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【557 フルーメスの統治官(前)】


【557 フルーメスの統治官(前)】



〔本編〕

 ザッドの要請により、フルーメス島の統治の任を命じられたのが、ワクイロガイズスという名の女親衛隊長であった。

 一〇五八年当時、三十二歳になるワクイロガイズスという女親衛隊長は、百七十二センチメートルという長身に、金髪で端正な顔立ちから、二十歳で親衛隊員になった当初から非常に目立った存在であった。

 しかし彼女は見栄えが良いだけでなく、非常に優秀な上、部下に優しく、上官に対しても上官の立場を理解して接し、聖皇国民さらに敵国の捕虜に対しても分け隔てなく慈愛を注ぐような女性であったため、三十で聖皇国の親衛隊長の一人となり、それからわずか三年で、今回のフルーメス島の統治官に任命されたのである。


 ザッドの腹心の部下というと、ザッドにおもねるだけで何の能力も無い者か、あるいは蒼鯨将軍スツールのように優秀ではあるが性格的にザッド寄りで、かなり問題があるような部下しかいないように思われがちだが、このワクイロガイズスのように、優秀でかつ性格的にも誰からも好かれるような人物も少数ながらも存在したのである。

 もし彼女が、グラフ将軍の部下であったとすれば、これほど心強いことはなく、また彼女も喜んでグラフ将軍に仕えたと思われるが、たまたまそのような機会がなかっただけであった。

 それこそたまたまワクイロガイズスが、ザッドの部下であったというだけの偶然ではあったが、これはノイヤールにとって想定外の大きな誤算であった。


 ワクイロガイズスは、フルーメス島統治の引き継ぎに元フルーメス王国の首都コリダロス・ソームロに一二月一日に着任したが、この時、ノイヤール将軍は病を理由に、ワクイロガイズスと面会することなく、引き継ぎについてもノイヤール将軍が完治した後に行うと、将軍の家臣が、その場でワクイロガイズスに言い渡した。

 彼女は、その後三日置きにコリダロス・ソームロに五回訪れたが、その都度、ノイヤール将軍は病を理由に、ワクイロガイズスと会わなかった。

 ザッドの部下の他の親衛隊長たちであったなら、ここで何もせず無為に時間を潰して過ごすか、またはフルーメス島から引き揚げ、ザッドに報告して終わりという流れであると思われるが、彼女は違った。

 むろん、ザッドへの報告は速やかに行ったが、そのままフルーメス島統治官としての任の継続を希望し、その許可を得るや、いくつかの行動アクションを起こしたのである。

 フルーメス島統治官継続の許可は、年が明けた龍王暦一〇五九年、聖皇暦二年の一月五日におりたが、その日のうちにワクイロガイズスは、コリダロス・ソームロに三十人におよぶ部下を常駐させたのである。

 表向きは、ノイヤール将軍の容態を逐一自分に報告させ、病が癒えればすぐにでもフルーメス島の統治の引継ぎを行うためであったが、本当のところは、既にノイヤールが仮病を理由にフルーメス島から動かないのを看破しているワクイロガイズスが、ノイヤールとその腹心の部下の行動を逐一監視し、彼らをコリダロス・ソームロから極力、外に出させないようにするためであった。

 むろん、ノイヤールは重篤な病と称しているのでコリダロス・ソームロから離れられないが、腹心の部下については、コリダロス・ソームロから外に出ることは実質的には可能であったが、その行動には常にワクイロガイズスの部下が付き従っていた。

 そのため、ノイヤールの腹心の部下たちも、ノイヤールの思惑であるフルーメス島の地盤を固めるといった具体的な行動を全く行うことはできず、ノイヤール将軍の実質的なフルーメス統治は、全くもって進捗しなかったのであった。

 コリダロス・ソームロに常駐させているワクイロガイズスの部下たちも、十日程度でその任を順次交替させられるため、特定の者をノイヤールサイドに懐柔させることも不可能であった。

