり物って言って何が悪いんだよ。事実じゃないか!」

「お前――!」


 俺が思わず手を出しそうになると、ククがそれを抑えた。彼女は駄目駄目とばかりに首を何度も横に振る。……いかんいかん、こんな奴らを相手に何を本気になっているんだ。個人的に地雷となっていることに触れられたからって、さすがにキレすぎだろう。環境のせいか、最近何だか怒りっぽくなっている気がする。俺は自分で自分に嫌気を感じつつ、伸ばしかけていた手をゆっくりと収めた。これじゃ、ククの方がよっぽど大人じゃないか。


「ビビったのか?」

「そんなんじゃねーよ」

「ふーん……ならお前、俺たちと勝負しないか? 今度の演習で」


 今度の演習と言うのは、一カ月後に行われる討伐演習のことだろう。教官の付き添いのもと、周囲に広がる森の中でも比較的安全な地域で、二泊三日のサバイバル兼妖怪討伐を行うのだ。水すら支給されない本格的なサバイバルをしつつの妖怪討伐となるので、相当にハードな演習である。


「演習でか? いいけど、何をやるんだ」

「俺たちは二回目だから知ってるんだが、あの演習は倒した妖怪の種別に応じて点数が付くんだ。それを競うんだよ」

「へえ、いいじゃないか。やろう」


 思ったよりもまっとうな内容だったので、俺は二つ返事でOKを出した。するとシチヘイはニタっと会心の笑みを浮かべ、思いっきり胸を張る。


「よし、男に二言はなしだぞ。へへ、あらかじめ言っておくと俺たちは丙種妖怪を倒したことも有るんだ。負けるのはお前らだからな!」


 シチヘイは他の少年たちを引き連れて、笑いながらその場を去って行った。もはや完全に自分たちの勝利を確信しているようだ。取り巻きの連中もやんややんやと騒ぎ立てている。やがて彼らの背中が見えなくなると、俺はやれやれと胸をなで下ろした。まったく、騒々しい連中だったな。


「大丈夫? 私たち、まだ丙種は狩った経験がないわ」

「大丈夫だって」


 妖怪と言うのは上から順に甲乙丙丁とランク分けがされていて、丙種というのは下から二番目のランクである。こういうと何となく弱そうに見えてしまうが、実際にはかなり強い。ククが心配するのも無理なかった。そもそも妖怪という存在全体が人間と比べて遥かに生命として強靭なのだ。丙種ともなれば、サムライ以外の一般人ではまず倒せないだろう。


 けれど俺には自信があった。妖怪は刀気に弱い性質があるため、刀気を扱える人間であればかなり有利に戦えるのだ。あと一カ月あれば、俺もククもそこそこに刀気を使えるようになっているだろう。そうなれば、丙種は倒せる。それに――


「丙種ならたぶん倒せるだろ。それに、あいつらが一か月も覚えてるわけない」

「それもそうね。シチヘイって、あんまり頭良くなさそう」




 それから一カ月後。特に何事もなく月日は流れ、討伐演習の日がやってきた。馬車に詰め込まれて里を出た俺たちは、三時間ほどかけて霧海の森の南東部へと到着する。ここ霧海の森は遥か古代より凶悪な妖怪の潜む地として恐れられてきた場所なのだが、何故か南東部にはそれほど強力な妖怪が生息していない。それについてこの地に存在する古代遺跡がどうとかいろいろ説はあるそうだが、はっきりとした理由は未だに分かっていないようだ。


「到着だ! 降りろ!」


 木々が途切れ、にわかに視界が開けた。広場だ。砂利の敷き詰められた円形の空間が、三十メートルほどの範囲に渡って広がっている。さらにその周りにはしっかりとした柵がしつらえてあって、「防」と書かれた術符が貼られていた。簡易型の結界である。どうやらこの場所が実践演習の拠点となるらしい。


 ヒコザの指示にしたがって馬車を下りると、俺たちはいつものように二列に分かれて並んだ。やがて見習い全員が馬車を下りたことを確認したヒコザがその列の前にたち、こほんと大きな咳払いをする。


「では、ただいまより二泊三日の討伐演習を開始する! お前たちはこれからそれぞれの班で食料や寝床などを確保しつつ、妖怪討伐に励め! なお、討伐した妖怪は必ずここへ持ってくるように。数や種別に応じて班に点数をつけさせてもらう。この点数が一番低かった班は木刀なので、限界まで努力するように!」

「はいッ!」


 ヒコザに敬礼すると、一斉に散らばる見習いたち。彼らは瞬く間に結界を張られた柵を飛び越えると、森の中へと入っていた。俺たちもその後を追うようにして走り出すと、すぐさま柵を越える。するとここで、聞き覚えのある声が響いてきた。


「おい、贔屓に混ざり物! この間の勝負のことは覚えてるだろうな!」

「混ざり物って言わないで。……ッチ」


 普段は感情を見せないククが、珍しくめんどくさそうな顔をした。声の主はあのシチヘイだったのだ。彼は勢いよく走りつつも、俺たちのことをキッと見据えている。……ったく、覚えてたのかよ。座学の授業だと、良く忘れ物をしてリキュウに怒鳴られているんだが……こういうことだけは胸に刻んで忘れないらしい。まったく、面倒なことだな。もちろん、負ける気はしないのだけれど。


「ああ、覚えてるさ」

「ええ」

「そうか、そりゃ良かった。せいぜい頑張れよ!」

「あなたたちこそ、負けないようにね」


 混ざり物と言われたことに怒っているのか、いつになく挑発的な態度を取るクク。彼女はふふっと声を漏らすと、細い顎をしゃくり上げる。その様子は彼女の美しい容姿も相まって、どこぞのお姫様のようだった。その態度にシチヘイ達はカチンと来たのか、さらに闘志をむき出しにしてくる。


「勝つのは俺たちだからな! 今度こそ、またな!」

「ええ、じゃあね!」


 こうして俺たちは勇んで討伐競争を開始したのだった。その先に何があるのかも知らずに――。


※主人公たちの年齢を二歳増やしました。

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