【503 ガイエルの諫言】
【503 ガイエルの諫言】
〔本編〕
ライヒターは、現在三十九歳。
男盛りで、王城イーゲル・ファンタムに住む年頃の女性のうちの半数は、ライヒターと結婚することを夢見ていた。
そして、残りの半数の年頃の女性は、ラムシェル王との結婚を夢見ていたが……。
そのライヒターも五年前の三十四の時に結婚をする。
まるで敵国に占拠されたのではないかと思われるぐらいの悲壮感に、王城全体が満ち満ちたその一大事件であるライヒターの結婚相手は、同じ将軍であるフィーネであった。
フィーネは身長百五十五センチメートルに満たない小柄な女性ではあるが、槍術と飛行技術に優れ、二十歳を一、二過ぎた頃には、実力で将軍となっていた。
そして、現在三十三歳になるが、今やミケルクスドの五指に数えられる将軍へと成長したのである。
フィーネには双子の姉がいた。
名前をフィーナといい、フィーネと瓜二つであったが、瞳の色だけが唯一違った。
姉のフィーナが茶色で、妹のフィーネが青色であった。
姉のフィーナは、フィーネと同様将軍の一人であったが、ライヒターが左目を負傷したカルガス國の攻略の最中、戦死した。
ライヒターとフィーナが相思相愛であることを知ったフィーネは、死んだ姉のために、瀕死のライヒターを一度はそのまま天国へとも考えたが、ミケルクスド國とラムシェル王への多大なる損失を冷静に考え、ライヒターを献身的に看護し、結果、ライヒターは一命をとりとめたのである。
その後、フィーネは多忙な雑事の合間に、ライヒターを支え、ついに結婚の運びとなったが、その結婚が五年前の龍王暦一〇五六年であった。
フィーナが戦死し、ライヒターが負傷したカルガス國の攻略戦が、龍王暦一〇五二年であるので、ライヒターとフィーネが結ばれるのに、四年の月日を要したことになる。
ライヒターとフィーネ双方が、それぞれのフィーナへの想いを整理するのに、四年の歳月が必要だったともいえる。
「兵の総数は?!」
「四万! 陛下の一万を含めると五万! 人口三百万の我が國として、捻出できる限界の兵であります!」
ラムシェル王の問いへの、王の右脳と呼ばれる智将ハリマの回答である。
「うむ。それでは、軍の全容を伝える!」
ラムシェル王の言の葉が続く。
「先鋒の軍は五千! 先鋒の将軍はライヒター将軍!」
「ハッ! 謹んでお受けいたします!」
ライヒターはそう言うと深々と頭を下げた。
「先鋒の軍が、王城イーゲル・ファンタムを出発するのは三日後の二月二〇日。一路、ソルトルムンク聖皇国の王城であるマルシャース・グールに向かう! 続いて、その先鋒の後に続く第二軍は一万! 二軍はガイエル将軍に率いてもらう!」
「ハッ! 臣といたしましては大変名誉ある役目を賜り、喜ばしい限りであります。しかしながら、ここは陛下のご不興を買うのを覚悟いたしまして、あえて一つご質問をさせていただきます!」
浅黒い皮膚で、白髪の初老の将軍は、細く鋭い瞳でラムシェル王を仰いだ。
「どのような問いだ! ガイエル!」
「ハッ! 現在、我が國の食客となっておられますステイリーフォン聖王子様と、今回、王が一緒にお連れになられましたソルトルムンク聖皇国のグラフ将軍殿のお二人に、どちらに居ていただくおつもりでおられますか?」
「ガイエル! 今、この軍議の場で尋ねることなのか?」
「ハッ! 申し訳ございません。しかしながら、これは非常に重要な事柄でございます」
ガイエルはここで頭を垂れたため、誰にも彼の表情を見ることができなかった。
「お二人には、我が國の王城イーゲル・ファンタムに滞在していただくこととしている」
「なるほど、それではもう一つご確認をさせていただきます。ライヒター将軍を先鋒に、このガイエルをその後詰といたしまして、イーゲル・ファンタムの留守には、どの将軍を配備されるご予定でありますか?」
