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【488 猛牛狩り(十一) ~第三の弓兵~】


【488 猛牛狩り(十一) ~第三の弓兵~】



〔本編〕

 グラフ将軍の別働隊小隊長の一人がまだ記憶を失っている第三龍王シャカラで、その当時はハクビと名乗っていた。

 ハクビの小隊の一人がマークであり、妹のレナ、そしてドンクやシェーレも、メンバーだったころの話である。

 とにもかくにも、バルナート帝國のケムローンによって負わされた矢傷により、マークの筋肉と腱の両方が断裂し、傷が完治した後も、腕を動かすぐらいは支障ないものの、重いものを持つのは困難になり、普通の弓を射る行為も同様であった。

 そのためマークは、一旦は弓を諦め、剣兵へ兵種を切り替えた時期もあった。

 元々、剣への憧れもあったためであるが、やはりある程度戦闘力が見込まれる剣兵となると、ある程度の重量の剣を扱うため、弓ほどでないにしても、普通に活躍が見込める程の剣兵には及ばなかったのである。


 そうこうしている間に、龍王暦一〇五一年三月、ソルトルムンク聖王国はバルナート帝國との期限付き休戦協定が締結されている間に、バルナート帝國に加担した西の小国ミケルクスド國を滅ぼすべく攻め込んだ。

 結果は、知略の王ラムシェルを戴くミケルクスド國に大敗を喫し、その時にマークはミケルクスド國に迎え入れられたのである。捕虜ではなく客人として……。

 それからというもの、マークはラムシェル王の妹であるユングフラから気に入られ、常にユングフラのかたわらに仕えるようになった。

 つまりは戦場――それも最前線で戦うことはほとんど無くなったのである。

 しかしそれはそれで、マークとしては不満がないわけではなかった。

 つまり自分は、ユングフラの傍にいて、何の役に立っているのか?

 そのことを、ユングフラに打ち明けた時、姫は笑いながら、マークが自分のそばにいればそれで十分と答えた。

 しかし、いくらユングフラからそのように言われても、マークとしては納得できなかった。

 その時の、マークとユングフラのやりとりが、以下のとおりである。


「姫! いくらそばにいるだけで良いといわれても、私も何か姫の役に立ちたい! そうは言っても今の私には、姫の役に立てる術が何もない。おまけに姫は護衛など不要な無双の戦士。やはり私には何もできないのか?」

「私は、マークがそばにいてくれるだけで十分であるが、マークの心情も理解できる。それならば、私を守るために弓を極めて欲しい」

「……弓?」

「マーク! お前が強い弓を引けない腕であることも十分に分かっている。しかし私を守るのに、強い弓は必要ない! 正確性に特化した弓兵になってもらえればよい!」

「つまりは、狙撃手スナイパーということですか?」

「スナイパーとも違う。むろんハンター系ではない。イメージとしては、暗殺者アサシン版の弓兵きゅうへいかな!」

「?! ……姫のおっしゃりたい意味が良く分からない。茂みなどで相手を待ち伏せして仕留めるのであれば、やはり狙撃手スナイパーということになるが……」

「スナイパーは、正確性に加え遠距離から敵を狙うため、強弓ごうきゅうでなければ務まらない。私が言っているのは、私のかたわらにいて、私を狙うやからを倒す弓兵。むろん私は、自分の身をある程度、自分で守ることができる!

 それでも私を、力なり技量なりで凌ぐ敵がいないわけではない! そのような敵を、私のそばで牽制し、私が敵を倒すのを、側面からサポートできる弓兵だ! 強弓である必要はない! それよりも、限りなく矢を正確に射ることができるようになってもらいたい! 私の言いたいことは分かるか? マーク!」

「なんとなく分かるが……、しかし矢を正確に射るのにも、やはり力は必要だ。弓を構え続けるという……。今の私にはその力すらない!」

「普通の弓を使用するのであれば、今のマークの言った通りだ。しかし、限りなく軽量の弓――つまりは手弓てゆみの部類であれば、構え続けるのに、力はそれほど要らない! 場合によっては、手首に縄などで、弓を固定することによって、使用することもできる」

「しかし手弓は、あまり戦闘経験がなく、力も弱い女性や子供が使用する護身の域をでない武器。そして、手弓で射ることができる矢は、かなり短い矢ということになる。

 確かに軽いから、膂力りょりょくはあまり必要ないが、当然そのような武器では、殺傷能力もほとんど期待できない! 鎧はおろか、厚手の皮の服ですら射抜くことができない代物。そのようなモノでどのように姫の役に立てるかが、皆目見当がつかない!」

「確かにその通りだ。鎧や厚手の服を射抜くことを目的としているのであれば当然そうだが、私の考えは、矢が皮膚に直接刺されば、それで良い! さらにいえば、深々と刺さる必要すらない。ちょっと数ミリ刺さる程度。……いや、刺さらなくても皮膚にかすり傷を負わせる程度で良い。なぜなら、その矢には……」

