【002 白眉】
【002 白眉】
〔本編〕
「ハクビ! こっちこいよ!」
マークがハクビを呼ぶ。
ハクビとは、クルス山で倒れていた記憶喪失の青年のことであるが、眉が白いところから『ハクビ(白眉)』と、マーク達に呼ばれるようになった。
ホルムの一家は四人である。
ホルムと妻のスリサ、息子のマーク、娘でありマークの妹でもあるレナの四人であり、ホルムとマークの狩猟によって生計を立てている。
記憶喪失の青年ハクビは、記憶が無いため、今後どうしていいかも不明なので、当面は、ホルムの家にお世話になることになった。
ホルムの家族は皆、そんなハクビを、温かく迎え入れたのであった。
ハクビが発見されてから二か月後の一〇月一〇日。
五人は連れ立ってコムクリ村の収穫祭に参加した。
この年は大豊作で、祭りに参加している村人は一様に皆、楽しそうで、収穫祭は大いに盛り上がっていた。
「ハクビ! お祭りのメインイベントの『選定式』が、始まるよ!」
マークの妹レナも、楽しそうにハクビの手を引っ張って、祭りのメイン会場の中央広場に連れてきた。
「今年は、五人が選定の儀式に臨むようだな!」
先に行って場所取りをしていたマークが、レナとハクビに話しかけた。
「センテイシキ? それは何?!」
ハクビが、マークとレナの顔を交互に見ながら聞いた。
「そうか! ハクビは選定式を知らないのかぁ~」
「誰か、ハクビに教えてあげなさい」
ホルムがそう言いながら、妻のスリサと、ハクビ達三人に合流した。
「私が、ハクビに説明する!!」
「お前にうまく説明出来るのか!」
「出来るよ! マークの馬鹿!」
マークの意地悪な言葉に、レナがふんとそっぽを向いた。
そしてハクビの手を取ると、
「こっちに来て! 今、説明するね……」
そしてレナとハクビは、マーク達三人から少し離れた位置で、二人で座った。
「ねえ、ハクビ! ハクビは、このヴェルト大陸の人々は、生まれながらに兵士――つまりポーンになるっていう決まりは知っている?!」
「いや! そうなんだ?! 知らなかった!」
「まあ、千年以上前から決められた掟のようなものだけど……。『ヴェルトの民は、いついかなる時であっても、敵から身を守る術を、身につけなければならない』っていう考え方が根底にあるらしいの。信じられない話だけど、千年以上前は、戦いが絶えない世界だったらしくて……。現代から考えると信じられないけど。とにかく平和な時であろうが、女性であろうが、その掟には例外は認められないの……。ここまでわかった?」
「うん。何となく」
ハクビは頷いた。
「そしてその掟によると、十歳になった年に、武器を一つ本人に選ばせて、同時に『ポーン』という称号を親や親戚から送られるのだけど、このコムクリ村では選定式として秋の収穫祭に合わせて、その儀式を行うの。対象になる子供達を集めて、村長自らが称号を与えるという儀式を行うの……」
レナが、そこまで説明した時、その選定式が始まった。
「後は、式を見ながら、補足するね」
選定式が行われる、中央広場には五人の子供達が並べられており、周りには数人の大人達がいた。
「今年も多くの稔りを得、ここに五人の者の選定式が無事執り行われることが出来る! 前途洋々たる、この子供達に武器を授け、併せてポーンの称号を賜る」
一人の大人が、声を高らかにそう宣言する。
「村長の宣言で、選定式が始まるのさ!」
「馬鹿! マーク! 私が説明するから、横から口を挟まないで!」
いつのまにか、マークがにやにや笑いながら、ハクビとレナの二人が座っているすぐ後ろに座っていた。
「一人目は、バーノ!」
「はい!」
進行役の大人の呼びかけに、一番背の高い子供が、一歩前に出た。
バーノと呼ばれた男の子の前に、四種類の武器が用意された。
バーノは、何の迷いなく、槍を手にした。
「槍で間違いないか?!」
「槍で間違いないです!!」
ここまでは打ち合わせ通りなのであろう。
村長が高らかに宣言する。
「バーノなる者に『ランスポーン(槍兵)』の称号を授ける。これからランスポーンとして、日々の精進に励むように……」
「ほら! 今のバーノって子。槍を選んだでしょ! だから『ランスポーン(槍兵)』となったの!」
「次の女の子は魔道書を選んだわ。魔導書を選ぶと『マジックポーン(魔兵)』になるの」
「三人目も四人目もランスポーンか……」
「あっ! 五人目の一番小さい子。剣を選んだ! 『ソードポーン(剣兵)』になった」
選定式は、これで終了した。
「今回は、誰も選ばなかったけど弓を選んだら『ボウポーン(弓兵)』になるのよ! これが基本の四種類のポーン。ちなみに、私がマジックポーン(魔兵)で、マークがボウポーン(弓兵)だよ」
「ふうん。ホルムさんやスリサさんは……?」
「お父さんが『ハンター』。第二段階の弓兵! お母さんは『シスター』で、第二段階の魔兵ってこと」
「それって、レナよりすごいの?!」
「もちろん! ポーンは第一段階の兵。精進が認められると段階があがっていくの。第一段階、第二段階、第三段階って風に。そして、第三段階の上に最終段階というランクがあるよ!」
「ハクビ! これから村長にお前を紹介する。一緒に来なさい」
ホルムがハクビを村長の元に連れて行った。
「お主がハクビという者か。ホルムの親戚で間違いないか?」
「はぁ~」
「何じゃ、はっきりしないのぉ」と村長。
「私を訪ねて来る途中、山の中で遭難に遭いまして、そのショックで少し記憶が曖昧になっているようです」
ホルムが慌てて口を挟んだ。
「そうか。それでは致し方ないか! 兵の称号と年齢は?」
「ランスポーン(槍兵)で二十四歳になります!」
こちらのホルムのフォローは、既に用意していたようで、少し余裕があった。
とにかく村長への挨拶もすませ、ハクビは晴れてコムクリ村の一員となったのである。
ハクビは、翌日からホルムとマークと共に狩猟にでかけるようになった。
ハクビは、自分が倒れていたときに握っていた両斧によって、猟を行った。
自分に迫ってくる獲物に対しては、長斧を振り下ろして仕留め、逃げていく獲物に対しては、短斧を投げ、仕留めていった。
その技量については、ホルムも舌を巻くほどだった。
ホルムが尋ねる。
「本当にその斧を、憶えていないのか?」
「はい! しかし、何故かこれは僕の物のような気がします。手放してはいけないという気持ちを強く感じます!」
ホルムが続けて尋ねた。
「何か、記憶は戻りそうか?」
「いえ! 思い出そうとすると黒い闇が頭全体を覆うような感覚がして、苦しくなってきます」
ハクビは困った顔で、そう答えた。
〔参考一 用語集〕
(神名・人名等)
ハクビ(眉と髪が真っ白な記憶喪失の青年)
ホルム、スリサ、マーク、レナ(コムクリ村の住人。ホルムが父、スリサが母、マークが息子、レナが娘)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(大陸中央部から南西に広がる超大国。第八龍王優鉢羅の建国した國)
(地名)
コムクリ村(ソルトルムンク聖王国の南西にある村)
(兵種名)
ランスポーン(第一段階の槍兵)
ソードポーン(第一段階の剣兵)
ボウポーン(第一段階の弓兵)
マジックポーン(第一段階の魔兵)
ハンター(第二段階の軽装備の弓兵)
シスター(第二段階の白魔法のみを操る女性専用の魔兵)
〔参考二 大陸全図〕