「……ガイエルが何を聞きたいかがよく分からぬが、今回の戦いは国家存亡に関わる大一番であるため、王城に将軍級の人物は配備しない! 先ずは余が留まることになるが、余もさらなる後詰として、どこかの戦場に臨機応変に繰り出す積りでいる。ガイエル! これで、お前の質問に全て答えたことになるが……」
「ありがとうございます。一刻を争う大切な軍議の場において、貴重なお時間をいただいたこと、非常に恐縮であります。しかしながら、臣としてはここで、さらなる陛下のご不興を買うのを覚悟で、一つ諫言させていただきます。
陛下! ステイリーフォン聖王子様とグラフ将軍殿を、イーゲル・ファンタムに留め置くのは非常に危険です! それはお止めいただきたい!!」
「どういう意味であるか! そちの申しようを聞かせてもらえるか?!」
ラムシェル王の鋭い眼光が、ガイエルを射た。
ガイエルはラムシェル王を仰ぎ、そのラムシェル王の鋭い眼光を真正面から捉えた。
「臣は、ステイリーフォン聖王子様とグラフ将軍殿のお二人をイーゲル・ファンタムに滞在させ、ラムシェル王陛下だけで、留守居の司令官に将軍級の者を残さないのは、非常に危険であると考えます。もし、ステイリーフォン聖王子様とグラフ将軍殿が結託をして、我がイーゲル・ファンタムを内側から占拠した場合、我ら遠征軍は戻るべき國を失ったのと同じ衝撃に襲われます。
さらに、ミケルクスドの王を人質にとられました時には、我が國はそこからどのように巻き返していくか、その術を臣は知りません。あるいは、王がイーゲル・ファンタムに駐屯している間は、さすがにそのような動きをステイリーフォン聖王子様側も自重するかもしれませんが、戦が佳境に差し掛かり、王自らがイーゲル・ファンタムを離れ、最前線に向かう時こそ、彼らの思う壺と言えましょう。
元々、今は感情の行き違いから対立をいたしておりますが、ジュルリフォン聖皇とステイリーフォン聖王子様は血の繋がった兄弟でございます。その点をご高察いただけねば、このガイエル、ライヒター将軍の後詰ともいえる中堅の軍の司令官の任をお受けするわけには参りません!」
「ガイエル!! 貴様! 陛下の意に反するどころか、我が國に招いている客人をも愚弄するか! 客人を愚弄するとは、ひいてはその客人を賓客として招いている王を愚弄することと同意とは思わぬか!!」
「だまれ! 若造!! 王の誤りを正すことに、なんら憚ることがある! それが、忠臣の在り方であって、何かことが起きてからでは、全てが手遅れとなる! それが分からぬか!!
……陛下! 臣は命を賭して諫言いたします! 是非ともお聞き入れを!!」
「……」
自制心の強いラムシェル王は、ここは沈黙を守った。
〔参考 用語集〕
(神名・人名等)
ガイエル(ラムシェル王の家臣)
グラフ(ソルトルムンク聖王国の将軍)
ジュルリフォン聖皇(ソルトルムンク聖皇国の初代聖皇)
ステイリーフォン聖王子(ジュルリフォン聖皇の双子の弟)
ハリマ(ラムシェル王の家臣。ラムシェルの右脳と呼ばれる人物)
フィーナ(ラムシェル王の家臣。フィーネの姉。瞳の色が茶色。故人)
フィーネ(ラムシェル王の家臣。フィーナの妹。瞳の色がブルー)
ライヒター(ラムシェル王の家臣。ラムシェルの右腕と呼ばれる人物)
ラムシェル王(ミケルクスド國の王。四賢帝の一人)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖皇国(龍王暦一〇五七年にソルトルムンク聖王国から改名した國)
カルガス國(北東の中堅国。第六龍王 阿那婆達多の建国した國。滅亡)
ミケルクスド國(西の小国。第五龍王 徳叉迦の建国した國。飛竜の産地)
(地名)
イーゲル・ファンタム(ミケルクスド國の首都であり王城)
マルシャース・グール(ソルトルムンク聖皇国の首都であり王城)