「毒が塗ってある!」

「分かっているではないか! マーク!」

「毒を使用するのか?! 姫の性格からは想像できない卑劣な戦法のように思えるが……」

「マーク! 何故、毒が卑劣な戦法という結論に至る? 毒も殺傷兵器の一つではないか!」

「しかし毒は、剣や槍と違い、直接敵を倒すのでなく、間接的に、相手の身体に入り込み、その者の命を奪う。まさに聖皇国の黒蛇軍が使用したように、直接的な戦闘員でない民の力を根こそぎ奪うではないか! 赤子あかごなどの一人の例外もなく……」

「マーク! 黒蛇の話はちょっと飛躍し過ぎだ! あれは、使用する側の性格が外道なだけであって、毒自体が問題ではない! だいたい剣や槍のように直接殺傷する行為は真っ当で、間接的に命を奪っていく毒が卑劣というのは、いささか型にとらわれ過ぎと思うが?」

「……!」

「話を進めるが、要はマークに目指してもらいたい弓兵の在り方は、至近距離から敵の鎧の隙間を狙う弓兵だ。どんなに堅固な鎧でも、人が装着してかつ活動するためには、絶対に関節部分などに隙間が必要である。……というか、全く隙間のない鎧はあり得ないし、人の動き次第ではその隙間はさらに広がる。少なくとも、矢が飛び込むぐらいの隙間は無数に存在する。

 マーク! お前はその鎧の隙間に矢を打ち込む! それにはパワーは必要ない! 必要なのは、その隙間を見つける目と、相手の動きから、どこに隙間が出来るかを想定する頭脳。そして、その隙間に確実に打ち込める弓の技量があれば良い! どうだ、マーク! それならばお前にも、十分可能性があるのではないか?」

「何か姫は、私をなぐさめているのか、けなしているのか大いに判断に苦しむところだが、逆を言えば、動体視力を鍛えることを始めとして、鎧の隙間を推測する能力、矢を放つ判断力、そしてその判断にすぐに応じられる弓の技量と瞬発力。さらには相手に隙を晒させるよう仕向ける策略を考えつく頭脳を併せ持たない限り、その役目は難しいと言っているように聞こえるが……、それもそれぞれの能力を、かなり高い水準で達成しろと言われているような気がするのだが……」

「フッ、気づいたか。今、お前の言った能力を全て極めない限り、私の役には立つ弓兵にはなれない! あくまでも、今のお前でも可能性があることを伝えたのだが……、やはり難しいかな?」

 ユングフラは意地悪そうにニヤリと、マークに向かって笑ってみせた。

「ここで何もしない前から弱音をはけば、それこそ姫から見捨てられよう……。分かった! その姫の要望に応えてみせる! 役に立つかどうかは後で考えても遅くはない!」

 弓兵において、アーチャー系とハンター系の二大系統とは異なる第三の弓兵きゅうへい誕生の瞬間であり、上記のやりとりから、四年以上の歳月が経ったのが現在(龍王暦一〇六一年二月)である。




〔参考 用語集〕

(八大龍王名)

 沙伽羅シャカラ龍王(ゴンク帝國を建国した第三龍王とその継承神の総称)


(神名・人名等)

 グラフ(ソルトルムンク聖王国の地利将軍)

 ケムローン(ヴォウガー軍団長の副官。故人)

 シェーレ(元ハクビ小隊の食客)

 ドンク(元ハクビ小隊の一人)

 ハクビ(記憶を失っていた頃のシャカラ)

 マーク(ユングフラの付き人。元ソルトルムンク聖王国の民)

 ユングフラ(ラムシェル王の妹。当代三佳人の一人。姫将軍の異名をもつ)

 ラムシェル王(ミケルクスド國の王。四賢帝の一人)

 レナ(元ハクビ小隊の一人)


(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖皇国(龍王暦一〇五七年にソルトルムンク聖王国から改名した國)

 ソルトルムンク聖王国(大陸中央部から南西に広がる超大国。第八龍王 優鉢羅ウバツラの建国した國)

 バルナート帝國(北の強国。第七龍王 摩那斯マナシの建国した國。金の産地)

 ミケルクスド國(西の小国。第五龍王 徳叉迦トクシャカの建国した國。飛竜の産地)


(兵種名)

 アーチャー系(重装備の弓兵の系列。アーチャー、スナイパー、ドラゴンスナイパーがそれにあたる)

 スナイパー(第三段階の重装備の弓兵。いわゆる『狙撃手』)

 ハンター系(軽装備の弓兵の系列。ハンター、ホースハンター、ワイヴァーンハンターがそれにあたる)

 アサシン(第三段階の剣兵。諜報活動に優れている。いわゆる『暗殺者』)


(その他)

 黒蛇軍(ソルトルムンク聖皇国七聖軍の一つ。グロイアスが将軍)

 黒蛇の件(【348 クルックス討伐戦(三) ~恐怖の碧牛軍~】~【350 クルックス討伐戦(五) ~戦局~】を参照)

 小隊(この時代の最も小規模な集団。十人で編成される。ちなみに中隊は五十人規模、大隊は二百五十人規模である)

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