【009 バルゴー倒す】
【009 バルゴー倒す】
〔本編〕
ハクビ、マーク、レナの三人はクルス山に向かって逃げたが、ほどなく馬の軽快な蹄の音が聞こえ、ハクビ達は三人の帝國軍の騎兵に囲まれた。
明らかに先ほどの兵とは違っていた。
先ほど倒した兵の兜に特に装飾はなかったが、この兵士達には額のあたりに真横を向いた獣の装飾のようなものがあった。
「こいつらか! 我が軍の兵士を倒したのは……」
一人の兵士が他の二人に話しかける。
「我々を誰だか分かってないようだな」
別の一人が応じる。
「隊長! 教えてやってくださいな。小僧共驚くな!!」
最後の一人が、一番初めに話した兵に話しかける。
隊長と呼ばれた最初の一人は、髭を蓄えた四十代半ばの男であった。
残りの二人は、彼の部下であろう口ぶりである。
隊長と呼ばれた男は叫ぶ。
「俺たちは、バルナート帝國軍の四神兵団の筆頭『白虎騎士団』だ! そして俺様はその小隊長のバルゴー様だ! 見たところ三人とも第一段階のようだな。俺たちは、第二段階のブロンズナイト。勝負にならん! まあ、俺様が一人で相手してやる」
そして隊長は、振り向き部下の二人に言う。
「おまえ達は手を出すな! 但し、逃げないように包囲はしておけ!」と……。
次の瞬間、バルゴーはホースを駆り、ハクビ達三人に襲いかかった。
ハクビは、マークとレナより一歩前に出て二本の斧を振り上げた。
この時、ハクビの脳裏には、この敵とどのようにして戦ってよいのか、全く見当がついていなかった。
しかし、ハクビの体は、不思議と動いた。
右手で槍を構えて向かってくる敵に対し、右手の長斧で、相手の槍を打つ。
長斧は、今まさにハクビの額を捉えようとしたバルゴーの槍の穂先と交わり、そのまま槍を左へ流す。
それと同時に、ハクビは長斧に体重をかけ、左横にそのまま大きく跳躍し、合せて体を九十度ひねる。
その動きで、ハクビは騎乗しているバルゴーの右側面に正対したことになった。
そして、それらの動作と同時に短斧を持った左手を、巻き付けるように右の腰に移動させていた。
次に、ハクビはそのまま空中で自分の体を絞るように回転させ、その回転に左手に持った短斧を、右から左へ大きく水平方向に振り抜いた。
振り抜かれた短斧は、バルゴー隊長の腹部を大きく切り裂いたのであった。
バルゴーはこの腹部への一撃で、馬上から落ち、乗り手を失ったホースはそのまま、ホースが向かってくるため身を伏せたマークとレナの頭上を越えて、クルス山の方面へ走り去っていったのであった。
これが、二秒間に間に行われた。
落馬したバルゴーの腹部の傷は致命傷であった。
もしバルゴーが技量の達人若しくは直感に優れていたら、ハクビの長斧で右に流された自分の槍の態勢を無理に立て直そうとせず、右手から力を抜いていたであろう。
そうすれば、ハクビは長斧を支点に跳躍することが出来ず、結果、自分の懐という至近距離にハクビが入り込むこともなく、結果、短斧の射程圏内に自分の腹部を晒すことにもならなかったであろう。
しかし、残念ながらバルゴーは、技量の達人でもなく、直感にも優れていなかったため、長斧によって右に弾かれた槍の態勢を立て直すことに全力を尽くし、結果、ハクビによって倒された。
〔参考一 用語集〕
(神名・人名等)
ハクビ(眉と髪が真っ白な記憶喪失の青年)
バルゴー(バルナート帝國軍の白虎騎士団に所属する小隊長)
マーク、レナ(コムクリ村の住人。マークが兄で、レナが妹)
(国名)
ソルトルムンク聖王国(大陸中央部から南西に広がる超大国。第八龍王優鉢羅の建国した國)
バルナート帝國(北の強国。第七龍王摩那斯の建国した國。金の産地)
(地名)
クルス山(ソルトルムンク聖王国の南西にある山)
(兵種名)
第一段階、第二段階(兵の習熟度の称号。第一段階より第二段階が上)
ポーン(第一段階の兵の総称)
ブロンズナイト(第二段階のブロンズホースに騎乗する騎兵。『銅騎兵』とも言う)
(その他)
四神兵団(バルナート帝國軍の軍団の総称。白虎騎士団、朱雀騎士団、青龍兵団、玄武兵団の四つに分かれる)
〔参考二 大陸全図〕