【229 剣戟会話】
【229 剣戟会話】
〔本編〕
話はさらに遡り、龍王暦一〇五一年一〇月三〇日。バルナート帝國がソルトルムンク聖王国に無条件降伏をした翌日である。
無条件降伏をしたバルナート帝國の帝都ドメルス・ラグーンの北方二百キロメートルの地域。
そこはヴェルト大陸の最北にあたる草原地帯で、ここから一キロメートル北方は海岸線になろうとする場所に、全身にマントを纏った二人組の旅人があった。
その二人は、ボロボロのマントを頭から被り、『なにもの』にも乗っていなかった。
既に長い冬が始まっているこの大陸の北方地帯は、住む人もまばらで、たとえ住んでいても密集した部落を呈しているため、そのような部落でもない草原地帯には人っ子一人見当たらないのである。
そのような場所を、二人の旅人は東に向かってゆっくりと歩いていた。
「帝都からはかなり離れたようだが、少し休憩をしようか! バツナンダ!」
一人の旅人がもう一人に尋ねた。
「そうするか。シャカラ」
二人はそういうと草原の真ん中に座った。
呼び名から察するように、この二人は昨日まで帝都ドメルス・ラグーンで死闘を続け、相討ちの末、消滅したはずのバツナンダ、シャカラの両龍王であった。
「とりあえず、貴様の茶番に付き合ったわけだが……。これからどうするのだ?!」
「ワシュウキツと合流しようと思う」
バツナンダの問いかけにシャカラはこう答えた。
「私はまだお前たちの味方になると決めたわけではないぞ!」
「分かっている、バツナンダ。いずれにせよ今、我々を狙っている輩がいる。ワシュウキツと合流して善後策を練ろう思っているのだが……」
「そうやって、私をワシュウキツと二人で除こうと考えているのではないのか?」
「そう考えているなら……。ここから別々になるか。そしてお前はマナシのところに行くのか? 一人で真実を見極めるために……」
「それは……」
バツナンダは口ごもった。
昨日まであったバツナンダのマナシへの信頼はかなり揺らいでいる。ロードハルト前帝王の殺害はバツナンダにとってそれほどショッキングであったのである。
バツナンダは馬鹿ではない。むしろ馬鹿とは最も程遠い立ち位置にいる彼女である。
彼女の知っている限り、前帝王をあのような形で殺害できるのは、第六龍王のアナバタツタ以外に考えられない。
むろん他の天界の神々や地下世界の神々の可能性を考えれば、アナバタツタに断定はできないが、あえて他の天界や地下世界の神々が八大龍王の目を盗んで、八大龍王の管轄下のヴェルト大陸でこのような所業を起こすとは考え難い。
それこそ八大龍王に、その神々のいる世界へ攻め込む口実を与えてしまう愚策であるからである。
そして、八大龍王は天界の神としての位は低いかもしれないが、戦闘能力は他の神々より遥かに高い。他の神々を凌駕していると表現してもいいぐらいなのである。
諸々の状況から十中八九アナバタツタの所業といえるのである。
「先ずはお前のいうようにワシュウキツと会うことにする。それでシャカラ。お前はワシュウキツの潜伏先が分かるのか?」
「いや分からない。ヴェルト大陸の大地の下としか言えない」
「どうやってワシュウキツと合流するのだ。昨日の『剣戟会話』では、《場所が分かる》と言っていたではないか! あれは嘘か!」
「嘘ではない。こちらからは分からなくても、この大陸に足をつけている以上、向こう(ワシュウキツ)から見つけてくれる。そして、ワシュウキツの建国したクルックス共和国――いや元クルックス共和国があった地に到着すれば、他に邪魔されず合流できるはずだ! しかし『剣戟会話』とはうまく名づけたな。バツナンダ」
「いや。それはこっちのほうが感心している。まさか、得物を打ち合う震動で会話ができるとは……」
「それは付帯能力の『天耳・天声スキル』の応用に過ぎない。天声を、体を伝わらせて、武器の打ち合いの震動で相手の天耳に伝えるという。しかし、これは相手もそのつもりでないと難しい。そういう意味では、打ち合う前にお互いの得物を合わせてくれて助かった。そうでなければ、いくら伝えようとしても、相手が戦う気まんまんでは絶対にうまくいかない」
