【594 グロイアスの選択】
【594 グロイアスの選択】
〔本編〕
「……しかし、ザッド様からの命令とはいえ、黒蛇軍に死の軍勢に加われとは……。部下にはどう伝えれば良い?!」
グロイアスが、マルドス城最上階の一室で、三人の部下に尋ねる。
「別に、そのままザッド様からの命令ということで、グロイアス様が部下にお伝えすればよろしいのでは……?」
一人の部下がそう答えた。
「俺たちはともかく、黒蛇の兵は、確かに敵兵や民をいたぶって殺すことを喜ぶ、人の皮を被った獣のようなクズたちばかりではあるが、それでも存在としては『人』だ!
骸骨兵や死体兵と共に戦うことに違和感を覚えるのではないか?」
「確かに……、しかし黒蛇の兵たちであれば、二、三度死の軍勢と一緒に戦えば、自らが人であることもすっかり忘れてしまうのではないでしょうか? 魔族の我らですら、時に引くぐらいの残忍な行為を、降伏した兵や民に平気で行える獣共でありますから……」
別の一人が、グロイアスの問いかけにそう答えた。
このやりとりから、グロイアスと共にいるこの三人の部下は、全て魔界から派遣された魔族であることが分かる。
「まあ、お前たちの言う通りであると、俺も思う。しかしザッド様は、要請という形とはいえ、何故、黒蛇軍にこの地を放棄して、死の軍勢に合流するよう求めておられるのだ! お前はどう思う?」
そう言うとグロイアスは、まだ答えていない最後の一人にそう問いを投げかけた。
「それは……、少しでも増援が欲しいということではないでしょうか?」
「百万の死の軍勢を有していながら、黒蛇軍に合流を求める? たかだか八千の軍勢に何を期待する?」
「……」
「俺が思うに……」
グロイアスは、部下の答えを待つまでもなく、自らの見解を語り始めた。
「このグロイアスを試しているのだと、俺は思っている!」
「グロイアス様を試されていると……?」
「『グロイアス! お前は小生に終生仕えられるか!!』というザッド様の心の声が、俺には聞こえる。
『もし小生に終生仕えるのであれば、この要請に応えよ! むろん応えなければどうなるかは分かっているとは思うが……!』といった恫喝の声も併せて聞こえる……」
グロイアスのこの見解に対し、三人の部下は、魔族でありながら、背筋に寒気を覚えるほどの恐怖を感じた。
そして、おそらくはそのグロイアスの見解は正解であろうと……。
「グロイアス様! ……であれば、すぐに全軍を率いてザッド様の元に赴くべきでは……」
三人の部下が異口同音にそう叫んでいた。
「……確かにお前たちの考え方は正しい! しかし……」
グロイアスが続けた。
「あえて、その要請に応じないというのも、一つの選択肢ではないかと、俺は思っている」
三人の部下からすれば、上官であるグロイアス将軍の意外ともいえる結論であった。
「しかしそれではザッド様が、ヴェルト全ての軍勢を滅ぼし、ヴェルト大陸を支配下においた暁には、グロイアス様を今回の要請に従わなかったことを、罪として断罪するのではないでしょうか? 最悪の場合、グロイアス様を始めとして、黒蛇兵全てを殺害しようとするかもしれません!」
「その可能性はあり得るな!」
「では! 何故?!」
グロイアスの三人の部下からすれば、グロイアスがザッドの要請に応えないという選択肢があるという発想が、到底理解できるものではなかった。
「しかしそれは、あくまでもザッド様が、ヴェルト全域を支配下に置いた場合の話だ。ザッド様が、道半ばで挫折をするという見方もあるのではないか?」
グロイアスは、ここで三人の部下に向かって片目を瞑っておどけてみせた。
「まさか! そのようなことが……!」
「あり得ません! ザッド様の軍勢は不死身の軍勢百万! それに打ち勝てるような部隊は存在しません!!」
