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始まりの前に

作者: 里見

斜芭萌葱さんのキャラ(椎名、胡蝶)をお借りして書かせて頂きました。

時系列的には夢の故郷の一章(1)の直前の話になります。

「椎名君?」

 少女の声に呼ばれ、椎名は手にしていた書類を机の上に放り出した。不可解な案件に、ずいぶん長いこと気を取られていたらしい。怪訝そうな視線を浴びて椎名は一つ溜め息を漏らした。

「あ、それ……」

 長い髪が揺れてたった今放り出したばかりの書類に少女の視線が向けられる。

 書類には茶褐色の短髪に同色の眼をした男の写真が貼り付けられていた。フィンレイ・エヴァル、三十四歳。到底三十を超えているようには見えない男であるが、死亡状況が少し――否、だいぶ特殊な部類である。死亡原因は謎の爆発に巻き込まれて死亡と記載されているにもかかわらず、その爆発を起こしたのがフィンレイ本人であるとも併記されている。爆弾とも違うようだが、状況だけを見れば自爆テロだ。

「何があったんだろう」

 不思議そうな彼女――胡蝶の声に、椎名は再び放り出された書類に視線を送った。

 どちらかと言えば柔和で、テロなど物騒なこととは無縁そうな顔立ちをしている。自ら起こした爆発で死んだわりには、現世残留理由欄はおそらく人名であろう“グレイス”とだけ記されていた。

「行くしかないだろ」

 記載された地名に辟易しながら椎名は立てかけてあった刀を掴む。居場所として記載されていた“水の国”へは飛べるのだろうか。どうにも馴染みどころか存在すら怪しいところだが、念じてみれば思いの外あっさりと、いつも通りに意識が遠ざかるのを感じた。


*  *  *


 辿り着いた場所は澄み切った青空が広がり、空だけ見れば清々しい陽気である。しかし地上に目を落とした瞬間、陰鬱な気分が全身を包み込んだ。

 足元には乾いた地面。彼方には緑がちらほら見えるが、椎名の周辺には樹木どころか雑草一つ見当たらない。その代わりのように、今にも崩れそうな手の平ほどの厚さの大きな岩が地面に突き立っている。視線を巡らせると、岩は他にも何箇所かあるようだった。大小いくつかの岩を眺めていると、ようやく胡蝶が追いついて困惑気味に視線を向けてきた。

「ここ……?」

「そうらしいな」

 椎名は溜め息混じりに呟きながら胡蝶の背後に視線を向けると、そこに目的の人物を認めて目を眇めた。

「フィンレイ・エヴァル――」

 一歩踏み出すと、靴底と砂の擦れる音が不自然に広がる。

「あんたの葬式を挙げにきた」

 椎名の視線の先に、先ほど見たばかりの茶褐色の頭が鎮座していた。地面に腰を下ろし、どこか遠くに視線を向けたまま微動だにしない。声は届いているのだろうか、疑問に思ってもう一歩を踏み出そうとした瞬間、男――フィンレイの頭が揺らいだ。

「もう来たのか」

 迎えを待っていたにしては嫌そうな声で、しかしその迎えを待ち望んでいたかのような穏やかな双眸が椎名に向けられる。

「困ったな。もう少しだけ、待たせてもらえないか?」

 胡座をかいて座ったまま動こうともせず、フィンレイはそう口にする。

 死亡日時から半年ほど経過していることが気掛かりだったが、本人は至って平静。死者と話しているというよりは、同僚と相対している時の感覚に似ているなどと考えながら返す言葉を思案する。

