第十一話 技と仲間
ナシメの言葉に、にわかに場の空気がざわめく。俺も思わずククと顔を見合わせた。反逆――その言葉の意味するところを知らない者は、この場には居ない。それはすなわち戦争だ。この里に居る数百ものサムライたちとの全面戦争を意味する。そしてそれが行き着くところは、反逆者である俺たちの死だ。
「……バカな! 勝算はあるのか!?」
「そうだ、勝てるわけない!」
次々に声を上げる見習いたち。だが、ナシメは表情を乱さず至って冷静だ。彼女は手をスッと横に振ると、その場を鎮める。
「勝算はあるわ。実は今回の反乱を起こすにあたって里のサムライたちの一部が協力を申し出てくれているの。その数は中堅層を中心に八十。上級も何名か居るわ」
その言葉に再びどよめく一同。これが本当だとすれば、かなりの戦力だ。上手く運用できれば、反乱の成功もそれなりの可能性を帯びる数字である。どうやらこの反乱、ナシメ一人の企てではなく背後にチルに反抗する大きな勢力があるようだ。
「さらにもう一つ。実は紫の国の大名から大きな依頼が入っているらしくてね。葉月の二十日かからチルや幹部のほとんどが里を離れることが分かっているの。その隙をついてチル達が居ない間に里を占拠すれば、リスクは最小限で済むわ」
「……それはどこの情報だ?」
「わしだ」
俺の問いかけに、ナシメの隣に座っていた男が答えた。深く、渋みのある声である。仮面で顔は隠れているが、その重い響きから察するに歳の頃は五十過ぎと言ったところ。この里は基本的に若い人間で構成されているので、立場がある程度絞られてくるほどの年齢だ。おそらく、この男は里の幹部クラスの人間だ。ナシメを支援する勢力の親玉だろうか。
「わしの名は……そうだな、仮にナナシロとでもしておこうか。故あって正確な立場や名はいえぬが、それなりの地位にあると自負しておる」
「……それで信用しろって言うの?」
ククの鋭い声が響く。それに何人かの見習いたちが同調した。俺もまた、彼の被っている仮面に懐疑的な視線を送る。ナナシロなんて、如何にもな偽名ではないか。どう考えてもいざというときに切り捨てるため名を明かさないようにしか思えない。するとそんなナナシロを、ナシメがフォローした。
「彼は信用のおける人間よ、私が保証する。だからその点については安心して! 私の言葉じゃ信じられないかもしれないけどさ、お願い!」
熱弁をふるい、皆を説得しようとするナシメ。長年の間それなりに繋がりがあるので、彼女の人柄については俺たちもよく知っている。まじめで実直で、とにかく熱い。こんな血生臭い場所にはおよそ似つかわしくない、カラッとした人間性だ。とても嘘をつくような人間ではない。
「ナシメがそう言うのならまあ……」
「うーん……仕方ないか……」
普段ナシメと仲が良い人間を中心に、皆が少しずつ納得し始める。その様子を確認したナシメは、うんうんと頷くと次の話題へと移った。
「では、納得してもらえたところで参加するかしないかの意思表明をして欲しいわ。みんな、今回の作戦に参加してくれるわよね? ちなみに、参加しない場合でも身の安全は保障するわ」
「俺は参加しない」
「私も、聞かなかったことさせてもらうわ」
「なッ!?」
俺とククのきっぱりとした宣言に、ナシメは思わず面食らった。彼女は目を見開くと、「え、え?」と戸惑った声を上げながら視線をフラフラと彷徨わせる。しかしすぐに再始動を果たすと、俺たちの座っている方をスッと見据えた。
「あ、あなたたちほんとに参加しないの?」
「ああ、参加しない」
「ええ」
「なんでよ! あなたたちだって、この里を憎んでたじゃない! どうして!」
「だからだよ!」
俺の強い言葉に、ナシメはハッと息を呑んだ。けれど俺はさらに畳みかけるように続ける。
「この計画は、チルが居ない間に里を乗っ取るんだよな? それが気に入らないんだよ。俺たちが一番復讐しなくちゃならないのは――」
俺は言葉を中断し、一拍の間を置いた。そして、高らかに告げる。
「チルだ。あいつこそが俺たちの倒すべき相手なんだ!」
にわかにざわめきが広がる。見習いたちだけでなく、仮面の男たちまでもがガヤガヤと声を上げ始めた。一方、ナシメは唖然とした表情でこちらを見ている。その額には大粒の汗が滴っていた。やがて灯明を反射して輝くそれは床にぼたりと落ち、ナシメはゆっくりと口を開く。
「それ本気なの? 悔しいけど、チルはこの里でぶっちぎりに最強のサムライなのよ! 上級百人に匹敵するとか言われてるし、倒せない!」
「倒せるさ! 今はまだ出来てないけど、奴を倒すための技も開発してる!」
「……嘘じゃないわよね?」
ナシメの声のトーンが、やや低くなった。冷静になって、俺のことを疑っているようだ。俺は彼女の言葉に深々と頷く。
「ああ、七割方は完成している。これが完成すればチルを倒すことも不可能ではないはずだ」
「どんな技なの?」
「刀気と妖気の融合だ。陰陽法と俺は名付けている」
「それって、まだ誰も成功したことのない技じゃない! それに妖気って……本当にできるの?」
「できる。今から一か月の時間を俺にくれ! それだけあれば必ず完成させられる、いや、完成させて見せる!!」
そう言うと、俺は勢いよく床に頭を擦りつけた。ろくに磨かれていない床と額が擦れて、皮膚が痛くなる。けれど構いやしない。今の俺にできる最大限の行動がこれなのだ。逆に言うと、これしかない。ナシメはそんな俺の様子を見てにわかに石化したが、すぐさまキリリと締まった表情をする。彼女は脇に座っているナナシロに、さっと目配せをした。
「ナナシロさん、いいかしら?」
「どうぞご随意に。わしは陰ゆえに」
「ありがとう。……じゃあ小五郎、私はあなたと陰陽法に賭けてみたいと思うわ。絶対に完成させて」
「任せておけ!」
「よし、じゃあ作戦変更よ。決行日は長月の二日。依頼帰りで疲れているチル達を狙って、総攻撃を仕掛ける!」
こうしてその日、暗い図書寮に鬨の声が響いた――。
その数日後の夜。作戦に備えて気合を入れて修行を開始ししようとした俺たちは、何故か部屋に入る直前でヒコザに呼び止められた。こんなことは滅多にないので、俺たちは思わず身を固くして緊張した顔をする。まさか、この間のことがばれたのか――何とも嫌な予感がした。一方、ヒコザは落ちついた様子で用件を切り出す。
「これからお前たちに重要な発表がある。班員死亡により長年一人班となっていたナシメなのだが、このたび、本人たっての希望でお前たちの班に編入されることが決まった。これからは三人で仲良くするように」
ヒコザがそう言うと、彼の後ろから大荷物を背負ったナシメが現れた。彼女はこちらにぺこりと頭を下げると、スカイブルーの瞳をランランと輝かせて言う。
「これからよろしくねッ! しばらくの間だけど、一つ屋根の下で仲良くしましょ!」
「う、うん……?」
「……え?」
驚いた顔をする俺たちをよそに、彼女は勝手知ったる様子で部屋の中へと入って行ってしまった。こうして突然だが、俺たちの部屋に新たな仲間が増えたのだった――。
クリスマスですが更新です。
誰が何と言っても更新です!