「それに、ザッド様の後ろ盾として魔界六将の神々がおられます! 絶対にザッド様がヴェルトの地を支配下に治めてしまうに違いありません!!」
グロイアスの三人の部下は、それぞれがそう発言した。
「この世の中に絶対があるのかは定かではないが……」
グロイアスは、その三人の真剣な面持ちを、少し楽しむような感じで話を続けた。
「ジュリス王国のイデアーレ将軍に騙され、ヘルテン・シュロス以外の地を全て失われた時は、誰もが“絶対”にザッド様の命は風前の灯火と思ったのではなかったかな……?」
「……」
「……」
「……し、しかし、その後、ラハブ様のご助力により、魔界六将のベルゼブブ様とサキュバス様による百万の軍勢を手に入れられたではありませんか! ザッド様は……」
「その通りだ! つまりそれはザッド様の軍勢ではないということだ! ザッド様の私兵は一人もいない!」
「しかし……」
「まあ、聞け! ザッド様ご自身の軍でないということは、ベルゼブブ様、サキュバス様、あるいはラハブ様のご判断次第で、いつでもザッド様の元から死の軍勢を引き上げるかもしれぬということだ! ザッド様が、何らかの失策を犯したりした場合とか……」
「確かにグロイアス様のご見解、ごもっともかと。しかし、だからと言ってザッド様のご要請を無視されるのは……」
「無視するつもりはない! それにザッド様の要請に全く応えないわけでもない。ただ、すぐにザッド様の元に赴くことはしない。そして全軍で赴くつもりもない。
せいぜい二千程度の黒蛇兵を、ザッド様の軍と合流させる。それも、俺はこのマルドス城から動かない。その理由については、俺が直接、書簡にしたためよう。
その書簡を携え、二千の兵と共に……、ランバオシ! お前がザッド様の元に赴け! そして、このザッド様の元にお前が赴くことを秘密裏に行え!
つまり、ジュルリフォン聖皇のみならず、敵国であるミケルクスドのハリマ将軍にも、黒蛇の兵がザッド様と兵の一部とはいえ合流することは絶対に知られてはいけない! 分かったか!!」
『はい!』
三人の部下は、揃って返答した。
「しかし、グロイアス様。敵の将軍のみならず聖皇陛下にも、我ら二千のザッド様の軍勢との合流を秘密にするということは、どういった事情でありましょうか?」
ザッドの軍勢と合流する兵を率いる予定の指揮官、ランバシオがグロイアスに尋ねた。
「厳密に言うと、黒蛇の兵以外の地上界の人間全てに、この事実は知られてはいけない。誰も知られなければ、ザッド様が失態を犯し、地下世界の兵全てがヴェルトの地から去ったのちも、我らは地上に留まることができる。地上と地下のパイプは、どんなに細くなっても残しておく必要はあるからな!」
〔参考 用語集〕
(神名・人名等)
イデアーレ(ジュリス王国の将軍)
グロイアス(ソルトルムンク聖皇国の黒蛇将軍)
サキュバス(魔界六将の一人。第四将軍)
ザッド(ソルトルムンク聖皇国の宰相。正体は制多迦童子)
ジュルリフォン聖皇(ソルトルムンク聖皇国の初代聖皇。正体は八大童子の一人清浄比丘)
ハリマ(ラムシェル王の家臣。ラムシェルの右脳と呼ばれる人物)
ベルゼブブ(魔界六将の一人。第二将軍)
ラハブ(魔界六将の一人。第五将軍)
ランバオシ(グロイアスの部下。魔族)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖皇国(龍王暦一〇五七年にソルトルムンク聖王国から改名した國)
ミケスクスド國(西の小国。第五龍王 徳叉迦の建国した國。飛竜の産地)
ジュリス王国(北西の小国。第一龍王 難陀の建国した國。馬の産地)
(地名)
ヘルテン・シュロス(元ゴンク帝國の帝都であり王城。別名『堅き城』)
マルドス城(ツイン城を守る城。通称『山の城』)
(その他)
黒蛇軍(ソルトルムンク聖皇国七聖軍の一つ。グロイアスが将軍)
魔界六将(地下世界の六人の神)




