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【462 モンバリート襲撃(七) ~懐柔~】


【462 モンバリート襲撃(七) ~懐柔~】



〔本編〕

 八大龍王の一人――第三龍王の沙伽羅シャカラ龍王と、八大童子の一人――第四童子の指徳シトク童子の戦いが、モンバリートの中央部の広間において今まさに繰り広げられている最中であった。

 時間にして一時間程度、どちらも決め手をく戦いであった。

 シャカラの得物えものは長い柄の戦斧である長斧ちょうふ

 シトクの得物は幅広の刀であった。

 得物の長さは、ほぼ同じ。

 両者の実力もほぼ拮抗していた。

「小僧とは言ったが……」

 シャカラが言の葉を紡ぐ。

「なかなか八大童子の実力も馬鹿に出来ないもの。シトク殿! なかなかの剣圧であるな!」

「ふん! 今さら何を……。俺はお前を見損なったぞ。この程度の実力で、よく単身でモンバリートの地に襲撃をかけたな! シャカラは智謀の神という話であったが、どうやらその話には尾ひれがついていたようだな!」

 シャカラの応じに、シトクはこのようにうそぶいた。

「決めた!」

 シャカラが唐突につぶやく。

「シトク殿。貴殿を同士に迎え入れる!」

「……?!」

 シトクは、シャカラのその唐突さに戸惑いを隠せなかった。

 一時間程前、ヒドラのいる前では、シャカラはシトクを徹底的に無視したくせに、今度は急に同士にすると言い出す。

 全く、シャカラの真意が読めなかった。

「……つくづく、シャカラという神は……」

 しばらくして、シトクは自らの刀を振り回しながら呟いた。

 シトクは顔には、薄ら笑いすら浮かんでいた。

「お前のその奇行や虚言を、勝手に周りが、機智として過大評価していたようだな! 突飛なことには何かしら必ず裏があると……。……しかしな、俺様から言わせると、そんなのは破れかぶれの苦肉の策に過ぎない! 

 悪いが俺は、この体躯と膂力りょりょくで力の神と思われているかもしれないが、俺は同じ四番目の神である八大龍王のワシュウキツのような、筋肉バカとは違うのだ。力と知恵を兼ね備えた完璧な神だ! 

 だからこそ俺は、コンガラから、ヒドラを守る任務を命じられたのだ。残念ながらシャカラ。お前如きの戯言たわごとなぞに乗せられることはない! 当てが外れたようだな。シャカラ!」

 シトクは勝ち誇ったようにそう呟いた。

「シトク殿!」

 それでも、シャカラは説得を続ける。

「それはシトク殿。貴殿が、真相を知らないからです。シトク殿が事の真相を知ったなら、先ず間違いなくコンガラへの味方にはつかないはずだからです」

 戦う前のシトクに対するシャカラの振る舞いと、全く真逆といっていいほどのへりくだったものの言いように変わっていた。

「ほほぉ~。するとお前は俺が知らない何かを知っているということなのか?!」

 シトクが小馬鹿にするように、シャカラに尋ねた。

 二人の神の会話が始まったぐらいから、二人の剣戟は若干緩やかになっていった。

「そうです。シトク殿! 先ず貴殿が大きく誤解されているのは、コンガラ童子は実はコンガラ童子であって、コンガラ童子ではないという点です!」

「何?!」

「シトク殿が驚かれるのも無理はない。しかしそれが事実なのです。今のコンガラ童子――いや、厳密にはコンガラ童子の身体ですが、それを操っているのは……」

「コンガラの身体を操る?」

「そうです! 驚かれていると思われますが、コンガラ童子の身体は、今、あるモノによって操られているのです。そのモノがコンガラの身体を操り、コンガラの口から言の葉すら発しております!」

「何かが、コンガラの身体を操っている?!」

「はい。コンガラの身体を操っているのは、地下世界の神の使い魔です。そして、その使い魔をコンガラに仕込むように導いたのは、あろうことかコンガラの最も身近な神格である第七童子であるセイタカ童子なのです!」

「……何を馬鹿な! シャカラ! 貴様はそのようなことをどこで知り得たというのか?! でっち上げも甚だしい! コンガラの体内に魔界六将ラハブの使い魔が仕込まれているなど、荒唐無稽こうとうむけいも甚だしい!!」

「シトク殿! しかしそれが事実なのです。私がその事実をどこで知り得たかは、これから話していきますが、とにかく、セイタカだけが協力者でないらしく、他にセイタカに共謀している者も数名いるそうです!