 そして、ワクイロガイズス自身は、フルーメス島八城の一つトロホタテ城に入城し、そこを仮の行政府とし、実質的な統治のための様々な業務を開始したのであった。

 そしてノイヤール側が、そのワクイロガイズスの統治業務を制したり、咎めたりする理由も術も一切持ち合わせてはいないのは言うまでもない。


 むろん、ワクイロガイズスのフルーメス統治は非常に困難を極めた。

 滅ぼされた国家の民として、滅ぼした国家の支配を受けるのは非常に屈辱的であるし、さらに征服にあたっての聖皇国蒼鯨軍のフルーメスの民に対する虐殺行為は、フルーメスの民心に、強い恨みとして深く刻み込まれていたからである。

 当然、そのことをすべて理解しているワクイロガイズスは、先ず蒼鯨軍の行動を最低限に限定した。

 蒼鯨軍の軍事行動を、フルーメス島の海岸線と海洋の監視のみとし、さらに彼らの行動範囲を島の海岸線から島の内側百メートルまでとしたのである。

 そしてそれ以上の島の内側に入ることは、たとえ非番の蒼鯨兵であっても禁じ、それを破った者は、統治官の権限で有無を言わせず極刑に処すと言い渡したのである。

 むろん、この命令はジュルリフォン聖皇とザッドの許可を得た上で行った。

 布告は同年一月二〇日に発布され、当事者の蒼鯨兵のみならず、フルーメスの民にも広くその布告の内容を公開したのであった。

 発布当初、全く本気にしていなかった蒼鯨の兵士は、当然のように海岸線から百メートル内側にある村や町に平気で踏み込んだが、彼らは、ワクイロガイズスと共に着任した親衛隊の兵によって、その場で拘束され、翌日には、彼らが踏み込んだそれぞれの村や町で、公開処刑として極刑に処されたのであった。

 極刑に処された蒼鯨兵は、発布初日だけで百人を超えたという。

 禁を犯したが、親衛隊の兵に見つからず、からくも逃れることができた蒼鯨の兵たちも、後日、仲間の蒼鯨兵やフルーメスの民の密告によって、禁を犯したのが事実と判明すれば、理由の如何に関わらず、全員拘束され、翌日には極刑に処されたのであった。


 この時、ワクイロガイズスと共に着任した親衛隊の兵は千人程度であった。

 仮に蒼鯨の兵一万が一斉に親衛隊排斥に動いたら、あるいはワクイロガイズス以下親衛隊は、簡単に全員除かれたかもしれない。

 しかし布告が、聖皇並びに宰相が認めた布告であるという事実。

 さらにワクイロガイズスは、禁を犯した蒼鯨の兵の内部告発を積極的に奨励したのであった。

 告発者は匿名で、さらにその告発が事実であれば、多額の報奨金を告発者に、誰にも気づかれないようこっそりと渡していたのである。

 これにより蒼鯨の兵たちは、軍内部でお互い疑心暗鬼に陥り、少なくとも結束して、親衛隊に対抗しようという空気は皆無となった。

 蒼鯨将軍スツール自身が疑い深い性格で、彼の性格に色濃く染まっている蒼鯨軍では、当然の現象であろう。

 その一方でワクイロガイズスは、蒼鯨将軍スツールやその腹心の部下数名を、自分のいるトロホタテ城に誘い、そこで歓待の宴を連日催し、完全に彼らを取り込んでしまったのである。

 ワクイロガイズスの見事なまでのあめむちの使い分けである。




〔参考 用語集〕

(神名・人名等)

 グラフ(ソルトルムンク聖王国の将軍)

 ザッド(ソルトルムンク聖皇国の宰相。黒宰相)

 ジュルリフォン聖皇(ソルトルムンク聖皇国の初代聖皇)

 スツール(ソルトルムンク聖皇国の蒼鯨将軍)

 ノイヤール(正統ソルトルムンク聖王国の六将の一人。元ソルトルムンク聖皇国の黄狐将軍)

 ワクイロガイズス(ザッドの部下。フルーメス島の統治官)


(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖皇国(龍王暦一〇五七年にソルトルムンク聖王国から改名した國)

 フルーメス王国(南の弱小国であり島国。第二龍王 跋難陀バツナンダの建国した國)


(地名)

 コリダロス・ソームロ(元フルーメス王国の首都であり王城)

 トロホタテ城(元フルーメス王国の八城塞都市の一つ。今は、フルーメス島の仮の行政府)

 フルーメス島(ヴェルト大陸の南に位置する小さな島)


(その他)

 蒼鯨軍(ソルトルムンク聖皇国七聖軍の一つ。スツールが将軍)

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