「いいですよ」

 答えたのは椎名ではなく、胡蝶だった。

「日が暮れるまででいいから」

 椎名が口を挟む間もなくフィンレイの言葉が返り、開きかけた口を再び閉ざした。


「あんた、死んでからずっとここにいるのか?」

 地面に縫い付けられたように立ち上がる気配のないフィンレイの傍らに立ち、椎名は言葉を投げかける。椎名を仰ぎ見て、フィンレイは一度だけ頷いた。

「人を待ってるんだ」

「――グレイス?」

 資料で見た名を出すとフィンレイはほんの少し驚いたように目を見開き、次いで薄い笑みを浮かべる。

「あいつには、色々背負わせてしまった」

 そう呟くように零した横顔はまだ多くのことを語っているようだったが、椎名にはそれが何であるのか汲み取ることは出来なかった。胡蝶ならばそれらを丁寧に掬いあげていたのかもしれないが、生憎崩れかけの岩の一つ一つを見て回る彼女に二人の会話は届いてないようだった。

「……あれは、ここにあった建物の壁だったんだ」

 胡蝶が見て回っている岩の一つに視線を向けてフィンレイがぽつりと呟いた。それはさっきも聞いた、と喉まで出かかった言葉を飲み込んで椎名はフィンレイに視線を落とす。

「俺はここにいて、あいつや……他の仲間を苦しめる元凶を殺すために、禁術を使った」

 大筋は資料に記載されていた通りだったがフィンレイの言う『禁術』については記載がなかった。しかし、その禁術というものが爆発の原因なのだろうことは容易に想像できた。

「死体どころか、建物も残らなかったんだな」

 どこか虚ろな声でフィンレイは周囲に視線を滑らせた。残された壁の残骸から、爆発の規模が見て取れる。

 フィンレイが座っている位置を中心に、放射状に爆発の痕跡が地面に刻みつけられていた。距離にして、半径数百メートルはあろうかという規模だ。生身の人間がそんな大規模な爆発を受けて生きているはずがない。それは頑強な建物にも同じことが言える。壁が残っていることすらも奇跡に等しい。

 不意に、フィンレイが立ち上がった。その視線の先をたどると、なだらかな下り坂の先に馬とそれを引き連れた人影が見える。穏やかな表情で「間に合った」と呟くフィンレイを横目に、椎名はその黒い人影を凝視した。

「……おかえり」

 馬を河川敷につなぎとめた影がゆっくりとこちらに向かってくる。僅かな躊躇いもない、しっかりとした足取り。

 やがて、爆発の中心と思われる場所――フィンレイ――の前に立ち止まった。椎名よりも頭半分ほど高く、鍛え上げた体躯はその身長以上に男を大柄に見せた。

 フィンレイは椎名の隣で男を見上げ、笑みを浮かべる。対して、男の方は苦しげな表情だった。フィンレイの前――否、爆発の中心と思われるその場所の目の前で膝を折り、厚い手の平で地面をそっと撫でている。

 ――フィンレイ、今……戻った

 静かだが、よく通る声。その声を聞いてフィンレイはひどく満足気な笑みを浮かべ、一度頷いた。その直後、あまりにもあっけなくその姿は霧散した。本当にそれだけが望みだったと言わんばかりに。

「椎名君」

 見ていたのだろうか、胡蝶が駆け寄ってくる。それを視界の端に捉えながら、椎名は再び立ち上がった男を見上げた。まだ何か言おうとしているようだったが、聞くべきではないだろうと判断して取り巻く全てを振り払うように目を伏せる。

「あ、待ってよ! 椎――」

 胡蝶の非難する声をすべて聞かないまま、椎名の意識は遠ざかっていった。

今回、メインは「椎名くんを書かせていただく」ということで執筆を開始しました。

本当はエレツと会話をさせてみたかったのですが、設定的にかなり苦しいことが判明したのでボツに。

中途半端になってしまって申し訳ないです…。

いつかリベンジできたらいいなぁ、なんて思っていたりします。


お二人をお貸しくださった斜芭萌葱さんには感謝感謝であります。

ちなみに、椎名くんと胡蝶ちゃんが出てくる『葬儀屋』シリーズは淡色綺譚(http://awairo.iza-yoi.net/)にて公開されております。

素敵な葬儀屋さんたちがいっぱいいらっしゃいますので、ぜひご覧くださいませ。

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