【251 カルガス攻略戦(七) ~“ヲー”を戴く者たち(前)~】
【251 カルガス攻略戦(七) ~“ヲー”を戴く者たち(前)~】
〔本編〕
龍王暦一〇五二年六月一三日。ドローア城の攻城戦も四日目に突入した。
その四日間一秒といえども、連合軍の攻撃が途絶えたことはない。
岩に輪を設置した『突車』はドローア城の前面の河――正橋が沈んでいる場所に、百台以上沈んでいる。この突車は、城壁の破壊を目的として投入されたのではなく、正橋が沈んでいる部分を埋めようという意図で投入されたのである。
大木を設置した突車であれば、河で浮き上がり下流に流されるのがおちだが、岩であればそのまま沈んで川底に到達する。発想自体はとんでもなく途方もないものであるが、六万という大軍勢に、用意された百台以上の『突車』があれば、その発想を実現させることも夢ではないであろう。
そういう意味では、城壁に激突させている『投車』によって投げられた岩も、城壁激突後はそのまま河の中に沈むので、河を埋め立てる作戦の一端を担っていることになる。
そして、四日目ともなると飛兵の目撃情報によりほぼ完全な鳥瞰図が出来上がってきた。
それにより城全体の大きさが分かってきたのである。ドローア城はコリント河の流れに平行な方向である横が約百五十メートル。そしてコリント河の流れに垂直な方向である縦が約五百メートルであった。
そして、城の中心部にはドーム型をした天守閣がある。しかし、驚くべきことは城壁にあった。高さ五十メートル、長さ百五十メートルは、鳥瞰図で確認するべくもなく直に目で把握していたが、その壁の分厚さが予想を遥かに上回る五十メートルという厚さであった。
ラムシェル王もこの報告には眉根を寄せた。
「今、投車が行っている投石攻撃は、厚さ五十メートルの城壁にはあまりにも無力過ぎる。地下道の作戦をドローア城への進攻へのメインに切り替えるべきか?」
しかし、その地下道の作戦も思わしい成果をあげているとはいい難かった。
地下道の作成にあたっては、想像はしていたことだが、やはり地下も石の壁でかなり深くまで設置されていた。城壁の厚さが五十メートルに及ぶのだから、地下の石の壁もそう容易く破れる厚さではないという想像は難くない。
城壁に『高車』を接することができれば、五十メートルの高さの城壁とはいえ、乗り越えることが可能であろう。しかし、その高車を設置するためには、足場として、どうしても『正橋』のあった場所を埋め立てるしか手がないのである。
「ラムシェル王! これは打つ手がないのではと思われますが……」
「ネグロハルト帝王! あと三日お待ちください。次なる手を打ちます。シェーレ殿!」
「ハッ! あと三日あれば準備は整います」
シェーレが即答した。
「分かった! ありがとうシェーレ殿。ネグロハルト帝王! 三日後にここにいる兵の八割を投入した大攻勢を仕掛けます。今は、現状維持で敵にそれを悟られないようにする時です」
「分かった! ラムシェル王。王に全ての采配を任せる」
この一三日の軍議はこれでお開きになった。
ラムシェル王が大攻勢の宣言をした同年同月一六日の午前八時。この日は昨日から続いていた雨が引き続き降っていた。
ドローア城の天守閣から連合軍の動きを見ていたカルガス國の将ヲーサイトルは、少し胸騒ぎのようなものを覚えていた。歴戦の名将のみが持ちうる一種の戦勘であろう。
「副将格の将を集めよ! 直ちにだ!!」
ヲーサイトルはそばにいる侍従達に命じた。
それから一時間後の同日の午前九時。十人の副将達がヲーサイトルの前に集まった。
「ヲーサイトル様! いかがしましたか? こちらは全て順調ですが! 何かご懸念が……」
「スラマヲーか! 何か敵軍の動きが解せぬ!」
「敵の寸刻も休まぬ攻撃は続いておりますが……。どれ一つとして有効な手ではありません!」
「そう思うか! ガガヲーも!」
「はい」
ガガヲーと呼ばれた副将が答えた。
「皆もか?!」
残りの八人も顔を見合わせていたが、そのうちの一人が恐る恐る口を挟んだ。
「一つ気になることがあります」
「おお~! クムルヲーか! 言ってみよ!!」
「しかし末席の私が口出すことかどうか……」
「気にするな! 我ら十人はヲーサイトル様の名を尻に一字戴いている兄弟のようなもの! 最年少だからといって遠慮はいらないぞ!」
ガガヲーと呼ばれた副将がクムルヲーにこう声をかけた。
この十人の将は、副将でありながらヲーサイトルに全幅の信頼を置いている将達である。