 ところで、シトク殿! 今の会話で一つだけ合点がいかないのですが、もしかして貴殿は、この事実について既にご存知であられましたか?」

 シャカラが、最後に不思議な問いかけをシトク童子にした。

 これには、シトクが少し面食らった形となった。

「何を言っている?! シャカラ! お前のその戯言ざれごとは何だ! お前が語った話は、今、初めて聞いたに決まっておろう! そのように、お前の戯言は支離滅裂なのだな。神ともあろうものが、気が触れるとは嘆かわしい限りだ!」

「……しかしながら、シトク殿」

 シャカラが穏やかにではあったが、決定的な一言を紡ぎ出す。

「僕は、コンガラに仕掛けられたものが、『地下世界の神』の使い魔と言いましたが、何故なにゆえシトク殿はそれを『魔界六将』、それもその一人の『ラハブ』とおっしゃられたのでありますか? 実際に、シトク殿のおっしゃる通り、使い魔を仕掛けたのはラハブでありますが、これはこの事実を知らない限り、発せられない言の葉と思われますが……」

「……」

「……」

 シャカラのこの問いかけの後、しばしどちらも無言であった。

 それまでゆるやかにはなっていたが両者の間で繰り広げられていた剣戟すら、この沈黙の最中は、お互いの得物の刃を合わせた形で止まっていた。

「ハッハッハッハッ!!」

 両者の沈黙がしばらく続いた後、大きな笑い声が部屋全体に響き渡った。

 笑い声の主は、巨漢の童子――シトクであった。

「なるほど……」

 シトク童子は、大声で笑いながらも言の葉を発し始めた。

「八大龍王一の智謀の龍王――第三龍王こと沙伽羅シャカラ龍王! 俺は今、少しお前を見直した!! なるほど! 一見支離滅裂のように思われた言語の羅列に、実はそのような罠が仕込まれていようとはな!! ハッハッ! これは愉快だ!! まさか俺様が、そのような形で嵌められようとは夢にも思わなかったぞ!」

「私がシトク殿、貴殿を嵌めたとおっしゃるのですか?」

「まだ、茶番を続ける積りか?! どこまでも策士であるな。それとも先ほどの問いかけは、本当に何も気が付いていなくて言葉を発したとでもいうつもりなのか?」

 シトクは一旦しゃべり始めると、かなりの饒舌じょうぜつであった。

「気が付いていないとは? シトク殿。貴殿は何のことを言っているのですか?」

「シャカラよ。自ら決定的な問いを投げかけながらそれに自分が気付いてはいないとは。まあよい。お前は先ほど、ウバツラ龍王のリーダーであるコンガラ童子の身体は何者かに、――いやはっきり言おう! 魔界六将のラハブ様の使い魔の蟲によって操られていると。

 そしてその協力者があろうことか、コンガラの片腕的存在であり参謀的存在でもある第七童子のセイタカ童子であると言っていたように思われるが、それで間違いはないのか?!」




〔参考 用語集〕

(八大龍王名)

 沙伽羅シャカラ龍王(ゴンク帝國を建国した第三龍王とその継承神の総称)

 和修吉ワシュウキツ龍王(クルックス共和国を建国した第四龍王とその継承神の総称)

 優鉢羅ウバツラ龍王(ソルトルムンク聖王国を建国した第八龍王とその継承神の総称)


(八大童子名)

 指徳シトク童子(ウバツラ龍王に仕える八大童子の一人。第四童子)

 制多迦セイタカ童子(ウバツラ龍王に仕える八大童子の一人。第七童子)

 矜羯羅コンガラ童子(八大童子のうちの第八童子である筆頭童子。八大龍王の優鉢羅龍王と同一神)


(神名・人名等)

 ラハブ(魔界六将の一人)


(地名)

 モンバリート(天界の城塞都市の一つ)


(竜名)

 ヒドラ(十六竜の一種。複数の首を持つ竜。『多頭竜』とも言う)


(武器名)

 長斧(シャカラの得物の一つ。文字通り長い柄のついた戦斧)


(その他)

 八大童子(ウバツラ龍王の秘密の側近。実はウバツラ自身の八つの神格達の総称)

 魔界六将(地下世界の六人の神)

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