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第六話 修行の日々

 霧海の里に着いて一年。俺は八歳になった。日々の生活は過酷だが、今のところ何とか生き延びている。新入りの俺たちを含め、ここに居る子どもの奴隷は総勢三十二名。彼らはみな「見習い」と呼ばれ、それぞれ二人から三人のグループに分けられて生活を送っている。俺はククとペアを組むことになり、六畳一間の部屋で彼女と共に暮らしている。ここでの生活はこのグループが基本単位で、実技の課題などもそれ単位で課されていた。失敗した場合は、もちろん連帯責任だ。仲間意識を育むことを目的としているらしいが、実際、他のグループも仲は良さそうだ。


「起床! 起床ーッ!!」


 まだ辺りが薄暗闇に包まれている午前五時。遠くから鐘の音が響き、木刀を抱えた教官のサムライが怒号を上げながら各部屋を回る。俺とククは布団から飛び出すと、素早く壁際に置いてある具足を着込んだ。この具足と言うのは現代のボディーアーマーに近い物で、特殊繊維で出来たボディースーツに胴を保護する装甲板と各種プロテクターを付けた構造となっている。子ども用でサイズ自体が無理に小さいうえに、硬い素材でできているため相当に着づらいのだが、これを三分以内に着用して外に出なければならない。そのためいつもこの時間は戦争状態だ。


 俺とククは同じ部屋で着替えをするので、当然のことながらお互いの下着姿を見ることになる。最初のうちはそれが恥ずかしかったが、今ではもうすっかり慣れっこだ。まあ、お互いにまだ幼児と言ってもいいぐらいの年なので、別に興奮とかしないからな。俺もロリコンの性癖はないし。……あと十年ぐらいするとヤバいことになりそうだけど。


「よし、オッケ!」

「私もいいわ」


 俺たちは二人揃って部屋を出ると、廊下を走り抜けて庭へと出た。砂利の敷き詰められた庭には既に何人かの子どもが居て、その前で教官の男が手にした懐中時計を睨んでいる。彼の名はヒコザ、風迅流の人間としては珍しく、仮面を付けてない男だ。けれど頬に傷があるその髭面は、目つきの鋭さと相まって極めて威圧的で、仮面を付けていた方がマシだと言われている。


「二分二十一秒! 合格!」

「はいッ!」


 返事をして頭を下げると、俺たちはヒコザから見て左側の前列に陣取った。ここが俺たちの定位置だ。やがて三々五々に見習いたちが集まり、二列に分かれて綺麗に整列をする。


「では、これより朝の鍛錬を始める。まずは各自、腕立て・腹筋・背筋を百回ずつだ!」

「はいッ!」

「それが出来た者から刀気の鍛錬に移れ。なお、十分以上かかった者が居た班は木刀なので急ぐように!」

「はいッ!」


 大慌てで腕立て伏せを始める見習いたち。木刀と言うのは、木刀で一発殴るということだ。一応、最低限の手加減をされてはいるのだが、子どもの身体でそれを受けると最低でも一週間は残る痣が出来る。下手をすれば骨折だ。もし骨折で動けないと言う事態になれば、どうなるのかはわかりきっている。俺たちは運動の汗と共に嫌な汗もかきつつ、懸命に身体を動かした。


 しばらくすると、俺とククはほぼ同時に基礎鍛錬を終えた。俺たちが最初だった。桑名屋の牢に居た頃からコツコツと鍛錬を積んでいるのが効いているようで、体力は見習いの中でもトップである。歴代の中でも、訓練を初めて一年でここまで出来る者はほとんどいなかったらしい。鬼と呼ばれているヒコザが珍しく誉めてくれた。これからのことを考えれば、まだまだ全然なんだけどな。


「よし、では刀を持って刀気の鍛錬に入れ。時間は七時までだ」

「はいッ!」


 俺たちはそれぞれに刀を受け取ると、抜刀し、上段の構えを取った。鋼の青々とした輝きが朝日に煌めく。俺はそれを見つめつつもゆっくり瞼を閉じると、意識を身体の奥へと沈めて行った。


 刀気というのは、剣法に用いる特殊なエネルギーのことだ。刀に用いられている玉鋼を媒介として、生命エネルギーと精神エネルギーを混ぜ合わせることで発生する。これを用いることによってサムライは斬撃を飛ばしたり、刀から炎を出したりすることが可能となり、また身体に流せば身体能力を大幅に引き上げることもできる。まさにサムライにとっては必須のエネルギーだ。だがこれを発生させるのは容易ではなく、俺もかなり苦戦していた。


「もう少し、もう少しだ……」


 手に血液を集中させるようなイメージで、生命エネルギーを次々と刀に流し込んでいく。俺の場合、七歳の体に十五歳相当の精神と言うのが良くないらしく、常に精神エネルギーの方が圧倒的に多い状態だった。なので今日は意識して、生命エネルギーの方に重点を置いて流し込んでいく。するとしばらくして、刀身から白い湯気のような物が上がり始めた。順調な証拠だ。よし、このまま――


「うあッ!?」


 刀気が発生したと思った瞬間、額を刺すような痛みが走り抜けた。全身の毛が逆立ち、何か得体の知れないエネルギーが身体の底から一気に溢れだす。赤熱、発光。そして爆発。にわかに強い光を放った刀は、ガラスのような高音を立てて砕け散ってしまった。俺は思わず、刀を握ったまま茫然と立ちすくんでしまう。ヤバいぞこれ。この刀って無銘だけど結構高いから壊すなって言われてたのに……!