『名を尻に一字戴いている』とガガヲー言ったように、皆、真名(本名)の後ろに『ヲーサイトル』の一字の『ヲー』をつけているのである。
後世の極東の島国である日本国において似たような事例がある。
江戸幕府を開いた徳川家康が、まだ松平という性で駿河の大名である今川義元の人質だったとき、元服の折、今川義元の名前の尻の字である『元』を名前の冠に戴き『松平元康』と改名したように、主君や上役の名前の一部をつけるという習慣がこの当時からあったようである。
但し、このヴェルトの時代においては、この事例――ヲーサイトルと十将の事例のみが歴史書の中に示されていると同時に、名前も主君や上役といった尊敬する者の冠の名の後ろにつけるといった形からして、日本国の戦国時代の状況と若干ではあるが大いに異なる。
何故、冠の一字を尻の一字につけることから、尻の一字を冠の一字につけるように変わったかは、今後の研究成果が待たれるところである。
「それでは遠慮なく……」
そう言ってクムルヲーは語り出した。
「私の担当している部署にしても相変わらず敵軍の攻撃が果断なく行われていますが……、ここ十時間程、その攻撃が若干弱くなったような感じがします。おおよそ、一割程度随時投入されていた敵兵が、少なくなったような気がします……」
「それは、クムルヲー。敵の戦力が限界にきているのか……、それとも、単にそのようにお主が感じただけではないのか?」
四人目の副将がそう口をはさんだ。
「いや! そうとも言えぬぞウヲーよ。わしの任されている持ち場も言われてみればそのような気がしているな!」
こう言ったのは、十人の副将の中で最年長のヌガメリーグヲーであった。
「ほぉ~『翁』もそう感じたか?」
ヲーサイトルの言葉である。
「ヲーサイトル様! 翁と呼ぶのはご勘弁願いたい。わしはまだ貴殿より十以上も若いのですから……」
ヌガメリーグヲーは、そう言って苦笑した。
確かにヌガメリーグヲーは、十人の副将の中では一番の最年長ではあるが、それでも今年六十歳。
ヲーサイトルは七十三歳。十歳以上もヲーサイトルの方が年上であった。
〔参考一 用語集〕
(龍王名)
難陀龍王(ジュリス王国を建国した第一龍王。既に消滅)
跋難陀龍王(フルーメス王国を建国した第二龍王。マナシ陣営からウバツラ陣営)
沙伽羅龍王(ゴンク帝國を建国した第三龍王。ウバツラ陣営)
和修吉龍王(クルックス共和国を建国した第四龍王。ウバツラ陣営)
徳叉迦龍王(ミケルクスド國を建国した第五龍王。マナシ陣営)
阿那婆達多龍王(カルガス國を建国した第六龍王。マナシ陣営)
摩那斯龍王(バルナート帝國を建国した第七龍王。ウバツラを監禁する)
優鉢羅龍王(ソルトルムンク聖王国を建国した第八龍王。マナシに監禁される)
(神名・人名等)
ウヲー(ヲーサイトル十将の一人)
ガガヲー(ヲーサイトル十将の一人)
クムルヲー(ヲーサイトル十将の一人)
シェーレ(ドンク将軍の副官)
スラマヲー(ヲーサイトル十将の一人)
ヌガメリーグヲー(ヲーサイトル十将の一人)
ネグロハルト帝王(バルナート帝國の帝王)
ラムシェル王(ミケルクスド國の王。四賢帝の一人)
ヲーサイトル(カルガス國の老将。『生きる武神』の異名をもつ)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(大陸中央部から南西に広がる超大国。第八龍王優鉢羅の建国した國)
バルナート帝國(北の強国。第七龍王摩那斯の建国した國。金の産地)
カルガス國(北東の中堅国。第六龍王阿那婆達多の建国した國)
ミケルクスド國(西の小国。第五龍王徳叉迦の建国した國。飛竜の産地)
クルックス共和国(南東の小国。第四龍王和修吉の建国した國。唯一の共和制国家。大地が肥沃。今は滅亡している)
ゴンク帝國(南東の小国。第三龍王沙伽羅の建国した國。ドラゴンの産地。『城塞帝國』の異名を持つ)
フルーメス王国(南の弱小国であり島国。第二龍王跋難陀の建国した國)
ジュリス王国(北西の小国。第一龍王難陀の建国した國。馬の産地)
(地名)
コリント河(ソルトルムンク聖王国北部からカルガス國北部へ流れる大河)
ドローア城(カルガス國北部の城。難攻不落の城)
(兵種名)
(付帯能力名)
(竜名)
(武器名)
(その他)
高車(消防車のはしごのように長くのびて城壁などの上に兵を取り付かせるための車)
投車(巨大な岩石や大量の矢を、超長距離に飛ばす車)
突車(巨大な岩石や木を対象物に激突される攻城用の車)
輪(車を動かすために使う円柱形の物体。「りん」と呼ぶ)
〔参考二 大陸全図〕