「最初にお前の長斧に私のカンショウを合わせた時、耳の奥に声が聞こえたときはさすがにびっくりしたぞ! 《打ち合いで会話しよう!》って声が聞こえた時には……」
「いやいや。さすがといえばバツナンダ! お前の冷静沈着さも伊達ではないことがよく分かった。あの状況下であのいわゆる『剣戟会話』をいきなり受けとめ、その時反応したのが、片方の眉だけだったとはな!」
今のこの二人の会話の通り昨日の『千年戦闘』以降の打ち合いは、お互いに死んだことにしてその場から離脱しようという剣戟による打ち合わせだったのである。
「それよりシャカラ。我々の相討ちはいったいどのようなトリックを使ったのだ!」
「それは僕にとっては十八番の幻惑の術だ。霧を発生させ、その霧に幻影を映すのだ。今回の場合は最後のお互いの放った一撃が――現実にはお互いに外して放ったのを――命中したように装えばいいだけの話だ。後は霧と共に全てを消滅させれば、全ての観劇が終幕するという訳だ」
「霧なんか発生させていたのか。全く気づかなかったが……」
「不可視の霧だ。誰の目にも映らない霧。僕の究極の能力の一つだ」
「長く付き合っていたが、そんな芸も持っているとは知らなかった!」
「君のバクヤの隠し剣で……。本来であれば、僕の負けだ!」
「お互いの手のうちを晒したということだな。次に戦うときには、さらに技術を磨かなければダメということだな」
バツナンダは自嘲気味にそう言った。
「君とはもう戦いたくない!」
シャカラの言の葉であった。
「えっ!」
バツナンダは少しびっくりしたがすぐに笑って、
「成る程。次戦への戦術の種を蒔いたというわけか。その手には乗らないぞ!」
シャカラは少しやれやれと言った感じで呟いた。
「本音なのだが……。信用が全然ないな!」
「当たり前だ! 戦術で接吻を使うような奴なんか信じられるか!!」
バツナンダはキッとなってそう言った。
「それはそうだ!」
シャカラはポリポリと頭を掻いた。
〔参考一 用語集〕
(龍王名)
難陀龍王(ジュリス王国を建国した第一龍王。既に消滅)
跋難陀龍王(フルーメス王国を建国した第二龍王。マナシ陣営)
沙伽羅龍王(ゴンク帝國を建国した第三龍王。ウバツラ陣営)
和修吉龍王(クルックス共和国を建国した第四龍王。ウバツラ陣営)
徳叉迦龍王(ミケルクスド國を建国した第五龍王。マナシ陣営)
阿那婆達多龍王(カルガス國を建国した第六龍王。マナシ陣営)
摩那斯龍王(バルナート帝國を建国した第七龍王。ウバツラを監禁する)
優鉢羅龍王(ソルトルムンク聖王国を建国した第八龍王。マナシに監禁される)
(神名・人名等)
シャカラ(神としての記憶を取り戻したハクビ)
バツナンダ(バルナート帝國四神兵団の一つ青龍兵団の軍団長)
ロードハルト前帝王(バルナート帝國の前帝王。四賢帝の一人。故人)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(大陸中央部から南西に広がる超大国。第八龍王優鉢羅の建国した國)
バルナート帝國(北の強国。第七龍王摩那斯の建国した國。金の産地)
クルックス共和国(南東の小国。第四龍王和修吉の建国した國。唯一の共和制国家。大地が肥沃。今は滅亡している)
(地名)
ドメルス・ラグーン(バルナート帝國の帝都であり王城)
(兵種名)
(付帯能力名)
付帯能力(ごく一部の者にだけそなわっている能力。全部で十六ある。『アドバンテージスキル』ともいう)
天耳・天声スキル(十六の付帯能力の一つ。離れたある一定の個人のみと会話をする能力。今でいう電話をかける感覚に近い)
(竜名)
(武器名)
カンショウ・バクヤ(バツナンダの投影した二振りの刀剣。紅い剣がカンショウで、蒼い剣がバクヤ)
長斧(シャカラの得物の一つ。文字通り長い柄のついた戦斧)
(その他)
剣戟会話(付帯能力の天耳・天声スキルの応用。得物同士の打合いにより会話をすること)
千年戦闘(神同士の決め手が無い故の膠着した戦いのこと。千年間膠着することからこの名がついた)
〔参考二 大陸全図〕