「大丈夫!?」

「あ、ああ……なんとか」


 慌てて駆け寄ってきたククに、俺は顔をひきつらせつつもどうにか返事をした。内心は全く大丈夫じゃないのだが、そう言うよりほかはない。とにかく、このことをどうにか処理しなければ。俺は前方に居るはずのヒコザを見た。するとその強面に、今まで見たことのないような戸惑いの色が浮かんでいた。


「小五郎、今何をした?」

「刀に刀気を流し込んでおりました! ですが、制御が下手で壊してしまいました、申し訳ありません!」

「……本当に刀気を流しただけか?」

「はい、そのほかのことはやっておりません!」

「……そうか、ならば良い。初めて刀気を発生させるときには良く制御不能となるからな。今回もそれであろう。換えの刀を用意するので、引き続き鍛錬に励め」


 そういうと、ヒコザは刀の収められている倉庫の方へと歩いて行った。あれ、おかしいな。いつもなら備品の破壊は確実に木刀なんだが……まあ、いいか。たまたまヒコザの機嫌が良かったのだろう。基礎鍛錬を一番早く終えたおかげかもしれない。俺は戻ってきた彼から換えの刀を受け取ると、再び何もなかったかのように鍛錬を始めたのだった。




 朝食を食べた後も、午前中は引き続き刀気の鍛錬の時間だ。それが終わって昼休憩を済ませると、午後は座学や応用の時間である。こちらは毎日同じメニューの午前とは違って、日替わりでカリキュラムが組まれている。座学の日、実践練習の日、果ては大人と一緒に森へ下級の妖怪討伐に行く日などがある。今日は、その中でも座学の日だ。


 座学の内容は小学校の低学年レベルで、授業の形式などもそれに準じている。座学担当のリキュウというサムライが黒板の前に立って講義をし、長テーブルに並んだ俺たちがそれを聞くと言う形式だ。驚いたことに教科書などもきちんと準備されていて、こんな血生臭い場所で行っているにしてはかなりまっとうな授業である。ただし日本と違って、体罰どころか「拷問は教育だ!」と言われるような恐ろしい状況に変わりはないが。


 俺とククは実技の時と同様に前列の左に陣取っているのだが、正直言ってほとんどの場合は眠い。一応これでも、日本の義務教育をきっちりまっとうして高校に進学しようとして居た身だ。いまさら小学校レベルのことをやらされても、退屈でしかたがない。まだ歴史や地理と言ったこの世界ならではの授業ならばそれなりに面白いのだが、算数や国語となるともう駄目だ。睡魔が大挙して襲ってくる。けれどふまじめな態度をしようものならすぐさま木刀が待っているので、普段は詰まらなくても懸命に授業を聞いているフリをしていた。


 けれど今日は……眠さを堪えるのが非常に厳しい。午後からの座学の時間は三時限あるのだが、今日はそれが算数・国語・国語となっていたのだ。いつもならば歴史や地理、さらには妖怪学と言ったそれなりに面白い授業が必ず入るのだが、さまざまな事情で今日は国数オンリーらしい。クソ、昼に結構食べたせいで辛い……! ククが時々、リキュウにばれないように背中を叩いてくれなければ今頃は夢の国……あッ!


「そこ! いま顔が下がっていませんでしたか!?」


 ほんの一瞬、俺の頭が下がったのをリキュウは見逃さなかった。座学担当と言っても、さすがに風迅流のサムライだ。気配の察知などお手の物ということだろう。ヤバいな。上手くごまかさないと木刀だぞ……! 俺は不安げな顔をするククに見つめられながらも、ゆっくりと立ち上がる。


「い、いえ! 先生のお話はきっちりと聞いております!」

「本当ですか? ならば、この字の読みを言ってみなさい」


 リキュウは黒板に「仙人掌」とデカデカと書き込んだ。彼は掛けている眼鏡をクイッと上げると、ニヤッと目元を緩める。教室がにわかにざわめいた。「あんなのやったか?」などと言ったささやきが聞こえてくる。ククも額に皺を寄せると、大丈夫かと視線を送ってきた。くそ、こんなの絶対教えてなかっただろ! わざと読むのを失敗させて、木刀で殴るつもりだな!


 ……だが、甘い。自慢じゃないが、俺は前世では漢検二級を持っていた。これぐらいの難読漢字であれば、余裕で読める。俺はしばらく悩んだようなフリをすると、ギリギリ聞こえる程度の声で呟く。


「……さぼてんでしょうか」

「…………正解。話を聞いては居たようですねえ。ですが態度がよくありません、今後は気をつけるように!」

「はいッ!」


 リキュウは憤慨して鼻を鳴らしつつも、授業を再開した。やれやれ、上手く乗り切れたようだ。緊張して冷や汗をかいた俺は、ゆっくりと座布団に腰をおろした。幸か不幸か、眠気はもうすっかりとれていた。それからあとは無難にやり過ごし、どうにか俺は座学の時間を終えた。




 座学を終えるとすぐに夕食の時間だ。そしてそれを食べ終えると、就寝までの間は自由時間である。基本的にここの修行は年中無休なので、この時間が唯一思いっきり休める時間だ。僅か二時間ほどしかないが、子どもたちはこの間にここぞとばかりに遊ぶ。俺やククも例外ではなく、毎日この時間は限界まで羽を伸ばしていた。けれど今日は――


「お前ら、新参組のくせに調子に乗ってないか?」


 見習いの中でも入った時期が一番古い年上の集団。そこの親玉に盛大に絡まれていた――。

※主人公たちの年齢を二歳増やしました。

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