【021 地利将軍の戦略構想】
【021 地利将軍の戦略構想】
〔本編〕
さて、今アユルヌ渓谷に潜むグラフ将軍率いる聖王国軍の残党は、再起に向けいくつかのことを同時に進行させていた。
まず一つ目は、ソルトルムンク聖王国領の各村々や町々を回り、兵や物資を徴用していくことである。これは火急のことで、既に各村や町に、山賊などの夜盗の類やバルナート帝國兵が出没して略奪をはかっていた。現にコムクリ村はハクビ、マーク、レナ以外の村人は殺され、物資はほとんど確保できなかったのである。
次に二つ目としては、そうやって徴用した者を訓練させ、兵士としての資質を高めることである。これにはやはり最低、数ヶ月の時間が必要と見られた。
そして最も重要な事項と思われるのが三つ目である、ジュルリフォン聖王子の籠もっているツイン城への援軍としての進軍ルートの確保である。
ツイン城は、南を除く三方を険阻な山脈に囲まれているツイン盆地にたっている。数百人規模以上の軍を移動させるためには、北にあるマルドス山の山道のルートか、山脈に囲まれたカムイ湖を渡るルートしかない。この二カ所のルートの途中のマルドス山の山頂にはマルドス城、そしてカムイ湖の中央の島にはカムイ城という城がそれぞれ築かれており、どちらも難攻不落を誇っている。
実際にマルドス城には亡き天時将軍の息子であるマクスール将軍が、カムイ城には人和将軍のムーズが、それぞれ百人を率いて籠城している。
しかし、マルドス城もカムイ城も、アユルヌ渓谷からは遠すぎる。
山賊や帝國軍と戦いながら進軍ルートを確保するには、距離がありすぎるし、第一、数百人の陸上の移動はかなりの時間を要し、さらに目立つという要素から実現不可能なプランであるといえた。
それで別ルートとしてアユルヌ渓谷から南に進路をとり、ヴェルト大陸の南の海岸線から船で渡り、ツイン城の南側の海岸に上陸するという方法もないわけではなかった。
ツイン城の南側には海が広がっており、そのまま海を南下すると、南の弱小国であり島国のフルーメス王国にたどり着く。水軍を基本的に持っていないソルトルムンク聖王国軍にとって、南方からの上陸作戦には、フルーメス王国の大型船が必要不可欠であった。
しかし、この戦いでフルーメス王国はソルトルムンク聖王国とバルナート帝國のどちらにもつかない――いわゆる中立の立場をとっている。その為ソルトルムンク聖王国の為に、船を融通してもらえる可能性は非常に低い。その船を融通した行為がソルトルムンク聖王国への戦争協力ということで、後々バルナート帝國がフルーメス王国に攻め込む口実ともなりかねないからであった。
グラフ将軍はこのことも考慮した上で、ジュルリフォン聖王子と別れてすぐ――龍王暦一〇五〇年三月中旬頃からフルーメス王国に使者を数名遣わし、あくまでも海岸線沿いの渡航のみの利用ということでの大型船とそれを操る水夫の協力を要請した。
使者は特に外交に優れている者達が選ばれ、フルーメス王国到着後、王及び大臣や将軍などフルーメス王国の主要な人物に粘り強く、交渉していた。
〔参考一 用語集〕
(神名・人名等)
グラフ(ソルトルムンク聖王国の地利将軍)
ジュルリフォン聖王子(ソルトルムンク聖王国の王子)
ハクビ(眉と髪が真っ白な記憶喪失の青年)
ブルムス(ソルトルムンク聖王国の天時将軍。故人)
マーク(コムクリ村の住人)
マクスール(天時将軍ブルムスの息子 将軍位)
ムーズ(ソルトルムンク聖王国の人和将軍)
レナ(コムクリ村の住人。マークの妹)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(大陸中央部から南西に広がる超大国。第八龍王優鉢羅の建国した國)
バルナート帝國(北の強国。第七龍王摩那斯の建国した國。金の産地)
フルーメス王国(南の弱小国であり島国。第二龍王跋難陀の建国した國)
(地名)
アユルヌ渓谷(ソルトルムンク聖王国南西の渓谷。聖王国軍残党の拠点)
コムクリ村(ソルトルムンク聖王国南西の村。ハクビ、マーク、レナの住んでいた村)
カムイ城・カムイ湖(ツイン城を守る城――通称「谷の城」と、その城が中央の島に築かれている湖)
ツイン城・ツイン盆地(ソルトルムンク聖王国の最南端の城と、その城が築かれている盆地)
マルドス城・マルドス山(ツイン城を守る城――通称「山の城」と、その城が築かれている山)
〔参考二 大陸全図〕